明月に映る前世
立都の最上流にある富裕層の社交界には、昔から暗黙の掟があった。
——男の子は外でいくらでも女遊びをしていいことになっている。
けれど女の子は、成人の日を境に、こっそりと「専属アシスタント」を抱え、密やかに欲を満たすしかない。
私の成人式の日、百人もの応募者の中から一目で選んだのは、金縁眼鏡をかけた篠宮聖真(しのみや せいま)だった。
彼は成熟していて、落ち着きがあり、しかも潔癖症。
彼が唯一受け入れた条件は「体は触れない、手だけ」というものだった。
そして終わるたびに、消毒用アルコールで百回も手を洗う。
五年の間に、使い切った空き瓶は別荘を七周できるほどに溜まった。
私はいつか彼の障害を乗り越えさせて、この男を完全に自分のものにできると信じていた。
ところがある日、酒に酔った私は、うっかり篠宮の部屋に入り込んでしまう。
枕の下に隠されていたハンディカムから見つかったのは、彼自身の自慰映像。
そこに映っていたのは、私に対して常に冷静で理知的だった男が、母を死に追いやった義妹の下着を前に、喉仏を震わせながら――
「長馨……愛してる……」
そう呟く姿だった。
その瞬間、私は気づいてしまった。
彼が私に近づいてきた一歩一歩は、すべて彼女への長年の執着に基づいたものだったのだと。
だがその後、私がその愛人の子の代わりに嫁いだのは、別の男だった。
篠宮聖真、どうして泣いているの……?