家族写真から消えた私二度目の人生。私はあえて実の両親と「すれ違う」道を選び続けた。
両親が養女である妹を連れて家族写真を撮りに行くという日、私はわざと冷たい水を浴びて熱を出した。
妹の誕生日祝いで海外のクルーズ船を貸し切ると聞かされた時は、私は一足先に機密扱いのプロジェクトに参加し、海外渡航に制限や管理が伴うと言って、同行を断った。
両親が妹のために会社を設立すると、私はすぐに遥か遠い南の町への転勤を志願し、「もう争わない」と宣言した。
なぜなら、前世の私は、何十年にもわたって妹と、両親の愛情を奪い合う、結局「計算高い」「腹黒い」というレッテルを貼られる結果になったからだ。
誰もが天真爛漫な妹を愛し、無口で愛想のない私を疎んじた。
夫でさえも、そして自分の子供でさえも、私の苦しみを理解してはくれなかった。
「家族なんだから、少しは落ち着いてくれないか?実家に帰るたびに喧嘩して、みんなを困らせて……いい加減、自分の振る舞いを反省しなさい!」
そして、私は病院で孤独に息を引き取った。
再び目を覚ますと、高城家に引き取られたばかりのあの頃に戻っていた。
今度こそ、私は争わない。ちゃんと自分のために生きるのだ。