この世、すべては夢
「今回の出張、私は一緒に行きたくないの」
西江綺音(にしえ あやね)がそう言ったのは、夕食の席でのことだった。
その声は驚くほど穏やかで、そこに異変が潜んでいるなど、誰にも気づかれなかった。
西江賢人(にしえ けんと)の今回の出張は、ちょうど五月五日。
それは二人の結婚記念日でもなければ、誰かの誕生日でもない。
ただの、ごく平凡な「子供の日」にすぎない。
三日前、綺音は偶然にも、賢人の携帯に保存されていた音声メッセージを見つけた。
そこには幼い子どもの声が録音されていた。
甘えたような口調で、こう言っていた。
【パパ、今年の子供の日、西都の水族館に行って熱帯魚を見たいな!】