空港へ向かう車内で、瑛士に電話をかけた。コール音が6回鳴ってようやく繋がった。背後には波の音。彼は声を潜めていた。「……どうした?」「ううん、ご飯食べたかなと思って」「食べたよ。今、会議中だから後でかけ直すよ」彼は電話を切ろうとした。「待って」私はひとつ息を吸い込んだ。「瑛士、去年あげた時計、まだ持ってる?」電話の向こうが、一瞬だけ静まり返った。「あるよ。どうして?」「今日、部屋を片付けていたら、保証書を見つけたんだけど、そろそろ点検に出したほうがいいかなと思って」「いいよ。時計は壊れてないから」彼の声には、焦りも動揺も感じられなかった。「もう切るね、取引先が待ってるから」電話が切れた。タクシーの後部座席にもたれ、窓の外を流れる街路樹を眺めた。子供の頃から一緒に育ってきた珠希は、私が買ったばかりの髪飾りを奪ったことがある。私は母に「大丈夫」と笑って見せた。18歳、大学入試センター試験の日。彼女は私の受験票を破り捨てた。私は試験会場で事情を説明し、仮受験票を発行してもらった。手続きに時間がかかり、危うく試験開始に間に合わなくなるところだった。それでも両親は、「珠希もまだ子供なんだから」と彼女を庇った。22歳、初めての給料で妹に誕生日プレゼントを買った。彼女は安物だと鼻で笑い、私の目の前でゴミ箱に放り投げた。24歳、瑛士を家に連れて帰った日。珠希は彼の隣に座り、やけに甘えた声で笑っていた。あの時、気づくべきだった。それでも、気づかなかった。だって彼女は珠希――私の妹だから。誰もが「珠希に譲ってあげて」と言い続け、私もこれまでずっと譲り続けてきた。「譲らない」というのがどういうことか、もうとうに忘れてしまっていた。予約できたのは一番早い午後3時発の便だった。搭乗を待つ間、珠希のインスタを開き、あの写真を拡大した。写っている男の人の手は骨ばっていて、薬指に指輪はなかった。腕の時計はIWCのポルトギーゼ。去年の瑛士の誕生日、私が海外にいる友人に頼んで買ってきてもらったものだ。ケースの側面には【E&A】の刻印があった。瑛士と亜依里、私たちふたりのイニシャルが刻まれている。その時計のために私が支払ったのは136万円。当時の私の全財産だった。瑛士がそれを腕につけた時、
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