翻訳作業で単語の核となる意味を掘り下げていくと、“
韜晦”という語は単なる『曖昧さ』以上の含意を持っていることが見えてくる。辞書的には「事情や真意を隠す」「表面に出さない」といった説明になるけれど、翻訳ではその隠し方の意図や語調をどう表すかが鍵になる。たとえば政治的文脈ならば強い非難を避けて婉曲に訳すことが多く、文学的な独白の中では人物の狡猾さや慎重さをにじませる訳語が求められる。私は現代日本語ではいくつかのレンジを使い分けるのが現実的だと考えている。
具体的な訳語候補としては「言葉を濁す」「はぐらかす」「ぼかす」「本心を隠す」「事実を伏せる」「隠蔽する」「取り繕う」などがあり、それぞれニュアンスが違う。たとえば「彼は韜晦した」をそのまま置き換えるなら、対話的で軽めにしたい場面では「彼ははぐらかした」、より冷徹で意図的な隠蔽を示したければ「彼は事実を伏せた/隠蔽した」が適切になる。名詞形では「韜晦的な表現」→「あいまいな表現/言葉を濁す表現」とする一方で、公的文書や批評で論理的な批判を含めたいなら「隠蔽的な言い回し」と訳してもいい。
翻訳をする際に僕が注意するのは、原文が伝えている「隠す理由」を見落とさないことだ。誤魔化しや悪意なのか、礼節や配慮による遠回しさなのかで訳語の重みが変わる。あと、読者の受け取りやすさも考えて語彙の強さを調整する。場合によっては簡潔に「はぐらかす」で済ませるよりも、小さな注を付けて背景を示したほうが原意に忠実になることもある。結局、単語選びは文脈とトーンに従って柔軟に決める――そういう判断が翻訳では面白くも難しく感じる。