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chapter51

作者: 水沼早紀
last update 最終更新日: 2025-07-09 20:53:46

* * *

 それはある日の昼休みのことだった。

 お手洗いを出た後で、急に「佐倉さん」と後ろから声をかけられた。

 ーーードキッ。

 思わず、その足が止まった。 ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは、やはり藤堂さんだった。

「……なんですか?」

 藤堂さんは私に「ちょっといいかしら?話があるんだけど」と言ってくる。

 この声を聞くと、本当に嫌気がさす。 もう顔も見たくないというのに。

「……わかりました」

「着いてきてくれる?」

 藤堂さんが歩きだしたので、私も少し距離を置いて藤堂さんの後を追った。

 藤堂さんは誰もいない会議室に入ると、私の方に向き直った。

「……なんですか。こんなとこまで連れてきて」

 多分、課長のことじゃないかとは思う。 多分、それ以外ない。

「決まってるじゃない。恭平さんのことよ」

 なんなの? 今さら、課長がなんだって言うの……。

「ねえ、佐倉さん?」

 藤堂さんに名前を呼ばれるだけで、寒気がする。

「ねえ、聞いてんの?」

 藤堂さんに顔を覗きこまれる。

「ねえ、聞こえてるんでしょ? なら、なんとか言いなさいよっ!」

 何も言わない私に苛立ったのか、藤堂さんは私に怒鳴りつけてくる。

「……藤堂さん、本当にいい加減にしてください」

 そんな私を見て、藤堂さんは「なんですって……?」と私を見る。

「ここば職場゙なんですよ。 自分の職場に、プライベートを持ち込まないでもらえますか?……すごく迷惑です」

 私が藤堂さんを睨みつけると、藤堂さんは「なっ……」と唇を噛みしめる。

「あなたは、私より人生長く生きてるんだから、そのくらい分かりますよね?  自分の職場に自分の事情を持ち込まれると、みんないい迷惑なんですよ」

 本当は課長がいないと、すごく怖い。 心臓がバクバクしてるし、足も震えそうだし。

 背中には汗が流れていて、緊張もしている。……それでも私は彼女だから、藤堂さんには負けたくないの。

「アンタ、私にそんな口叩いていいとか思ってるの……?」

 そう言われた私は、「だったらなんですか?  クビにしたければどうぞ」と伝えた。

 藤堂さんは私の言葉に更に苛立ったのか、「なんですって……!?」と再び怒りを顕にする。

「私のことが気に入らないのであれば、どうぞ勝手にクビにしてくださって構いません。……ただしその時は、課長が黙ってないと思
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