Home / 恋愛 / ワンダーパヒューム / ・Chapter(3) 古田電器の古田です。

Share

・Chapter(3) 古田電器の古田です。

last update Last Updated: 2025-06-18 20:07:37

電器屋は瑞穂らが思っていた以上早く、マンションへとやって来た。

道にさほど迷わなかったのか、瑞穂がマンションに帰宅するとほぼ同時に、和田マネージャーのスマートフォンに、「もう、近くまで来ている」という電話があったのだ。

「角に、ガソリンスタンドがあっただろ?

そこを右に曲がったら、一階に美容院が入ってるマンションがあるから……」

淀みない口調で電器屋をナビゲートする和田マネージャーのその様は、瑞穂に改めて胸の高鳴りを覚えさせた。

「失礼します」

11時前、和田マネージャーに連れ添われる形でやって来た電器屋は、アコースティックベースのような低い声で言った。

良く言えば、クール。

悪く言えば、どこか無愛想。

それが、電器屋に対して、瑞穂が最初に抱いた第一印象であった。

汗を防ぐ為なのか、頭に巻かれたタオル。

タレ目、ところどころに見られる無精髭。

全身から発せられる、男の匂い。

黒いTシャツの上に水色の作業着と、いわゆる「ガテン系」と呼ばれる風貌に身を包んだ電器屋は、壁の上部に備え付けられたエアコンに目をやった後、おもむろに懐へと手を入れた。

「古田電器の古田と言います。よろしくお願いします」

先程の低い声色を保ったまま、電器屋は告げると、取り出した名刺を両手で瑞穂に対して差し出す。

「よろしくお願いします。

スミマセン、急にご無理を言いまして」

瑞穂は名刺を受け取ると、型通りの言葉を電器屋である古田に対して返した。

「コイツ、高畑さんとタメなんだ。同い年。

トシが一緒だから、エアコンに限らず家電で何か困った事があったら、今後相談してみたらいいんじゃない?」

その時、瑞穂と古田のやり取りを見ていた和田マネージャーが、仲人のように親身といった様子で、二人に対して言う。

「そうですね。

じゃあ、また何か困った事があれば、古田さんに相談させてもらいますね」

その和田マネージャーの言葉に瑞穂は、取り敢えず、といった感じの愛想笑いを浮かばせながら、返答をした。

「じゃ、早速ですが、ちょっとエアコンの方を見させてもらいますね」

一方、古田は「我関せず」とばかりに、エアコンに対して一直線に向かうと、真下に養生シートを敷き、自身の任務であるエアコンの点検へと取り掛かる。

·

「あっ、こりゃダメだな……」

エアコンの内部と、分解したベランダの室外機の中身を見た古田は、首をかしげながら部屋へと戻ってきた。

「何がダメなんだ?」

扇風機の真向かいで、瑞穂と二人、送風を浴びていた和田マネージャーは立ち上がると、古田に歩み寄る。

「いや、コンプレッサーがほぼ壊れかけてるんですよ。

あと、高畑さん。

確か水漏れしてる、って言ってましたよね?

水漏れ自体は、ドレンホースの詰まりが原因なんですけど、その水漏れでプリント基板もやられちゃってます。

こりゃ、ちょっと簡単に直せるレベルじゃないですね」

「何とかならないのか?」

和田マネージャーは、重ねて古田に訊く。

「出来ない事はないですけど、部品交換とか修理の費用を考えると、買い換えた方が安いですよ。

もっとも、このエアコンに愛着があって、金はいくらでも出すから直してくれ、って言うのなら、俺も最善を尽くしますが」

「そうか……」

古田の言葉に、和田マネージャーは自分の事のように肩を落とし、うなだれた。

そして、くるりと瑞穂に向き直ると、「ゴメン」という言葉と共に立てた右手を顔の前に添える。

「いえ、こちらこそ」

瑞穂は立ち上がると、しみじみといった様子で、壁に備え付けられているエアコンに目をやった。

「ここに引っ越してから、夏冬ずっと使ってましたからね。

あっという間に、寿命が来たんですね。

こんなに早くに壊れたのは残念ですけど、取り敢えずこのエアコンには『お疲れ様』って、言ってあげたいです。

古田さん、和田マネージャー。

今日はご足労いただき、ありがとうございます」

「いや、こっちも暇だったしね」

和田マネージャーは微笑すると、瑞穂に続く形でエアコンへと目をやる。

「じゃあさ、高畑さん。

修理がダメなら、エアコンを買い換える、って話になると思うんだけど、どうする?

古田電器で、買い換える?

それとも、自分でエアコン本体だけを格安で買って、カツアキに……。

じゃない、古田電器に取り付けてもらう?

多分、普通に家電量販店でエアコンを買って取り付けるよりは、安くなると思うけど」

「いくらくらいに、なるんですかね……」

瑞穂は、エアコンの真下にいる古田と、和田マネージャーを順繰りに見た後、おそるおそるといった感じで切り出した。

「うーん、ワット数にもよりますね」

ここで、電器屋である古田が瑞穂の問いかけを引き取ると、腕組みをしながら続ける。

「設置費にしても、4.0kwを超えたら値段がはね上がるんですよ。

高畑さん、このリビングのエアコンを買い換えるんですよね?

この部屋自体は8畳だから、この部屋だけ冷やすのなら、そんなに高くはならないと思うんですけど、見たトコロ隣の寝室も一緒に冷やしていた、っぽいし……。

あの、高畑さん。

逆に訊きますけど、大体いくらくらいならご用意出来ますか?」

·

「えっ?」

古田の反問に、瑞穂は虚を突かれた格好となり、すぐさま返答する事が出来なかった。

「いくらくらいなら、ご用意出来ますかね?」

古田は、再び同じ質問を繰り返す。

「金額を言ってもらえれば、僕の方も出来うる限り、対応させてもらいますから。

なんてったって、和田さんが勤めている会社の女子社員ですからね。

儲け度外視で動かなきゃ、後で和田さんに何を言われるか分かりませんよ」

「おい、カツアキ。人を鬼みたいに言うな。

高畑さんが聞いたら、誤解するだろが」

ここで、古田の悪態を受け流す事が出来なかった和田マネージャーが、苦笑交じりで突っ込みを入れる。

「実際、鬼だったじゃないですか」

古田は肩をすくめると、同じく苦笑を浮かばせながら、言葉を続けた。

「俺が高校の野球部に入った頃、キャプテンの和田さんをはじめ、三年全員がヤクザに見えて仕方がなかったですよ。

何かミスしたら、速攻でケツバットでしたし、和田さんにしても今みたいに気軽に話し掛けられる雰囲気でもなかったですしね」

「それは、謝るって前も言ったじゃねえかよ。

あの時は俺も若かったし、いい意味でも悪い意味でも殺気立ってたんだよ」

古田の述懐に、和田マネージャーは頭をかくと、所在なさげに立っている瑞穂に再び目をやる。

「ゴメン、高畑さん。

話を戻すけど、いくらくらいなら用意出来そう?

カツアキも、こう言ってるんだ。

思い切って、ふざけた金額を言ってみてもいいと思うよ。

もし、持ち合わせがそんな無い、ってのなら、俺が立て替えてやってもいいからさ」

「優しいー」

親身になって語る、和田マネージャーの言葉に、古田が口笛交じりで突っ込みを入れる。

「茶化すなよ、バカ」

和田マネージャーは古田をたしなめると、再び瑞穂に向き直った。

「えーと、ですね……」

瑞穂は視線を右上にやって沈思を重ねた後、吐いた語句を確認するように、ゆっくりと言葉を述べていった。

「貯金はある事はあるんですけど、突発的な事があった時の為に、少しは残しておきたいんですよね。

それと、来月の末には友達の結婚式がありますし……。

今時、ジューンブライドかよ、って、友達みんなで笑ってたんですけど、中学の時から仲良くしている友達なんで、出ない訳にはいきませんし、額もそれなりに包まなくちゃいけないんですね。

ですから、買い換えとなると、サイアクでも8万以下……。

無理を承知で言いますけど、それくらいに抑えたいんです。

あっ、無理でしたら、エアコンの件はボーナスまで我慢しますから」

「8万か……」

瑞穂の言葉を聞き負えた古田は、腕組みをすると、天を仰いだまま、しばらく動かなくなった。

·

「いけそうなのか?」

焦れてきたのか、和田マネージャーが瑞穂に代わって、銅像のように固まったまま動かなくなっている古田に尋ねる。

「まぁ、出来ない事はないんですけどね……」

古田は天を仰ぐのをやめ、和田マネージャーに視線をやると、眉根を寄せながら答える。

「ウチに、型遅れの在庫が何台かありますし、その金額ならまぁいけます。

ただ、設置費とかエアコンの処分代とか、そんなのを入れると、ちょっと足が出るかな、って思ったんですよ。

さすがに、あまり負けすぎると、オフクロにうるさく言われそうでね……」

「足が出る分、お前が立て替えてやれよ」

和田マネージャーが、即座に突っ込みを入れる。

「ほら、またそんな事を言う」

古田は、すぐさま応酬した。

「負けてやってくれよ、タダとは言わないからさ」

和田マネージャーは古田に歩み寄ると、口元に手をあて、何かを古田に耳打ちした。

「……ったく、そうやって、すぐ人を困らせるんだから」

和田マネージャーからの耳打ちを聞いた古田は、かぶりを振るが、その顔には笑みがこぼれていた。

「高畑さん」

そして、和田マネージャーの後ろで事の成り行きをうかがっている瑞穂に古田は目をやると、笑顔を保ったまま切り出した。

「取り敢えず、8万で何とかしてみます。

設置費もエアコン本体も、全部込みでね。

在庫に関しては、家に帰って調べた後、また連絡させてもらいますね。

ところで、メーカーとか、何か希望はありますかね?

型遅れではあるんですけど、出来る限り高畑さんの期待に応えようとは思いますので」

「あっ、ご連絡をいただいてからでいいです……」

瑞穂は、ぎこちない笑みを浮かばせながら、古田に対して返答をした。

「分かりました」

古田は頷くと、くるりと踵を返し「じゃあ、ちょっとバラした室外機、また組み立てときますね」と、網戸を開け、再びベランダへと出ていく。

「和田マネージャー、一体古田さんに何を言ったんですか?

何か、古田さんを脅迫するような事でも言ったとか」

瑞穂は和田マネージャーに歩み寄ると、難色をしめしていた古田の様子が一変した理由が気になり、問いただしてみた。

「秘密。男同士の話」

しかし、その瑞穂の問い掛けに、和田マネージャーは左目をつむりながら煙に巻くと、ベランダで作業を行っている古田を、興味津々といった様子でしぱらくの間眺めていた。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • ワンダーパヒューム   ・Chapter(21) 高畑瑞穂、歌いまぁす

    10時を少し過ぎた辺りで、二人は店を出た。が、名残惜しさが瑞穂の後ろ髪を引っ張り、駅へと向かう瑞穂のその足取りはひどく重いモノであった。「どうしたの、高畑さん。ひょっとして、気分が悪いの?」次第に遅れをとる瑞穂の様子が気になったのか、和田マネージャーは歩みを止めると、振り返り、後ろを歩く瑞穂に視線を向ける。瑞穂は「はい」と、手短に言葉を返す。確かに、気分は悪かった。しかし、それはアルコールによるモノではなく、和田マネージャーとの至福の時が終わるが故に引き起こされたモノであった。「だから、言ったじゃん。飲み過ぎなんじゃないか、って。まっ、俺としては中々珍しいモノを見せてもらったけどね」「珍しい?」「店でも言ったじゃん。酔っぱらってる高畑さんは、結構レアだって。俺の中の高畑さんって、飲み会とかでもハメを外さず、自分のペースをしっかりと保って酒を飲む人、だもん。だから、今日の酔っぱらった高畑さんは、俺的には何か新鮮に見えたよ」「アレ、和田マネージャー。もしかして、アタシに対してギャップ萌えとか感じちゃったりしてます?」和田マネージャーの思わぬ発言に気を良くした瑞穂は、口角を曲げながら尋ねる。「ないよー、それはない」和田マネージャーは、手を振りながら瑞穂の弁を否定する。「高畑さんは、部下だからね。上司として、そういう感情は抱く訳にはいかないよ。あっ、これは高畑さんに魅力が無いとか、そういう話じゃないよ。単純に、上司としての心構えだからね」──また、上司と部下かよ。堅物めいた言葉を述べ続ける和田マネージャーに対し、瑞穂はため息をつく事で応えた。「どうしたの、高畑さん。もしかして、吐きそうなの?」しかし、和田マネージャーは瑞穂のため息の意味を取り違えたようで、再び歩みを止める。「……ヤバいです」和田マネージャーが作り出したその流れに瑞穂は乗ると、フラフラと電信柱に歩を進めた。が、嘔吐する訳ではなく、ただ茫乎《ぼうこ》といった様子で夜空を見上げると、心までも冷やす秋の夜風にしばらく当たっていた。「……大丈夫?」和田マネージャーは怪訝な面持ちで、瑞穂に歩み寄る。「うーん、ちょっと気分が悪いですね」瑞穂は、ふぅ、と息をつくと、視線を夜空から後ろのビルへと移した。「あの、和田マネージャー。お願いがあるんですけ

  • ワンダーパヒューム   ・Chapter(20) 酔ってませんよぉ

    消灯し、警備会社への登録となるスティックキーを差し込むと、瑞穂と和田マネージャーの二人は足早に社屋を出た。「さてと」ジャラリ、と音を響かせ、和田マネージャーは鍵をジャケットのポケットに入れると、ゆっくりと振り返り、後ろの瑞穂を見据えた。「ところでさ、高畑さん。今日は晩ごはん、どうするの?」「えっ」思わぬ和田マネージャーの問い掛けに、瑞穂の胸は高鳴りを見せる。「……そうですね。遅くなったので、今日はお弁当でも買って帰ります。さすがに、今から帰って作ったりするのは面倒ですしね。あとは、頑張った自分へのご褒美として、ビールの一本でも買って帰りますよ」「その、ご褒美とやら。俺に出させてもらっていいかな?」「えっ?」「メシでも食いに行こうよ。今日はおごってあげるよ。もちろん、ビールもね」「えっ、いいんですか?」瑞穂は高揚した気持ちを抑えきれず、つい声が大きくなってしまった。「いいよ、メシくらい」その瑞穂の様に、和田マネージャーは微笑した。「今日の高畑さんは、結構頑張ってくれたからね。メシでもおごらなきゃ、後で俺が高畑さんに何か言われそうだよ。っていうか、俺が帰ってきた時には高畑さん、メチャクチャ恐い顔してたからね。何か、塩分間違えた味噌汁でも飲んだような顔してさ」「えっ、アタシ。そんな怒ってるの、顔に出てました?」「うん、結構。だって、扉開けて、一人仕事してる高畑さんの顔みたら、完全ヤクザみたいになってたもん」「ちょっとー、ヤクザとかさすがに言い過ぎじゃないですかぁ」ストレートな和田マネージャーの表現に、瑞穂は眉根を寄せた。「あっ、ゴメンゴメン」和田マネージャーは再び笑うと、商店街に向けて、ゆっくりと歩を向けた。「とりあえずさ、ついて来てよ高畑さん。ちょっと歩くけど、美味しくて面白い店があるんだ。今日は、そこで晩ごはんを食べようよ」「はい」瑞穂は頷くと、緩やかなスピードで歩いてくれる和田マネージャーの傍らから離れないよう、軽やかな足取りでもってついて行った。·商店街を突き抜け、繁華街に突入したトコロで、和田マネージャーは通りを左折した。瑞穂も続いて左折をすると、居酒屋やラーメン屋などが建ち並ぶ通りを、キョロキョロと見回しながら、和田マネージャーがどの店に入るのかを推察する。「この店」ボーリング場

  • ワンダーパヒューム   ・Chapter(19) うわ、大変ですね

    瑞穂が未だ心を惹かれてやまない、和田マネージャー。その彼と瑞穂が緊密になる機会は、思わぬ形で訪れた。秋も深まり、そろそろ冬の足音が聞こえてきた、10月末の事だ。瑞穂の元に、大量のFAXが送られてきた。『お忙しいところ、申し訳ありません。見積りお願い致します』定型めいたセンテンスの右上には、こちらの都合を一切考えていない「至急」という判子。10点近く品目が書かれたそのFAXは20数枚あり、単純計算しても品目は200点を超えていた。そして、回答期限は週明けである月曜の午前という事だった。今日は金曜であり、ある程度今日までに見積りを終わらせておかないと、月曜の午前に回答が出来ない公算は高い。「いや、無理っしょ……」瑞穂は独りごちると、受話器を手に取り、FAXの送信者に回答期限を伸ばしてもらえないかどうか、電話をかけようと試みた。しかし、瑞穂はかぶりを振ると、静かに受話器を電話機へと戻した。FAX送信者は、これまで電話でやり取りを行った際、小さな論拠を盾に何度も強引に事を進めてきた面倒な男である。そして、大手の取引先であるが故か、融通もきかず、誰が連絡しようとコチラが折れるケースが大半だ。そんな取引先に勤めている男が、女である自分の回答期限の引き延ばしのお願いを素直に聞くとは到底思えない。「もぅ」にっちもさっちもいかない状況に、瑞穂は眉根を寄せた。「どうしたんですか?」すると、さすがにオーバーリアクションであったらしく、隣の紗倉さんがキーボードを打つのをやめ、横目で瑞穂に視線を送った。「いや、これがね……」瑞穂はため息をつくと、大量のFAX用紙を手に取り、紗倉さんに見せるように言葉を続けた。「こんだけ、FAX送ってきておいて、月曜の朝までに返事下さい、ってさ。こんなの、出来る訳ないじゃん。それでなくても今日、ただでさえ忙しいってのにさ」「うわ、大変ですねー」紗倉さんは同調する言葉のみを吐くと、忙しいといった様子で、キーボードを叩く手を再開させた。隣の瑞穂に視線を送るのをやめ、一心不乱にキーボードを叩く紗倉さんの様は、「自分は担当ではないから関係ない」とでも言いたげな雰囲気であった。周囲を見渡すと、他の社員も忙しそうな雰囲気を醸し出しており、助っ人は期待出来ない、と思った瑞穂は、取り敢えず大量のFAX用紙を机の引き出し

  • ワンダーパヒューム   ・Chapter(18) 再会

    「そうです、お久しぶりです」その瑞穂の様に、杉浦マイは口元に手をあて、クスクスと笑った。「いや、久しぶりって言う程でもないんだけどね。ってか、まさかこんなトコロで会えるなんて思ってもいなかった」「あっ、私の職場って、すぐそこなんですよ。それで、この店の前を通りがかったら、たまたま瑞穂さんの顔が見えたから、つい……」「あっ、そうなんだ」瑞穂は返すと、アイスコーヒーを手に持ち、杉浦マイと二人で、テーブル席へと移動した。「マイさん、仕事何してるの?」アイスコーヒーを飲みながら、瑞穂が杉浦マイに訊く。「旅行代理店です。ココの駅ビルを出て、すぐそこのホテルの下に職場があるんですね。瑞穂さんは?」「アタシは商社。職場はココじゃないんだけど、乗り換えがこの駅だから、たまに寄り道して、この店で一時間くらいコーヒーとかカフェオレを飲みながら、本を読んで帰ってるんだ。BOOK・OFFも近くにあるしね」「へー」「あっ、マイさん。なんか注文したの?」杉浦マイの前には、冷水と紙おしぼりのみが置かれているのみであった。「大丈夫です。さっき、お店に入ると同時に注文したんですよ。もう少ししたら、来ると思うんですけど」果たして、杉浦マイの言葉通り、程なくしてアイスカフェオレがウェイトレスによってテーブル席に届けられた。「あのバーベキュー、以来だね」「そうですね」杉浦マイは口元を緩めると、アイスカフェオレを一口飲んだ。「アレから、あのバーベキューで繋がった人と、連絡を取り合ったりしてる?」「……殆ど、してないですね」杉浦マイは、苦笑いを浮かばせた。「何人か男の人にLINE聞かれて教えたんですけど、殆どそれっきりです。古田さん、くらいかな?先日、ご飯を食べに行こう、って誘われて、行ったくらいですね」「へぇー」杉浦マイの言葉に瑞穂は表面上は平静を装っていたが、古田の意外な一面に驚きを覚えていた。「瑞穂さんは?」「はい?」「いえ、あのバーベキューで繋がった人と、何かしら連絡を取り合ったりしてます?」攻守交代、とばかりに、杉浦マイは同じ質問を瑞穂に対してしてきた。·「ないねー」瑞穂は苦笑しながら、首をひねった。「一人、池山って人だったかな。『俺、LINEやってないから、メアド教えて!』って言われて、その人とメアド交換させられた

  • ワンダーパヒューム   ・Chapter(17) topics

    その後、瑞穂と和田マネージャーとの関係は、殆どといっていい程、進展は無かった。例のバーベキュー以降、瑞穂と和田マネージャーとの距離は確かに縮まった。が、それも、より深い会話が出来るようになった、というのみであり、直接的な関係にまで発展するという事はなく、瑞穂と和田マネージャーとの関係は未だ「上司」と「部下」のままであった。6月に入った。待ち望んでいない、雨の季節が到来した。瑞穂は以前から周囲に言っていた通り、結婚式に参列する為、美容院の予約や友人代表のスピーチの原稿作成などに追われ、リアルに忙殺される事となった。エステの予約をし、電話を切った後「アタシ、新婦でもないのに、何張り切ってんだろな」と、一人失笑したりする場面もあった。そして、迎えた6月最終週の日曜日。瑞穂が空を見上げると、予想通りといった感じで雨が滞る事なく降ってきていた。「せっかく美容院行ったのに、これじゃあ全く意味ねぇ」まとわりつく湿気に辟易しながら、瑞穂は美容院を出ると、忙《せわ》しなくタクシーへと乗り込む。「瑞穂、久しぶりー!」待ち合わせをしていた、ホテルのカフェラウンジに入ると、瑞穂は紗季をはじめとする何人かの高校の同級生と再会した。「この間、瑞穂ちゃんの会社の上司のバーベキューに行ってねぇ」例の舌足らずな口調で語る、紗季。結婚し、子供を産んでから体重が20キロも増えたという、結衣。先日、遂に彼からプロポーズされたという、遥香。皆、個人差はあるものの、それぞれが与えられた人生をそれなりに謳歌している、といった様子であった。しかし、翻って自分はどうだろうか、と瑞穂は思った。忙《せわ》しない日常に追われながら、ただ日々を重ねていくだけの人生を過ごしているのではないだろうか。漠然と、そんな思いが瑞穂の頭をよぎったが、もちろんそんな事を口に出せる訳がなく、瑞穂は旧友との再会と、その旧友の一人によって提供される人生最大の晴れ舞台を、ただ楽しむ事のみにつとめた。式、披露宴における、新郎新郎の初々しさ。練りに練られた末、自分達の前に公開される様々な演出の数々。人生最大の晴れ舞台、という場に立っている旧友がもたらすそのどれもが、瑞穂の琴線に触れるモノであり、瑞穂は涙を流さずにはいられなかった。「本日はお足元の悪い中……」披露宴の最後、型通りの言葉を苦笑を浮かば

  • ワンダーパヒューム   ・Chapter(16) アナタなんですよ

    「さっ、乗って。狭かったらゴメンね」 和田マネージャーはアルファードのスライドドアを開けると、執事のように後部座席に瑞穂と紗希の二人を誘《いざな》った。 「お邪魔しまーす」 瑞穂は紗季と共にアルファードに乗り込むと、そのふくよかなシートに身を預ける。 肌触りの良い、ニット地のシート。 心まで包んでくれそうな包容力の、ウレタンの柔らかさ。 メタリックグレーで覆われた車内。 カーステレオから流れてくる、HYの「AM11:00」 和田マネージャーの車の中、というアドバンテージがあるからか、瑞穂は車内で目にするモノ、手に触れるモノ、その全てに心をとらわれて仕方がなかった。 「……さてと」 荷室にミニテーブルなど、残った荷物を積み込み、リアドアを閉めると、和田マネージャーはフロントドアを開け、運転席に腰掛けた。 「ゴメンね、待たせて」 そして、和田マネージャーは振り返ると、瑞穂の隣に座っている紗季に目的地を訊いた。 紗季が答えると、和田マネージャーは「あっ、意外と近いな」と独りごち、アルファードを発進させる。 「取り敢えずさ、新垣さんの方が近いから新垣さんを先に送るけど、高畑さんはそれでいいかな?」 バックミラーで後部座席にいる瑞穂に視線を送る和田マネージャーの問い掛けに、瑞穂は「はい」と返事をして頷いた。 「あー、疲れた」 数分程国道を走り、信号待ちでアルファードが停車すると、和田マネージャーはハンドルから手を離し、右手で肩を揉んだ。 「お疲れさまです」 「はは、ありがとう」 瑞穂の労《ねぎら》いに和田マネージャーは笑い、白い歯をバックミラーに写した。 「しかし、今年のバーベキューは例年にない盛り上がりを見せたよ……」 笑みを保ったまま和田マネージャーは言うと、しみじみと言葉を述べていった。 「やっぱり、若い女の子が来てるからかな? ナギーにしろ、他の奴にしろ、いつになく鼻息荒くさせてたしね。 高畑さんの友達の増田さんって人も、最高に面白い人だったし……。 あの、もしだけどさ、高畑さん。 もし高畑さんや、その友達の都合が良かったら、また来年も来てくれないかな? あの盛り上がりが今年だけ、ってのは俺的にも、他のメンバー的にも何かもったいない気がするんだ」 瑞穂は「その時は、喜んで」と、即答した。 そして、 「だ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status