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last update Last Updated: 2025-06-21 17:00:53

 それからどれくらい意識を失っていたかわからない。ただひたすらにじんわりとお腹が痛くて気持ちが悪くて仕方なかった。

 搬送されている間も何回か吐いてしまったらしく、そのせいで脱水の恐れがあるとかで点滴もされていた。

 目が覚めたのは薄明るい病室の中で、起き上がれない程に体がだるくてしかたない。

「気が付いた? どう、気分は」

 目覚めた俺の顔を、傍についていたらしい平川さんが覗き込む。最悪、と答えようにも喉がカラカラで変な声しか出ない。何回か咳をして何とか喋ろうとする俺に、「無理に喋らなくていいよ」と平川さんは言って額を撫でてくれた。

「唯人のコウノトリノートのアプリだっけ、あれがあったから帝都大病院に運んでもらったの。幸い主治医の蓮本先生もいらっしゃったから診て頂いたよ。薬の副作用と、過労じゃないか、って」

「……そっか」

「唯人、なんであんたもう妊娠できる段階になっているって言わなかったの? 蓮本先生にもそろそろ無理したらダメって言われてたそうじゃない」

「つい何日か前に言われたばっかりだったんだよ。報告も今日するつもりだったし」

「でも、まだ朋拓くんに話出来てないんだって? もうそろそろ精子提供者の登録しなきゃなのに、アプリ見たら空欄じゃないの」

「何で勝手に中を見たんだよ……」

「容体知らせる時に目に入ったのよ。見ちゃったのは悪かったけど、空欄のままなのは話が違うじゃない。ちゃんと話合うから朋拓くんと、って言うから社長だっていいよって言ってくれたのに」

「それは……」

 呆れた様子で平川さんから矢継ぎ早に言われて俺が黙っていると、更に言葉を重ねられる。

「唯人はね、ちょっと物事軽く考えすぎ。自分がディーヴァであることも、子どもを欲しいと思っていることも、その治療に対しても」

「そんなことない!」

 

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