結局その晩朋拓とも話し合って、俺がディーヴァであることはその場でテキストのメッセージで伝えてもらった。伝えるにしても、いきなりディーヴァであるというのではなく、歌を唄っているんだという話から段々と真相に迫っていく形を取ってくれたので何とか大きく困惑させなかったらしく、俺はひとまず安堵する。
「唯人、すごく色々考えてくれてるんだね。無理させてごめんね」
ベッドに並んで向かい合って横になっていると、朋拓がそう呟いて俺の頭を撫でてくれる。
無理をしているつもりはなかったけれど、考えすぎなのかどうかもわからないほど色々考えてはいたので、手のひらは有難く受け止めていた。
「なんか、唯人にばっかり負担がいってる気がする……俺はご両親にあいさつもできないのに」
「そんなこと言っても、俺も知らないし、見たことないもん」
俺が苦笑して応えると、朋拓は何とも言えない顔をする。もう今更な話だからそんな申し訳ないみたいな顔しないでよ、と更に言うと、朋拓はそうだね、とうなずく。
「お墓とかないの?」
「わかんないんだよねぇ……気付いた時には施設にいたから。たぶん、捨て子だったんじゃないかな。施設の前とかはよく置かれてるらしいからね。最近は子どもの置き去りとか厳しいというか、赤ちゃんポストみたいなのもあちこちにあるけど、それでも俺みたいに無断で置いて行かれる子がいないわけじゃないんだ」
「……そっか、じゃあ本当に何もわからないんだ……施設の先生とかは教えてくれなかったの?」
「そんな親切な奴らじゃなかったよ。すっごいひどいとこでさ、名前もろくに呼ばれなかったな。だから俺、施設出るまで自分の名前忘れないように一人称“ユイト”って言ってたもん」
「そんなに……」
「通行アプリを自分で取得できる十六の時に、我慢できなくて飛
朋拓の両親と顔を合わせて色々と話をした日から三日後、俺はコウノトリプロジェクトの治療を始めてから密かに考えていた企画を実行に移すべく都内某所のレコーディングスタジオに入っていた。 密かにとは言いつつも、ちゃんと企画書も書いてリモート会議で平川さんはじめ社長もディーヴァのレコーディングスタッフたちを前にプレゼンをしてちゃんと協力を仰いでの話だ。 企画は俺が朋拓とコウノトリプロジェクトの話合いをしている頃に並行して始まった、ディーヴァ初のベストアルバムの作成だった。しかも今回は関係者が選ぶというのではなくてファン投票で選ばれた真のベスト盤だ。 世界的アーティストでありながら管理問題はじめ様々な懸念事項からファンクラブらしいものも公式にはなく、これまでライブ以外にほとんどファンと接点らしいものを持ってこなかったディーヴァの突然の企画に世間は騒然とした。 投票資格は専用サイトに登録をしたファンだけが一ヶ月の投票期間内に三曲選んで投票することができるようにしていて、一気に三曲選んでもいいし、期間内であれば三回に分けてもいい。とにかくファンも納得のいく選曲になって欲しいと俺たっての希望でそういうちょっとややこしいシステムになってしまった。「ええー、三曲かぁ……同じのに三票ってダメなんでしょ?」「それはエラーになって弾かれるかもね」 スマホのホログラム表示されたディーヴァのベスト盤投票サイトを見ながら朋拓が唸っている。本当にこいつは俺……というかディーヴァが好きなんだな、と改めて思い、そのガチぶりに感心すらしてしまう。 頭を抱えたり唸ったりしながら小一時間と投票する曲を迷って悩んでいる朋拓の傍らに座り、肩に頭をもたげて甘えるようにしながら俺は昨日病院で聞いてきた話を報告しようと思った。 そんなあまりしない事をしたからか、朋拓もなにか察したらしくホログラム画面から視線を外して俺の方を見てくる。「どうしたの?」「んー……今日、病院だったん
結局その晩朋拓とも話し合って、俺がディーヴァであることはその場でテキストのメッセージで伝えてもらった。伝えるにしても、いきなりディーヴァであるというのではなく、歌を唄っているんだという話から段々と真相に迫っていく形を取ってくれたので何とか大きく困惑させなかったらしく、俺はひとまず安堵する。「唯人、すごく色々考えてくれてるんだね。無理させてごめんね」 ベッドに並んで向かい合って横になっていると、朋拓がそう呟いて俺の頭を撫でてくれる。 無理をしているつもりはなかったけれど、考えすぎなのかどうかもわからないほど色々考えてはいたので、手のひらは有難く受け止めていた。「なんか、唯人にばっかり負担がいってる気がする……俺はご両親にあいさつもできないのに」「そんなこと言っても、俺も知らないし、見たことないもん」 俺が苦笑して応えると、朋拓は何とも言えない顔をする。もう今更な話だからそんな申し訳ないみたいな顔しないでよ、と更に言うと、朋拓はそうだね、とうなずく。「お墓とかないの?」「わかんないんだよねぇ……気付いた時には施設にいたから。たぶん、捨て子だったんじゃないかな。施設の前とかはよく置かれてるらしいからね。最近は子どもの置き去りとか厳しいというか、赤ちゃんポストみたいなのもあちこちにあるけど、それでも俺みたいに無断で置いて行かれる子がいないわけじゃないんだ」「……そっか、じゃあ本当に何もわからないんだ……施設の先生とかは教えてくれなかったの?」「そんな親切な奴らじゃなかったよ。すっごいひどいとこでさ、名前もろくに呼ばれなかったな。だから俺、施設出るまで自分の名前忘れないように一人称“ユイト”って言ってたもん」「そんなに……」「通行アプリを自分で取得できる十六の時に、我慢できなくて飛
朋拓とそんな話をしてから半月ほどした頃、俺は病院で卵子を作り出すための細胞を採取してもらった。これで上手く卵子が出来上がり次第朋拓から精子を採取して受精させる。 その間もずっと妊娠しやすい体にして維持していくために女性ホルモンの投与は引き続き行われている。服薬に加えて点滴での投与も回数が増えていまでは週に二回はやっている。この副反応的なものが結構しんどい。「点滴自体は寝てるだけだから楽なんだけどさ、そのあとがすっげーダルいんだよ」「そっか……人によってはしんどさが抗がん剤並みだって言うもんね、副作用」 無理しないで、と言いながら朋拓は俺に膝枕をして頭を撫でてくれる。 先週、ようやく朋拓は俺の部屋に越してきた。ふたりが家族になる、つまり籍を入れることを決めたので手始めに一緒に暮らすことにして、俺の身体を気遣った朋拓が俺の部屋に越してくる形になったからだ。 新たに広い部屋に引っ越したかったのだけれど、薬の副作用で荷造りする体力もないし、そもそも重たいものを持ってはいけないと強く言われているので俺が引っ越しをすること自体が無理そうなので仕方なくこうなった。 幸い俺の住む部屋は一部屋物置に使っていた部屋があったのでそこを片付けて(と言ってもやったのは朋拓と平川さんなんだけど)、その部屋を朋拓の仕事部屋にして、寝室は一緒にしてベッドを大きくした。引っ越し祝いと気の早い入籍祝いだと社長からリクエストを訊かれたのでベッドを買ってもらったのだ。「唯人の事務所の社長さん、本当に唯人のこと気に入ってるんだね。こんな良いベッドくれるんだもん」「平川さんからも言われた。“いかに社長が喜んでくれてるかわかるでしょう?”って」「唯人がディーヴァで大活躍したからだね」「朋拓のことも気に入ってるって話だよ。ディーヴァのジャケに起用するって言いだしたのは社長だもん」 ふたりくすくす笑い合いながら一日の終わりにこうして過ごすことが最近の日課で、
「うん、薬も良く効いて来てますね。この分なら再来週あたりに採取した細胞で作った卵子と、パートナーさんから採取させて頂いた精子で受精卵が作って腹腔に入れられるかもしれませんね」 朋拓とすごく久しぶりにセックスをした次の週、蓮本先生から健診の時にそう告げられ、俺は唐突なことにポカンとしたままだ。 俺がノーリアクションだからか、先生は首を傾げて俺の顔を見てやがて苦笑した。「良かったですね、この分ならきっと体外受精した受精卵を着床させるところまでこぎつけますよ」「え、あ、はい……ありがとうございます……」 先日朋拓の精子を採取するに際して俺が立ち会って手淫して、その上余裕があったらセックスもしようなんて企んでいるのだから、あまり大っぴらに喜んでヘンに思われても困るなと思ってリアクションに困ったのが正直なところだ。 とは言え、治療が順調なのは素直に喜ばしいし、嬉しいのでゆるゆると頬が緩む。 そんな俺の胸中を見透かすように、蓮本先生はこうも言う。「着床させられると言っても、あくまでそれが可能になるという事にすぎませんし、それがずっと継続するとも言い切れません。受精卵が着床してもそれが出産できるまで育ち切るとも限りません。それは、女性の通常の妊娠においても同じことが言えますが、コウノトリプロジェクトの男性の妊娠は更に成功の可能性が落ちてしまいます」「それって、流産とかっていうのがあり得るってことですよね?」「以前より成功確率は上がっていますが、完全に女性も男性もゼロにはできてませんし男性の場合はより難易度が高いのです。その辺りは、ご承知いただけますか?」「……はい、大丈夫です」「先ほども言いましたが、医療技術は日進月歩で進化しており、コウノトリプロジェクトの治療による男性の妊娠出産成功率も上がっています。日本の産科医量は世界一と言ってもいいですが、“絶対”がないのがお産
触れ合うのって、いつ以来だろう――ソファに組み敷かれながら朋拓の舌先に唇にふれられていく肌が、自分でもわかるぐらいに赤く染まっていく。 組み敷いて、シャツを捲りあげて胸元に口付けまでした段階になって、朋拓の動きが停まる。「どうしたの?」「……ここから先、シてもいいのかなぁって思って……」 そうだ、治療を始めたこと自体でもめてしまっていたから、生活をしていく上での細かい注意事項をちゃんと伝えられていなかったのを今更に思い出した。いかに俺らはすれ違い食違いしていたのかを思い知らされる。ふたりの子どもが欲しいと思っていたのに、心の距離がわからなくなるくらいに離れていたなんて。 改めて気づかされた現実に俺は胸が苦しくなってきて、腕を伸ばして朋拓を抱き寄せた。「唯人?」「……ごめん、朋拓……俺、全然朋拓のこと考えきれてなかった……朋拓との子どもが欲しいって思ってるのに、色々話せてなかった。大丈夫、全然問題ないから、シよう」 抱き寄せて涙声になる俺を、朋拓はそっとやさしく撫でてキスをしてくれる。触れられたところがほんのりと熱い。 抱き合った体勢のまま、朋拓は俺の肩のくぼみに顔をうずめてきつく口付けてきた。噛みつかれるようなそれは甘い痛みがあって、俺が彼のものにされている印が刻まれているのがわかる。それが今日はたまらなく嬉しい。 そのまま朋拓は舌先で鎖骨の輪郭をなぞり、それからすぅっと露わになっている胸元へたどり着く。チュッと音を立てて胸元に吸い付き、なぶるように舌先で味わっている。「っは、あぁ、んぅ」「唯人、ずっと触ってなかったからかな……すごく甘い味がする」「なっ、何言っ……あ、んぅ!」 胸
淹れたてだったコーヒーがゆっくりと冷めていくのを眺めたまま、俺も朋拓も黙っている。ふたりの間に流れる時間が音もなく留まっているように静かだ。「唯人は、どうして唄い続けているの?」 しばらくの沈黙ののち、ぽつりと問われた言葉に顔をあげると、見慣れた人懐っこい顔が少し泣きそうな表情をしてこちらを見ている。 彼が俺を愛し、必要としてくれている理由のひとつは、俺がディーヴァであるということなんだろう。 それを知った上でも俺がディーヴァを続けている理由……少し考えて、俺は口を開いた。「唄うことが俺の生きていく|術《すべ》だったんだ。居場所も金も食べ物も、欲しいものはすべて唄うことで手に入れてきたから。でも――血を分けた家族だけは、どうしても手に入らなかった。だから、本当の家族を捜すために唯一知っている子守唄を唄ってネットに投稿したりもしてるんだけど……それでディーヴァになっちゃって、そのおかげで朋拓とも出会えた。俺が、命がけで子どもを産みたいと思える、愛する人に」 生きていくために作り上げた|偶像《ディーヴァ》は、俺に居場所とか金とかあらゆるものを与えてくれて、そして愛しい人とも引き合わせてくれた。それに関しては感謝している。だからたとえ周りが俺自体ではなくディーヴァしか見ていなくても、それでいいと言い聞かせていた。心のどこかが言いようのない泣き声をあげていても、聞こえないふりをした。 だけど、ディーヴァによって引き合わせられた彼は、俺がディーヴァでなくても愛してくれている。偶像でない俺を見てくれている。何もないつまらない俺を、愛しいと言ってくれる……それがたまらなく嬉しかった。心の泣き声がどんどん小さくなっていくにつれ、俺の中で密かに抱いていた望みが膨らんでいった。 それが、朋拓との子どもを産みたいということだ。 俺の言葉に、朋拓は痛みを堪えるように目を潤ませ、「そっか……そうだったんだね…