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・Chapter(11) 紗希ちゃん

last update Last Updated: 2025-06-24 20:17:34

ターミナル駅の地下街奥にある、うらぶれた喫茶店。

そこで瑞穂は文庫本を読みながら、待ち人である多香子を静かに待っていた。

左手首に巻かれている腕時計で、瑞穂は時刻を確認する。

時計の針は、10時42分を指ししめしていた。

待ち合わせ時刻は「11時」であり、そろそろ多香子が来てもおかしくはない。

果たして瑞穂の推測は正しかったらしく、顔を上げ、店の出入口に目をやると、多香子が笑顔で店員とやり取りしている姿が見えた。

「ごめんね、お待たせ」

軽快な口調で多香子は瑞穂の前へと座ると、手に持ったバッグを空いた椅子の上へと置く。

「しかし久しぶりだね、瑞穂と会うの。

いつぶりだっけ?」

店員から渡されたおしぼりで手を拭きながら、多香子が訊く。

「去年の秋、以来じゃないかな?

パンケーキの美味しい店がある、って多香子姉さんが言ってくれて、二人で行ったでしょ。

多分、アレ以来」

「あっ、アレって去年?

早いね、もうそんなになるんだ」

言い終えた多香子は、ハハハ、と笑い声を上げた。

瑞穂の目の前にいる、この多香子という女性。

実は、瑞穂の高校時代のバイト仲間であった。

高校入学と同時にコンビニでバイトを始めた瑞穂は、この二つ年上の多香子という女性と公私共に親しくなり、大人になった今でも友達として、それなりに交流を続けていた。

「つうか、瑞穂。

なかなか通な店で、待ち合わせするね。

最初に、待ち合わせ場所を聞いた時、『ホントにそんな店、あるの?』って、微妙に戸惑っちゃったよ。

アタシなら、絶対すぐそこのスタバで待ち合わせするけどなぁ」

「あそこ、すぐ一杯になるから、座れない可能性が大なの。

実際、前に他の友達と待ち合わせした時に、あそこのスタバを指定したんだけど、全然座れなくて、急遽この店に待ち合わせ場所変更したのね。

そしたら、コーヒーがおいしいし、チーズケーキが絶品で、一気にこの店のトリコになっちゃった。

それに静かだし、本を読むには最適な店だよ」

「ふぅん」

瑞穂の言葉を聞き終えた多香子は、ぐるりと店内を一望する。

黒と茶色を基調とした、内装。

カウンター奥の棚に並べられた、コーヒー豆。カップ、グラス。

笠のついた照明や、古木風に仕上げられたテーブルや椅子といったアイテムが、店内のノスタルジックな雰囲気を演出し、静謐《せいひつ》かつ落ち着いた空間を見事に作り上げていた。

「で
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