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*13

Penulis: 伊藤あまね
last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-20 17:00:07

 結局俺は朋拓の赤の絵と青の絵をどちらが良いのかとは言い切れなかった。それは正直な気持ちで、決して平川さん達に秘密裏にされていたことに腹が立っていたからと言うわけではない。

「赤も青もどっちも俺好きだよ。もしできるんだったら、裏と表で変えてもらったらいいんじゃないかな。どっちもすごく良いし」

 朋拓は俺の言葉にホントに?! と、嬉しそうに俺を抱きしめてキスをしてきた。きっといま彼は最高にしあわせな気分なんだろう。恋人に作品の出来を認めてもらえて、しかもそれは自分の恋人であり推しでもあるアーティストの俺から受けた大きな仕事でもあって、これ以上にない喜ばしい気分なんだろう。だからこそ余計に、俺はもっと純粋に彼の作品と対面したかったのに。

 その日はアトリエを出てから近くの繁華街に夕食を食べに出かけたのだけれど、正直ショックが大きすぎて食べる気が起きなかった。

 それでも朋拓の大きな仕事の完成を祝いたい気持ちはあったから、どうにか笑顔を作ってビールの注がれたグラスを交わした。

「ああー、俺もう最高にしあわせだよ、唯人。本当にありがとう」

「べつに俺は何もしてないよ、知らなかったし」

「そうだけどさ、一緒に仕事できそうなのが嬉しいんだよ、すごく」

 帰り道、めちゃくちゃに酔っぱらった朋拓の姿を見つめながら、俺は曖昧にうなずく。そりゃ朋拓は最高にしあわせなんだろうけれど俺は素直に喜べないよ、なんてとても言えない。そんなことしたらきっと朋拓の気分は悪くなるだろうし、彼の前途を喜べない心の狭い奴だとも思われかねないし、実際そうなんだろう。結局自分の事しか考えていないんだから。

 複雑な思いを抱えたまま、俺はその日朋拓から見送られて帰った。

「なんで知ってて黙ってたんだよ。俺、どう言えばいいかわかんなくてすごく気まずかったんだよ?!」

 次の日もまた昨日と同じ現場なので、そこまでの道すがら車に乗り込むなりさっそく俺が昨日の文句を言うと、平川さんは何のことだと言いたげな顔をして、そしてすぐに俺の不機嫌の理由を察して肩をすくめた。

「騙すようなことをしたのは悪かったなって思うけど……でも、彼の作品良かったでしょう?」

 全く意に介していない平川さんの横顔をにらみ付けたけれど、やっぱり動じていない。世間の目を欺くようにディーヴァの正体を隠し通しているからか、俺からの文句なんて表情を変える一因にもならないようだ。

 それに、俺は純粋に朋拓のあの赤と青の作品が好きだったから、それが自分の作品のために描かれたのかと思うと嬉しくはあるから、それ以上文句は言うのは野暮だろうと思って口をつぐむ。

 とは言え、黙っていたのは癪だったのでそれだけは告げると、こう返されたのだ。

「フツーに、“朋拓くんの作品をジャケットに使おうと思ってるんだけど”、って提案したとして、あんたがOKするわけないのは目に見えていたし、ちょっとでもあんたの身内びいきが入ってもいけないから、先に制作サイドを説得したの。今回ディーヴァの歌以外、唯人はノータッチだし、朋拓くんをコンペに参加させることは問題はなかったしね」

「べつに俺が反対したかわかんないじゃん……そもそも誰が朋拓を使おうって言ったんだよ」

「社長よ。偶然前々から気になってたイラストレータらしくてね。唯人の恋人だって知ってからますます気に入っちゃって。で、そこにディーヴァの新曲の話が出たから、じゃあ、使おうよって候補に入れてきたの」

「……社長はなんで俺のことになるとそんなに無茶苦茶なの?」

「それだけディーヴァに思い入れがあるんじゃない? 私が唯人の話を最初にした時に、周りが反対するのにデビューさせようって言いだしたのもあの方だし」

「え? 俺はてっきり平川さんが猛プッシュしたからだって思ってた」

「それはもちろんあるよ。でも、最後の一押しは社長だよ。“彼の歌声は世界を変える”って言うから、だからあんたが絶対顔は出さないって言ってもデビューさせるって言ってくれたんだよ。唯人をすごく買ってくれてるんだよ」

「……ふーん、そうなんだ」

「もっとちゃんと感謝しなさいよ、唯人」

 てっきりディーヴァが売れれば売れるだけ良くて、子どもを産んだあとは下手すりゃ棄てられるんじゃないかと思っていたんだけれど、思いのほか大事にされていることがわかってくすぐったくちょっと嬉しくなる。

 照れ臭い気がしてきて窓枠に頬杖をついて外を見ていると、「それにね、」と平川さんの言葉が続く。

「それにね、本当は社長、すごく唯人のこと心配してるのよ」

「俺のこと? なんで?」

「なんでって……あんたがコウノトリプロジェクトで子ども作りたいって言いだしたからに決まってるじゃない」

「え、だって社長はディーヴァに影響ないならいいよーって感じだったじゃん」

「社長として一アーティストのプライベートに口出ししちゃダメだって思ってるからよ。あえてドライな風にして、仕事を気にしてプライベートを犠牲にさせちゃいけないって思ってるんだよ。まだまだアーティストやタレントは事務所のために尽くしてなんぼ、みたいな古い考えの社長がいなくもないのに、あの人は本当に唯人を大切にしてるんだよ」

「……そうなのかな」

「まあ、あんたの前では飄々としている風に見えるでしょうけれど、実際は随分色々気づかいする人よ」

 思いがけない人物の思い掛けない一面を知って妙な気分になったけれど、事務所の社長が朋拓のことを悪く思っていないことは嬉しかった。やっぱり、自分の大切な人に好きな人を悪くは思われたくはないから。

 そうして現場に着いて、いつものように別室でのレコーディングを開始する。いまレコーディングしている曲が昨日朋拓に見せられた絵のジャケットの曲でもある。

 曲の雰囲気はダークな雰囲気の漂うバラード調の失恋ソングだ。フラれて相手を呪うような曲みたいになった気もしたのだけれど、朋拓が描いた絵がその雰囲気を良い感じにゴシックな感じにしてくれたのでそのダークさがかえっていい感じに合っていると思う。

 今日はその歌入れの最終日で、これが出来上がればあとはミックスしてもらって音源としてはすることが終わってリリースを待つばかりだ。

 普段なら三回ほどテイクを重ねればOKが出るし、俺も納得がいくのだけれど、今日はなんだかうまく歌えない。それになんだかお腹が痛い気がする。

『ディーヴァ、さっきのテイクでもいいんじゃないかな』

 アレンジャーがそうブースの向こうから言うのだけれど、俺は首を縦に振る気はない。

 何かが変だった。声がいまいち伸びなくて高音域が突っかかる感じがして気持ちが悪いのだ。いつもならもっと気持ち良く声が出るのに。お腹に力が入らないせいで声が出ないんだろうか。

「唯人、ちゃんと唄えてるよ。そんなに無理しないで」

「ごめん、あと一回だけやらせて」

「でもいまのあんた、顔色真っ青だよ」

「え……?」

 汗もこんなにかいて、と平川さんからタオルを差し出されて受け取ろうとした時、足許が歪んだ気がした。地震かと思ってふんばろうとしたのに、それさえも床に沈み込むように崩れていく。

 どうにかタオルは掴んだけれど、その手は確かに汗をびっしょりかいている。スタジオはどこも快適な温度にコントロールされているのに。

 あ、ヤバい……そう思った次の瞬間、目の前が真っ暗になって背後から殴られたかのように体が揺れて崩れていった。

「唯人!!」

 平川さんが抱きとめるように支えてくれたけれど、それでは間に合わないほど全身の力が抜けていく――

 暗くなった視界の中で、お腹が痛いのだけがはっきりと解っていた。じんじんとベース音のように響く感じが気持ち悪い。

 それからスタジオは大騒ぎだったらしく、俺はすぐに救急車で病院へ――それで俺がかかりつけの帝都大医大へ搬送されることとなったのだ。

 |朦朧《もうろう》とする意識の端で、「彼はコウノトリプロジェクトの患者なんです」と、平川さんが救急隊に説明する声がしたり、俺の荷物の中から投薬記録のコウノトリノートのアプリが入っているタブレットが引っ張り出されたりして騒然としているのがわかった。そういった経緯からも帝都大病院に運ばれたんだろう。

 投薬の関係で使える薬が限られているかもしれないと言うことがわかっている平川さんがすぐ近くにいてくれてよかった……そう思いながら、俺は意識が遠のいていくのを感じた。

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