「侑さんがもう駄目だと思うなら、残りの人生俺に下さいよ。」 常磐侑34歳。 女優としてしか生きれない不器用な女は人気が低迷して、心を病んでいく。 そんな時に後輩俳優である綿貫昴生が甘い言葉を囁いた。 ※疲れた大人の恋愛ラブストーリー。
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「⃞じ⃞ゃ⃞な⃞け⃞れ⃞ば⃞手⃞に⃞入⃞ら⃞な⃞い⃞と⃞こ⃞ろ⃞だ⃞っ⃞た⃞。⃞」⃞
例えるなら私は一本の煙草《シガレット》。
火を点ければ中心温度は約800℃にもなる。
真っ赤に燃え広がり、5,300種類以上もの化学物質を含んだ煙を排出して、後は静かに灰になっていく。
まるで落ち目女優の人生そのもの。
「侑《ユウ》さんがもう駄目だと思うなら、残りの人生俺に下さいよ。」
事務所が同じで、後輩でもある綿貫昂生《わたぬきこうせい》は、今飛ぶ鳥をも落とす勢いで売れている人気俳優である。
去年主演を務めた映画で、アカデミー賞の優秀主演男優賞を受賞。 そこから人気が一気に爆発して、今年はドラマの主演だけでも既に3作品目を更新中。 新たに映画の主演も決まっている。 加えてCM起用に、テレビ、バラエティ番組への出演依頼も殺到しているんだとか。まさに今、誰よりも多忙を極めている男だ。
年齢は私より二つ下の32歳。かみは黒で、瞳は焦茶色。鼻筋が通り、全体的に色気がある。
容姿も雰囲気もどこか日本人離れしていて、欠点など見つからないくらい完璧だ。 声は澄んだ低音で、私服はいつもモノトーンにまとめ上げたコーデ。 香水は爽やかなマリン系を漂わせている。基本的に誰にでも優しい。そんな彼がこんな落ち目女優の私に。
「一体………何の冗談?」
その言葉を私の口から自然と発生させる程に。おかしな提案だった。
*15歳で朝ドラデビューした私、常磐侑《ときわ ゆう》は一躍時の人となった。
———飾らない素朴さの中にも煌めく才能。
独特な台詞の言い回しや、間の空け方の絶妙さ。滲み出る情熱感。 彼女の演技は見る人の心を揺さぶる。これぞまさに天性の女優と言えるだろう———その時、一緒に映画の仕事をした監督の言葉は当時の雑誌の誌面を飾った。
そうやって一度人気になると、CMに、テレビ番組のゲストに、ドラマ出演など次々と仕事が舞い込んできた。だけど——人気というものはそう長くは続かないものだ。
「ねえ、この人名前なんだっけ?」
「えどれ?どの人?
あー…それ常磐侑だよ。」「あ、そうだった!すっかり忘れてたあ」
「確かに。テレビでも全然見ないからね。」
立ち寄ったカフェで、スマホの動画を見てる若いOL風の2人組。
そんな彼女達のすぐそばに当人が座っていても気づかれない程、薄れた存在。 それが現在《いま》の私————。昴生は、強く握っていた手を、絡まった糸を解くようにそっと離した。 その仕草に、なぜか私の胸はチクリと痛んだ。 「……この写真、マンションの内廊下から撮られたものですね。 ここの住人はルールに厳格だから、こんなことはしないはずです。 佐久間さん、この写真を投稿したアカウント、特定できていますか?」 手を離した昴生は、スマホを手に取り、ふとそう呟いた。 「それが…発信源のアカウントは投稿してすぐ消されたみたいで… 巧妙なファンの嫌がらせだよ、きっと。」 「なら情報開示請求しましょう。 俺はともかく、侑さんの名誉を傷つけた悪意は許せない。だから。」 「…まさか昴生、訴訟を起こすつもりか?」 「はい。勿論ですよ。 ……俺の大好きな人を苦しめた人は、当然苦しむべきですから。」 俺はこの件を許すつもりはない。 穏やかな口調とは裏腹に、昴生の微笑みはどこか冷たく見えた。 その場にいた誰もが息を呑み、動けなくなった。 これまで誰も見たことのない、静かな怒りを滲ませた、綿貫昴生の姿がそこにあったから。 昴生のこの熱量に居た堪れなくなる。 「っ、とにかく私は自分の家に帰るから。」 それが今、浅はかな行動でしてしまった彼への罪滅ぼし。 少なくとも、自分の行動は自分で責任を取らなければ。 佐久間さんと鳥飼さんが「二人でよく話し合え」と伝言を残して去った後、私は昴生に素直に自分の気持ちを打ち明けた。 「だから、何で侑さんが謝るんですか。 悪いのは俺なのに。」 「ううん、そうじゃない。 あの時———電話をしたのは私だし、心が弱っててズルズル甘えてたのは私だった。」 「だから、違いますよ……!」 昴生の声はなぜか苦しげで
「いやだ。駄目だ。」 昴生は、子供のように拗ねた声を出す。 「それは社長や事務所にとってのマイナスですよね? 俺は発表してもいいですよ。 [ストーカーは誤りで、実際は俺と侑さんが熱愛中]って事なら。 記者会見でも何でもしますよ。 それ、俺にとってのプラスにしかならないんで。」 「……昴生…!」 「何で2人が一緒にいるかって? 今言ったばかりなのに分からないんですか。 侑さんのストーカーは俺で、俺が侑さんを大好きだから一緒にいるんですよ。 侑さんにとっては迷惑かも知れないけど、俺には最高の事なんです。 大好きだから。」 混乱がさらに混乱を招く。 それは昴生に手を握られた、他でもない私が誰よりも。 大好きだから……? 彼が……私を好き………? その言葉をこのタイミングで、今初めて聞いた。 「はあ……くそっ。 昴生、お前は自分の立場ってヤツがよく分かってないみたいだな。 お前は事務所と契約してる以上、自分勝手な行動は慎むべきだ。 誰が…お前を日本一の俳優にしてくれたのか、その恩を忘れたらいけない。 …とにかく、一緒にいるのは駄目だ。 今がいちばん大事な時期なのに。」 顳顬を抑え、佐久間さんは疲労感を滲ませる。 いちばん大事な時期。そう。 綿貫昴生にとって今最も不必要なのは、マイナスにしかならない私とのスキャンダル。 「佐久間さん………… 俺にとって大事なのは侑さんであって、他のはぶっちゃけどうでもいいんです。 そのくらい俺が侑さんを好きだって事を、少しでも理解してくれたら嬉しいですけど。
それなのに私は黙っていた。 昴生と過ごす居心地の良さと、謎の優しさに、いつの間にか我を忘れ浸ってしまったのだ。 以前は私のマネージャーだった事もある佐久間さんが、どれだけ昴生を大切にしているかは知っている。 人気俳優の彼を盛り上げ、あらゆる波風から防波堤のように守ってきたのだ。 彼は自分が担当したタレントに対していつも誠実だった。 静かに私は立ち上がり、佐久間さんと鳥飼さんに頭を下げた。 「すみませんでした。今回の事は私が——」 「侑さんが頭を下げる必要なんかどこにもない。 悪いのは俺だから。」 立ち上がった私の左手を握り、昴生はその謝罪を止める。 「綿貫…くん?」 「侑さんがストーカーだって? そんなの大きな間違いだ。 佐久間さん。侑さんをストーカーしたのはこの俺ですよ。」 「なっ……!?」「!!」 「……?」 一同が絶句した。 何の躊躇いもなく昴生がそう宣言したからだ。 今人気絶頂の俳優が人気低迷女優をストーカーしたと。 「綿貫くん、変な事言わないで…… あなたは単に人助けのような優しさで……」 「何?侑さん。俺何も間違ってませんよね。 初めから侑さんに付き纏っていたのは俺だし、そんな侑さんに同居を持ち掛けたのも俺。 だから侑さんは何も悪くない。 でしょ?」 今言ったのが全て真実だ、とでも言いたげに。 そんな風に真顔で、真剣な目で見つめないで。 力を込められ、握り締められた手が熱い。 勘違いしてしまいそうになる。 彼が本当は体目的じゃなく、実は私の事を想ってくれてるんじゃないかって。 こんな私の事を本当は好きなんじゃないかって……何の根拠もないのに。 「はあ……侑がストーカーじゃないのは俺だって分かってる。 それに…昴生がストーカーとか… 万が一それが事実だとしても、そんな事は今重要じゃない。いや、まあ…それはそれで問題だとしても、だ。」 佐久間さんは困ったように溜息を吐いた。 もちろん私も、昴生がストーカーだとは思っていない。 しかし現状は深刻だそうだ。 なんせマンション周辺にはマスコミが殺到しているという。 「とにかく、侑はマスコミの目を盗みながら、一度自分のマンションに戻ってくれ。 何で2人が一緒に居るのかは知らないが…
「何て事してくれたんだ……侑。 それに昴生も。」 そこには、深刻な表情でこちらを見つめる佐久間さんが立っていた。 昴生の住むマンション。 あれから私は彼に甘えたまま時間を過ごしていたが、それはSNSからのリークという形で終わりを迎えようとしていた。 ソファに座る私の隣に昴生が。 テーブルを挟んで向かい側に佐久間さんと、青白い顔で慌てふためいている鳥飼さんの姿がある。 ここ数日私は昴生にスマホを取り上げられていた為、内容は全く知らなかった。 テレビは見てない。 ずっと昴生としか話してなかった。 佐久間さんによると、私と昴生の写真がSNSにばら撒かれ、拡散されたらしい。 〈常盤侑が綿貫昴生のストーカーをしていた〉 そんな名目で炎上しまくっているそうだ。 写真を見せて貰ったが、確かにあの日2人でマンションに荷物を取りに行った日の服装だった。 「はあ……まさかこんな形でリークされるなんて。最悪だよ。 [人気低迷女優の常盤侑が、人気俳優の綿貫昴生をストーカーしている] って……SNS発だからどこまでも拡散し続けてて、簡単に取り消すこともできない。 今事務所はこの件の対応に追われてる。 …一体、何してんだよ。2人とも。」 佐久間さんは深い溜息を吐く。 問題の画像を見せられて、昴生はスマホごと佐久間さんの手から取り上げた。 「……これ、悪意しかないですね。」 「は…?」 「だって侑さんが俺のストーカーだなんて、馬鹿らしいじゃないですか。」 何の動揺も見せずに、昴生は淡々とスマホの画面を見つめる。 しかし佐久間さんも、慌てて立ち上がった。 「侑がストーカーじゃないなら…一体何で2人が一緒に居るんだよ?頼むから分かるように説明してくれ!」 声を荒げる佐久間さんの気持ちは痛いくらい分かる。この中で唯一の40代。 誰よりも大人な彼が焦ってるのが真摯に伝わってくる。 「侑さあぁん〜…」 迫力がある佐久間さんの隣で鳥飼さんは、泣きそうな目で私に訴えていた。 何て弁明したらいいか分からない。 いや、分かっていた。 いずれはこうなるだろうと。
そこには侑をまるで恋人のように扱い、肩を抱く昴生がいた。 「なん……でよ!何であの女が綿貫さんのマンションから出て来るのよ……っ!」 見つかったらまずいと、モカが慌ててまりかの腕を引いて建物の死角に一緒に隠れる。 そんなまりか達に全く気付かずに、二人はエレベーターに向かっている。 サングラスとマスクをした女が侑———だと、まりかには何ですぐ分かるのか。 理由は昴生が、侑をやたらと構っていたからだ。 挨拶で訪れた事務所にいる時も、控え室にいる時も、ドラマの撮影の後も。 なぜか昴生の目が侑を追っている事を知っていた。だから。 まりかはそれが不愉快だったし、侑が嫌いだった。ずっと。 人気女優である自分と人気低迷女優の彼女。 愛想はないし、表情はどことなく暗い。 その性格のせいで仕事だってないのだ。 昔は売れていたようだが、今でもそう思ってるなら、勘違いするなと言いたくなる。 どちらが昴生に相応しいか、一目瞭然なのにと。 「うそ……でしょ?何で?」 「まりかさん?まりかさんはあの女の人知ってるんですか?あれが…一般人の彼女?」 あれが侑だと全く気付いてないモカが興奮気味に言ったのが、まりかはますますに気に食わなかった。 「モカ、あの2人の写真撮って。」 「え?でも……」 「いいから!早くしてよ!」 「は、はい!」 怒鳴られてモカは慌ててバックからスマホを取り出し、去っていく二人の背中を写真に撮った。 昴生と侑が車に乗って去ったあと、駐車場に残されたまりかは最高に低いテンションで呟いた。 「ねえ…その写真、全部まりかに送って。」 「は、はい&hell
まず彼の住んでる場所もぜんぶ秘密にされていたから、思いがけず知る事になれて嬉しい!と、まりかは興奮する。 数日後、再びまりかとモカはそれぞれ変装して、昴生の住むマンションを訪れていた。 ただ……当然だが正面玄関で、どうしてもセキリュティの関係で中には入れない。 奥には警備員の姿も見える。 「まりかさん、どうします?やっぱり無理かなあ。 住んでる階《フロア》まで突き止めるのは…」 「いや。ここまで来たら諦めたくないんだけど。」 暫くマンションの周りをウロチョロしてると、背後から男に声を掛けられた。 「ねえ…もしかして浅井まりかちゃん!?」 知らないサラリーマンだ。中堅といった風貌の。 「ねえねえ、さっきからマンションの前で一体何してんの? えっ…まさかそっちは如月モカちゃん!?」 興奮気味に男が近寄ってくるので、モカは笑顔を引き攣らせたけれど、対照的にまりかはニコッと笑った。 「えっと……お兄さんはこのマンションに住んでる方?」 「うん、そうだよ」 「良かった……! このマンション、綿貫昴生さんが住んでますよね? 私達、仕事の関係で綿貫さんに呼ばれて家に行くとこなんですけど、スタッフさんとはぐれた上に、住んでる階を忘れちゃって……! 良かったら教えてくれません?」 「あー…綿貫さんの? でもまあ、そういう事情なら教えても大丈夫だよね。 本当はここの住人のプライベートは絶対話しちゃいけないって厳しいルールがあるけど。 まあ、浅井まりかちゃん達と言えば間違いはないよね!」 「良かった〜まりか達、本当に困ってたんですー。ありがとうお兄さん。」 「えっとね、彼は確か……あ、
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