風は過ぎて、花はまだそこに
「お嬢さま、西園寺さまは今夜お帰りになりません。もうお休みになってくださいませ」
家政婦の田中が、心配そうに篠原雪乃(しのはら ゆきの)に声をかけた。
雪乃はテーブルの上、何度も温め直された料理を見つめながら、心の奥が凍りつくような痛みを感じていた。バースデーケーキのロウソクを静かに取り外し、無理に笑みを浮かべた。
「田中さん、今日は本当にありがとう」
今日は雪乃の誕生日。西園寺風真(さいえんじ かざま)は「必ず帰る」と約束してくれていた。
けれど、時計の針はもう深夜の十二時を指していた。
雪乃は自嘲気味に笑った。
――やっぱり、自分を過大評価しすぎてた。
風真のような名家の御曹司が、塵のように取るに足らない自分を気にかけるわけがない。
案の定、深夜をとうに回ってから、風真はようやくドアを開けて帰ってきた。
全身から酒の匂いを漂わせながら、ふらふらと部屋に入ってくる。
雪乃はすぐに駆け寄り、彼のコートを受け取ると、膝をついてヒールを脱がせる。
「こんな時間まで……ご飯、温め直してくるね」