『今日はお給料日だから、仕事おわったら迎えに行くね。外でご飯、食べよ』 さっきから青藍は氏子のご婦人方に囲まれている。 見合い話を必死に断っているのだ。そんな青藍を尻目に、仕事が早く終わった佐加江は境内の落ち葉掃きをしていた。掃いても掃いても、大銀杏から黄金色の葉っぱが落ちてくる。 ここは鬼治稲荷とは違い、鳥居を出てすぐ交通量の多い通りがある。周りはビルに囲まれ少し息苦しさはあるが、この境内から見上げる空は広かった。「宮司さん。いつもいる、あの方は?」 「私のつが……」「弟です! 兄がいつもお世話になってます」 青藍の言葉を遮って佐加江は大声で応え、深くお辞儀をした。「あら。よく見かけると思ったら、弟さんだったのね。似てなくてびっくりだわ」「……ですよね、あはは」 つい口から出まかせの嘘をついてしまった。目を丸くしている青藍が嫌いな嘘だと察知した佐加江は、視界の端に天狐の大きな尻尾が見えた気がして、とぼけたふりをして箒を手に追いかけ、その場から逃げ出した。「天狐様……?」 大銀杏の陰から出てきたのは、人の姿の太郎だ。「先生!」 「太郎君?!どうしたの? その制服、近くの進学校だよね」「はい。四月から高校に通ってるんです。一人暮らしはダメって言われて、あの世からなんですけど」 「そっか」 仔狐の成長は早い。人が好きな太郎は、人間社会で生きたいと思っている。が、天狐に一番よく似ている太郎を手元に置いておきたいのが、桐生の本音だった。「大きくなったね。身長も先生、追い越されちゃったし」 「早く大きくなりたいと毎日、祈ってます。たくさん勉強もしてるし……。これ、桐生から預かって来ました。いつまで隣は空き家なんだって怒ってましたよ」「はは」「僕も、先生だけ隣に帰って来て欲しいです!」「本当?そん
「青藍、馬刺しあるから」 「後で食べます。今は佐加江を食べたいのです」 観賞魚の求愛に触発されるように、二人は肌を重ねていた。 服を脱がされた佐加江は膝立ちになって、人間に擬態するために隠している欠けた角の辺りに唇を寄せる。が、魚が気になるのか青藍に背中を向け水槽を見ていた。 ずいぶんと濃くなった紋を指先で撫でると、佐加江は首をすくめている。 佐加江の背中を見ると、青藍は異常に欲情してしまう。こんな子供のような身体で鬼の紋を背負い、細い腰をくねらせ悦ぶのだから、あやかしの血が騒ぐのは当然だった。「佐加江……」 「ん、んふ」 肩越しに唇を奪われ、佐加江は余裕のない表情を見せる。「前は弄らなくて平気、ですか」 「平気。頭おかしくなりそだから、ダメ」 「ふふ」「な、何?」 後遺症だろう。佐加江は怯えながらも、尿道をいじられることを欲する時があり、癖になるといけないから、と休みの前日だけの約束だった。「おいで、佐加江」 頬を高揚させ、自ら腰を沈めて行く。「ん……、気持ちい」 背中を抱き起こし、ツンと勃った乳首を指先で摘んでやると、青藍の肉茎を熱く締め上げる。 被虐的なことを好むようになった佐加江に初めは困惑したものの、鬼の本能的にはこの上ない。歯を立て、うなじに軽く噛み付くと佐加江は雌猫のように脱力し、全てを青藍に預けるようになる。今もそうだ。 会えなかった時にされた事をいまだに考えては嫉妬心のような物が芽生え、手荒にしてしまうのが、このところの青藍の悪い癖だった。 より深く交わるように、佐加江の恥丘を手のひらで強く押さえ込む。と、互いの生殖器が密着し、それだけで二人は達しそうだった。「ヒ……っ」 ちぎれるほど強く乳首をつねる。青藍の精液を搾取するように内壁がキュウと締まり、紋が波打つ。
あなたにも こんな人がいないだろうか。 顔は思い出せるけど、名前が出てこない。 あるいは 名前は覚えているけど、どんな顔だったけな。 僕らは いずれ そう言う存在になる。 ♢♢♢ 「佐加江……、佐加江! 助けてください」 夕飯の支度を終え、あとは青藍が帰ってくるのを待つだけだった。 鬼治より都会の、地方都市での生活ーー。 あやかしが街に溶け込むには都会が良い、と仕事も住まいも閻魔によって決められた。 青藍は神社の宮司として、佐加江は託児所のアルバイトとして働いている。そして、神社からほど近い、日本中が高度経済成長に湧いた頃に建てられた空き家を二人でリフォームして住み始め、もう三年の月日が経った。 佐加江は、うなじの紋と首の傷が見えぬよう常にタートルネックを着ている。が、それより問題だったのは青藍だ。こちらに住み始めてすぐ、油断すると欠けた角が出てしまう事が分かった。 最初の頃、良くしてくれる氏子に誘われた酒の席の帰り道、「迎えに来て」とだけ言って切れてしまった青藍からの電話。何事かと佐加江は近所中を探し回った。なかなか見つからず、公園のトイレの個室を覗くと酔っ払った青藍が角を出した状態で泥酔し、便器を抱えながら安らかに眠っていたのだ。 どんなに肝が冷えたことか。 そのあと、スマホで証拠写真を撮って家へ連れ帰ったのたが、困ったことに鬼の姿では写真に写らないのだ。青藍に事情を説明すると反省はしてくれた。そして、佐加江と一緒のとき以外は飲酒はしなくなったので一安心だったのだ、が。「青藍、おかえり。どうし……って、また?!」 玄関を開けると猫をたくさん引き連れた青藍が、家へ入れなくて困っていた。「こやつらは、私があやか
「蘇芳。お前は、番がおらぬくせに柄物の着物ばかり着おって」 どこからともなく声が聞こえたが、佐加江は青藍から目が離せなかった。 確かに蘇芳は、青藍に比べたら派手だ。今も菊の文様が裾に入った朱の着物に黒い帯を締めている。「青藍、どうして……。なぜ髪がそんなに短く」 佐加江は青藍に駆け寄った。「佐加江、会いたかったです」 完全に酔っ払っている青藍に抱きしめられた。額や目頭、頬……、唇を寄せなかった場所がなかったのじゃないかと思うほど、口づけの荒らしだった。そしてより一層、紋が濃くなったうなじへもキスされた。「すまぬ、佐加江。また夜明けのコーシーができませんでしたね。寂しくて会いに来てくれたのですか」「違う! 青藍が僕を忘れて行くからでしょ。それにコーシーじゃなくて、コーヒー」 最後に唇に口づけをしようとする青藍の頬を両手で挟み込み、佐加江はそれを阻止した。「裁きは……?」 「ふふ。地上へ堕ちろって。上がるのかな……、どっちだろ」 「え?」 「佐加江と長い長~い、はにいむ~んへ行くのです」 佐加江を胸に抱きかかえ、目尻を下げてデレデレと話す青藍の言葉が理解できず、佐加江は呆然としていた。「それに番ができたから閻魔様に髪も切られちゃって、佐加江が気に入ってるからやだって言ったのにね、ひどいんだよ」 青藍はベロベロに酔い、大きな身体で佐加江に甘えてくる。呂律は回っておらず、埒があかないと察っした蘇芳が佐加江を青藍から引き離した。「佐加江、正座はできるか?」 「できますよ、当たり前じゃないですか」「おいおい、そっちではない。閻魔の方を向いて正座しろ」「え、閻魔様!?」 怒った真っ赤な顔をして笏を持っている、閻魔のイメージと言ったらそんなところだろう。 青藍の隣に座る鬼の前に、佐加江は正座させられ
「ここが、地獄……」「ちっげーよ。俺んちは、もっと先だ」 回廊から上へあがると朱の廊下が続き、膳を持ったうら若き女中達とすれ違う。「悪趣味な余興だな」 その一人を捕まえた蘇芳は、眉根を寄せた。佐加江も驚きを隠せず、自分と姿形がまったく同じ女中をまじまじと見つめる。「あら、蘇芳様。遅いご到着ですこと」 「その格好はなんだ」「閻魔様より、ご要望いただきましたのよ」 その赤い唇から紡ぎ出される声までも、佐加江と同じだ。ただ違うのは、大きく開いた胸元に豊満な乳房がある事だろうか。「青藍も、おっぱい好きかな」 「あいつは、貧乳が好きだ」「貧……」 自分のぺたんこな胸を見下ろす佐加江を笑った蘇芳は懐から金を取り出し、引き止めて悪かったな、と女中の胸元へ押し込んだ。すれ違う女中が、みな自分と同じ顔で気持ちが悪い。「なんでこんな事。皆、あやかし?」「ああ。ここは客の要望で女中の姿を変えられる店なんだ。今、人気でな」 蘇芳に赤い封筒を手渡された。少し前に死神から受け取っていたものだ。そこには漢文のような文書がかかれているが、佐加江には読めなかった。「そこには番も同席するよう書かれているんだ。あいつ、佐加江を忘れて行った」 「――青藍の慌てん坊さん」「俺もよく読んでなかった」「蘇芳様も慌てん坊さんですね」 ぷはっと吹き出した蘇芳は、心なしか嬉しそうな顔をしていた。「なんとなく分かるな。慌てん坊のあいつがお前を好きな理由」 「え?」 佐加江は五メートルはあろう、大きな鋼の扉の前で降ろされた。その扉を蘇芳はやすやすと片手で開け、中へ佐加江を押し込む。吐く息が白かった回廊とは違い、中は熱気に包まれ騒然として、毛皮を腕にかけた佐加江は顔を上げて腰が抜けそうになった。 黒の漆
激しい情交が、六日も続いた翌朝の事だ。 シーツが整えられたベッドで、佐加江はひとり目覚めた。残り火のような発情の余韻があり、身体がほてっている。 この六日間、ただただ欲の塊となって青藍と肉体を交えた。「……えっちした後は、ベッドで一緒にコーヒー飲みたいんだよ、ノートに書いてあったのに。おはようのチュウもなしか」 青藍は、行ってしまった。 そこかしこが痛くて、身体が動かない。が、佐加江の腹の中には、青藍の子種がたっぷりと注がれていた。その証拠に後孔からは精液が漏れ、腹は不自然にぽっこり膨らんでいる。 結界が張られている静かな部屋で、天蓋の模様を佐加江は眺めていた。枕元には手首を拘束していた花が枯れ散り、左手の薬指にだけ、生き生きとした鞠のような蓮華草が指輪のようにある。それに気づいた佐加江の目尻からは、ツッと涙がこぼれ落ちた。「起きたか」 バリッとガラスが割れるような音がした。蘇芳が手をかざし、部屋の結界を壊したのだ。滅多に降らない雨の音が外から聞こえ、少し土臭いような匂いが漂ってくる。「発情が終わったら結界から出してやってくれと、向こうで言われた」「蘇芳様」 蘇芳の冷たい手の甲が、頬に触れる。「ちゃんと、あいつのモノにしてもらったのかよ」 「はい」 佐加江には、うなじを噛まれた記憶がなかった。全てを知っている蘇芳は、発情前よりしっとりと落ち着いた姿をした佐加江の頭を撫で笑う。「ほら、しゃんとしろ。青藍に審判が下った。お前も親父様方に顔を見せに行くぞ」「今から、ですか?」 佐加江を風呂へ入れ、支度を整える蘇芳は改めて佐加江のうなじの紋に見惚れた。今まで、鬼の番に紋が入っているのを見たことはあるが、所々よれたり、歪みがあるものだった。が、佐加江のうなじの紋は太い筆で、迷いなくひと息で描かれたように淀みがない。「ーー綺麗なもんだな」「え?」「いや、何