あの世に行っても
付き合って十年目、中尾司(なかお つかさ)は宇野伊織(うの いおり)を諦め、北村真理子(きたむら まりこ)と結婚することにした。
披露宴の席で、司はもともとアルコールアレルギーの伊織に、強い酒を無理やり飲ませ、真理子を笑わせようとした。
伊織が血を吐いて気を失うまで、司は慌てて両手で真理子の目を覆った。
「血なんて汚いから、真理子は見ちゃだめだ。
また道具を使うなんて、今度はどんな芝居を打つつもりだ?」
彼は、すべてを忘れていた。
十年もの間、伊織がどんなに遅くても家で温かい食事を待っていてくれたことを。
海辺で、少女と初めて愛を確かめ合ったあの日、自分が「ずっとお前の支えになる」と誓ったことを。
一ヶ月後、小さな骨壺が司の前に置かれた。
中に納められていたのは、若き日に深く愛した、初恋のような存在だった。
司の目が大きく見開かれ、後悔が押し寄せてきた。
「これは……宇野伊織だと?」