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実利は土台で、虚栄は飾り――そんなイメージがぴったりくる。『鬼滅の刃』の炭治郎が剣術を究めるのは家族を守るためという明確な実利があるからで、柱たちの承認はあくまで副産物だ。逆に『進撃の巨人』の初期のリヴァイ班の一部成員のように「兵団のエリート」という肩書に酔っていると、実力と名誉のバランスが崩れて致命傷につながる。
現代で言えば、資格取得を「スキルアップ」のためにするか「経歴に箔をつける」ためかで意味が変わる。前者は仕事の効率化という実利を生むが、後者は自己アピールで終わる危険性がある。大切なのは、自分の選択が未来の自分にどう繋がるかを考えることだろう。
実利と虚栄の違いは、目的と手段の本質を見極めることから始まる。
実利とは、実際に役立つ価値や利益を追求する姿勢だ。例えば、『鋼の錬金術師』のエドワードが真理を探求する過程で得た知識は、単なる名誉ではなく人々を救う実用的な錬金術として活用される。ここでの目的は社会的貢献や自己成長といった具体的な成果にある。
一方、虚栄は外見的な評価に重きを置く。『ハンター×ハンター』のヒソカが時に見せる「強さを見せつける」振る舞いは、他者からの称賛を得ることが主目的で、実用的なメリットは二の次だ。虚栄心が強いと、SNSの「いいね」数を気にするあまり、本当に大切な経験そのものがおろそかになる危険性もある。
両者の境界線は曖昧な場合もあるが、自分の行動が「誰かの役に立つか」か「ただ格好いいか」で判断するとわかりやすい。
実利と虚栄を分けるのは、持続性と深みだと思う。『スパイ・ファミリー』のロイドがスパイとしての技能を磨くのは任務の成功という実利のためで、たとえ誰にも褒められなくても技術そのものに価値がある。対照的に、『呪術廻戦』の初期の東堂のように「自分が最強だと認められたい」という欲求は一時的な快感にすぎず、仲間を失って初めて虚栄の空虚さに気付く展開も多い。
面白いのは、実利を追求しているつもりが、いつの間にか虚栄にすり替わっているケース。例えばゲームのトロフィー収集が「達成感のため」から「自慢のため」に変わると、プレイそのものが味気なくなる。自分の中の基準を「他者評価」から「自己満足」に戻すことで、このズレは修正できる。