元妻が兄嫁で何が悪いの?
結婚して五年。明石紗羽(あかし さわ)は周防京介(すおう きょうすけ)との子どもを望み、つらい不妊治療に耐えながら、五年間も体外受精を続けてきた。
それなのに、彼女を待っていたのは裏切りだった。
京介は住み込みの若い家政婦の柴崎皐月(しばさき さつき)と関係を持ち、その女を妊娠させた。そして離婚協議書を差し出し、紗羽に署名と押印を迫った。
紗羽の顔は血の気を失い、腹部にはホルモン注射の痕がびっしりと残っていた。
それでも、皐月はこともなげに言った。
「妊娠って、こんなに簡単なんですね」
夫までもが、まるで当然のことのように言った。
「皐月ちゃんを責めるな。産めないお前が悪い。俺に恥をかかせたんだ」
五年にわたる体外受精で、彼女がようやく思い知ったのは、自分の愚かさだけだった。
心は完全に冷えきり、紗羽は何も言わずに背を向けた。
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誰もが彼女を笑った。
京介と別れたら、あの女は生きていけない、と。
京介自身も、紗羽はいずれ泣きついて戻ってくると信じて疑わなかった。
だが、その日――街中の注目を集めた青銅器文化財の修復完了披露パーティーで、すべてが覆った。
紗羽は華やかなドレスをまとい、スポットライトの下で落ち着いた笑みを浮かべていた。
彼女は、どれほど報酬を積まれても簡単には動かない、国内屈指の文化財修復士だった。
一方、誰の目にも触れない薄暗い廊下で、京介は信じがたい光景を目の当たりにした。
普段は威厳があり、冷徹で人を寄せつけない兄の周防臣吾(すおう しんご)が、紗羽を壁際に追い詰めるようにして、息もできないほど深く口づけていたのだ。
京介は目を血走らせ、かすれた声で駆け寄った。
「紗羽!お前は俺の妻だ!」
紗羽は臣吾をそっと押し返した。振り向いた彼女の唇にはまだ赤みが残っていたが、その瞳に宿っていたのは、氷のような冷たさだけだった。
紗羽は臣吾の腕にそっと自分の腕を絡めると、元夫をまっすぐ見据えた。そして、一言一言噛みしめるように、微笑んで告げた。
「よく聞いて。これからは、私のことを――お義姉さんと呼んでちょうだい」