「うん、僕はみんなの王子だよ。みんな可愛いね。
僕嬉しいよ、こんな素敵なレディたちに囲まれて」そう言ってヘンリーは王子様スマイルを振りまいている。
女子たちの悲鳴が教室にこだまする。皆がうっとりした瞳をヘンリーに向けていた。 あんな王子みたいな、っていうか王子だけど。そんな人から愛をささやかれたら、普通の女子はやられてしまうだろう。ま、私は普通じゃないからやられないけどさ。
なんだ、ヘンリーは別に私じゃなくても若い女の子なら誰だっていいんじゃない。私はヘンリーを横目で睨む。
「流華、どうしたの? 不機嫌そうな顔してぇ」
突然背後から抱きしめてきた貴子が、ニヤニヤしながら私の顔を覗き込んできた。
「え? 別に……私、不機嫌じゃないよ」
「気づいてないの? さっきから眉間に皺が寄ってるよ」そう言われて、私は眉間に手を当てた。
確かに、いい気分ではないことは確かだった。「あの子でしょ? タイムスリップしてきた王子って」
貴子がヘンリーに視線を送る。
「……まぁ」
「流華の運命の彼よね?」 「はぁ?」私が心底あきれたように貴子を見つめる。
「だって、あんたが龍さん以外で触れることを許した男なんて、ヘンリー以外いないじゃない。それって大事件よ!
私的には、龍さんかヘンリーが流華の運命の相手だと思ってる。 今のところ、ヘンリーが有力よね。なんたって、タイムスリップしてきたってのが強いわ」貴子は変わった人種である。人より少し、いやかなり考えがおかしい。
メルヘンチックというかなんというか、少し妄想癖があるようだ。「まあ、確かに。ヘンリーについては何かこう、わかんないけど、不思議な気持ちを感じるんだよね。
……ところで、なんでそこで龍が出てくるかな」私は訳がわからないという表情で貴子を見つめる。
「当然でしょ、彼はあなたのナイトなんだから!
あー、突然現れた王子様か、ずっと守ってきてくれたナイトか。さあ、流華、あなたはどちらを選ぶの?」貴子は両手を広げ、どこか遠くを見つめている。
何考えてるんだか、もう勝手にして。
私は貴子を放っておくことにした。きっと今は何を言っても通じない。女子たちの包囲網をなんとかくぐり抜けたヘンリーが、こちらへと近づいてきた。
「流華、学校って楽しいね。みんな優しいし」
ヘンリーが笑顔で私に話しかけてくる。
その後ろから、ぞろぞろと女子達の集団がこちらへ向かってくるのが視界に入った。 私はあっという間に女子たちに取り囲まれてしまう。なんだかすごーく嫌な予感がするんだけど。
女子たちに視線を送ると、皆の視線と次々に絡まり合う。
「ねえ、如月さん。ヘンリーとはどういう関係なの?」
集団のリーダー格らしき女生徒が私に尋ねてきた。
ほら、やっぱりこうくるでしょ?
だから、女子の集団って苦手なんだよね。私は爽やかな笑顔を振りまき、なんとかこの場をしのぐことに努めることにした。
「うん、遠い親戚でね。
日本のことを学びたいっていうヘンリーの世話を、家族に頼まれたんだ」これは事前に考えておいた言い訳。これが一番無難なとこだろう。
「ってことは、如月さんの家で一緒に暮らしてるの?」
女子の目つきが変わった。注がれる視線が痛い。
「まあ……そう、なるかな?」
「ふーん」女子たちは不満そうな顔をする。
その中には羨ましがる者もいたが、心の中では私への敵意がむき出しなのが見え見えだった。「流華、すごいね、大人気だね!」
流華の周りには、女子たちによる人だかりができていた。
ヘンリーはこれを、流華の人望ゆえだと勘違いしている様子だった。いや、あんたのせいだから!
私の心の叫びは、誰にも届かず消えていく。 それからというもの、ヘンリーは女子だけじゃなく、男子からも人気を集めることになる。 そのフレンドリーさと可愛らしい人柄から、すぐにみんなの輪の中心となっていった。 変な言動も、外国人だからという理由で皆が許容しているようだった。彼は初日から、皆の心を捉え離さない存在となった。
こうして、たった一日で、ヘンリーはクラスの人気者という称号を得ることになった。あれは二年前……。 私が珍しく祖父と喧嘩してしまった時のこと。 あの日は雨が降っていた。 慌てていた私は、傘も持たずに家を飛び出した。 でも、結局行く当てなんかなくて、適当な場所で雨宿りをすることにした。 しばらくそこにいると、数人の柄の悪い男達が私に声をかけてきた。 ナンパというやつだ。 私は相手にするのが面倒で無視していたのだが、男達はしつこく迫ってくる。 途中からは、強引に私を連れて行こうとしてきた。 だから、面倒くさくなって、つい手を出してしまった。 私の繰り出す拳や蹴りは見事に決まり、男たちは口ほどにもなく、あっという間に私に倒されていく。 すると、仲間の一人がナイフを持って私に襲い掛かってきた。 私がそれぐらいでやられるわけがない。 軽く返り討ちにしてやろうと思い身構えた。が、なんと男は卑怯にも、近くにいた一般人を人質に取ってしまったのだ。 人数的にも分が悪く、どうしようかと思案する。 自分一人ならまだしも、人質を傷つけるわけにはいかない。 私が唇を嚙みしめた、そのとき……龍が現れた。 龍は華麗な動きで、あっという間に男たちを蹴散らしていく。 その姿は、龍というより、虎のようだった。 圧倒的なパワーとスピード。 本当に強い男っていうのは、龍のことをいうのだ。と、このとき私は改めて思った。 なんでこんなタイミングよく現れたのかというと、龍は私が家を飛び出してからずっと私のことを見守っていたのだそうだ。 単純に言えば、あとをつけていた。 いつ声をかけていいのか迷っているうちに私がピンチになり、体が勝手に動いていた、と。 私としたことがずっとつけられていたことに全然気づかなかったなんて、不覚。と、この時はすごく悔しかった。 まあ結果、助かったんだけど。 「お嬢、大吾様が心配しています。帰りましょう」 優しい笑みを浮かべた龍が、私に手を差し出し
下校の時間、私はヘンリーと一緒に学校を出た。 貴子はいつも通り、校門前に止まっている迎えの車に乗り込み、帰っていく。 さすがお嬢様、何か特別なことがない限り毎日車での登下校だ。 車の窓から私たちに手を振る貴子を見送ったあと、私たちは歩き出す。 門を出て、もう少し歩けば、龍が待っている路地に到着する。 それにしても……と私は思いふける。 教室から出る時の、あの女子の痛い視線が忘れられない。 まあ、気にしていてもはじまらないか……。これから毎日なのだから。 私はふっと息をついて、ヘンリーへ視線を送った。 ヘンリーは学校がとても楽しかったようで、ご機嫌な様子で私の隣を歩く。 私が思い悩む必要なんてどこにもなかった。 ヘンリーは、きっと一人でもこの世界でやっていけることだろう。 私と違って、人の懐に入り込むのが上手だ。いや、天然の人たらしか。 どうやら、はじめに感じた私と似ているという感覚は、勘違いだったようだ。 どこか他人と違う自分。 他人と自分の間に線を引き、勝手に寂しく感じてしまう。 そんな孤独を分かち合える人かも、なんてヘンリーのことを思ってしまっていた。「流華? 元気ない? どうしたの?」 黙り込む私が気になったのか、ヘンリーが顔を覗き込んできた。 いきなり綺麗な顔がドアップになり、驚いた私は後ろへ退き間合いを取った。「大丈夫、ちょっと考えごと」 私は気持ちを読まれたくなくて、顔と視線を背けてしまう。「そう? ……はい」 なぜかヘンリーは私に手を差し出してきた。「な、何?」 「流華と手を繋いで歩きたい」 ヘンリーの笑顔と共に、まっすぐな瞳が私に向けられる。 視線が交わったその瞬間、突然頭に痛みが走った。 脳裏に映像が流れていく。 私は誰かと手を繋いでいる。 相手は、またあの金髪の君……顔は
「うん、僕はみんなの王子だよ。みんな可愛いね。 僕嬉しいよ、こんな素敵なレディたちに囲まれて」 そう言ってヘンリーは王子様スマイルを振りまいている。 女子たちの悲鳴が教室にこだまする。皆がうっとりした瞳をヘンリーに向けていた。 あんな王子みたいな、っていうか王子だけど。そんな人から愛をささやかれたら、普通の女子はやられてしまうだろう。 ま、私は普通じゃないからやられないけどさ。 なんだ、ヘンリーは別に私じゃなくても若い女の子なら誰だっていいんじゃない。 私はヘンリーを横目で睨む。「流華、どうしたの? 不機嫌そうな顔してぇ」 突然背後から抱きしめてきた貴子が、ニヤニヤしながら私の顔を覗き込んできた。「え? 別に……私、不機嫌じゃないよ」 「気づいてないの? さっきから眉間に皺が寄ってるよ」 そう言われて、私は眉間に手を当てた。 確かに、いい気分ではないことは確かだった。「あの子でしょ? タイムスリップしてきた王子って」 貴子がヘンリーに視線を送る。「……まぁ」 「流華の運命の彼よね?」 「はぁ?」 私が心底あきれたように貴子を見つめる。「だって、あんたが龍さん以外で触れることを許した男なんて、ヘンリー以外いないじゃない。それって大事件よ! 私的には、龍さんかヘンリーが流華の運命の相手だと思ってる。 今のところ、ヘンリーが有力よね。なんたって、タイムスリップしてきたってのが強いわ」 貴子は変わった人種である。人より少し、いやかなり考えがおかしい。 メルヘンチックというかなんというか、少し妄想癖があるようだ。「まあ、確かに。ヘンリーについては何かこう、わかんないけど、不思議な気持ちを感じるんだよね。 ……ところで、なんでそこで龍が出てくるかな」 私は訳がわからないという表情で貴子を見つめる。「当然でしょ、彼はあなたのナイトなんだから! あー、突然現れた王子様か、ずっ
「じゃあ、行ってきます」 「おう、楽しんでおいで」 ヘンリーと祖父が仲良く手を振り合う。 その様子を横目で眺めつつ、私と龍は揃って肩を落とした。 これからのことを思うと、そんな笑顔で手を触れる心境にはなれなかった。「流華、ヘンリーを頼んだぞ」 「……はい。行ってきます」 満足そうに微笑む祖父の見送りを受け、私とヘンリーと龍は家の門をくぐった。 ヘンリーは満足そうな笑顔で、軽快に学校へと続く道を歩いていく。 その後ろから、私が重い足取りで歩いていく。さらにその後ろには、暗い雰囲気の龍が私に付き従う。 もうなるようにしかならない。 こうなったらドンとこいよ。ヘンリーのことは、私が守ってやろうじゃない。 昔からの悪い癖だ。 おせっかいな性格ゆえ、また変な気合いが空回りし始めている。「ヘンリー」 私が呼ぶと、ヘンリーは可愛い笑顔をこちらに向ける。「何?」 無邪気な笑顔……可愛くて、とても微笑ましい。 って見惚れてる場合じゃない。私はコホン、と一つ咳払いをする。「いい? 学校では私の言うことを絶対に聞くこと。勝手な行動はしないこと。何をするにしても、一度私の確認を取ること。 わからないことがあるときは、何でも私に聞いて」 矢継ぎ早に言うと、ヘンリーはきょとんとした顔をしてから可笑しそうに笑った。「うん、わかった。 流華は本当に優しいね、僕のことをそんなに心配してくれるなんて。 ありがとう、大好きだよ!」 ヘンリーが私に抱きつこうとする。が、すぐに龍の手によって阻止された。 無言で睨む龍に対して、ヘンリーが甘えた声を出す。「何すんだよ。また、大吾に言いつけるぞっ」 口をへの字にして睨むヘンリーの言葉に、龍は少したじろいだ。 祖父のことを出されると、龍は弱い。「ヘンリー、そうやってすぐに私に抱きつくのも禁止! もちろん他の子に抱き
「いい加減にしろっ!」 龍がヘンリーの顔を持ち、私からグイッと遠ざける。 ヘンリーの首がもげそうなほど後ろに曲がっているけど、大丈夫なのだろうか。「酷いー! 大吾、見た? いつもこうやって龍が僕と流華の邪魔するんだよっ」 ヘンリーが助けを求めるように、祖父を見つめる。 大吾? もう呼び捨て。 そんなに仲良くなったの? しかもいつの間にか龍も呼び捨てだし。 龍へ視線を向けると、また龍のこめかみに血管が浮き出ている。「それはいかんなあ。 異国から来た年下の子をいじめるなんて、男のすることではない。 龍、ヘンリーにもっと優しくするんじゃ」 勢いを削がれた龍は、困ったような、複雑そうな表情を浮かべ祖父を見た。「し、しかし、お嬢に馴れ馴れしくするので。 昔言われましたよね? お嬢に変な虫がつかないように守れと」 龍の言葉に私は驚き、祖父と龍を睨みつけた。 何、それ? 私はそんな話知らない。また二人で勝手に決めて。 龍に抗議された祖父は、少し考える素振りを見せた。「ふむ、確かに言ったな。しかし、ヘンリーは悪い虫じゃあない。 なかなかのイケメンじゃし、王子だし、優しそうだし、なかなか話もできる。 何より流華を愛しておる。わしのお眼鏡には叶っとるよ」 その言葉を聞いた龍は、激しくショックを受け、打ちのめされたように跪いた。 絶句し、下を向いたまま黙り込んでしまう。 激しく落ち込む龍の背中には、悲壮感が漂っている。 あまりの龍の憔悴ぶりに、私は何も声をかけられなかった。 祖父の態度の変化にきっとついていけないのだろう。可哀そうに。 おじいちゃんは本当に気まぐれなんだから。 龍のことはしばらくそっとしておこう。「あのね、おじいちゃん。 こちらの常識がよくわかってない子を学校へ連れて行ったら、ごちゃごちゃするんじゃないかな。それに、ヘンリーの容姿も目立つし、きっと学
「おかえりーっ」 「おう流華、お土産あるぞ」 学校から急いで家へ帰った私の目は、点になっていた。 玄関へ入った途端に、楽し気な声が聞こえてきた。私はすぐにそちらへと駆けていく。 すると、とんでもない光景が目に飛び込んできたのだ。 居間で、ヘンリーと祖父が仲良くお酒を酌み交わしている。 あ、ちなみにヘンリーはジュースだ。 机を挟み、向かい合わせに座った二人は酒とつまみを前に、私に微笑みかけてきた。「いったい……どういうこと?」 私はこの事態がなぜ起こっているのかわからなくて、目をしばたたかせた。「私が説明いたします」 いつの間にか背後にいた龍が、私にそっと耳打ちしてきた。 詳細はこうだ。 祖父はたまたま予定より早く旅行を切り上げ、家へ帰還した。すると、家の中をうろついていたヘンリーに出くわす。 はじめ驚いた祖父はヘンリーを捕らえた。しかし、ヘンリーがタイムスリップしてきたことを知ると、祖父の態度が一変したらしい。 興味深そうにヘンリーの話を聞き、故郷のことやこちらへ来てからの感想など、根掘り葉掘り聞いていたそうだ。 昔から祖父はそういうところがあった。 いつも好奇心溢れた少年のような心をもち、人生に楽しみと面白さを求めている。 きっと祖父の好奇心に、ヘンリーはマッチしたのだろう。 それから、祖父とヘンリーは仲良く話し込んでいたそうだ。 そこへ私が帰還した、というのが龍から聞かされた大まかな流れ。 なるほどね……なんとなく想像できる。 私があきれながら二人を見つめていると、祖父がとんでもないことを言い出した。「なあ、流華よ。ヘンリーもおまえと一緒に学校へ行かせてみてはどうだ?」 「は!?」 「何を言っているのですか!」 私と共に、龍も驚いて目を剥いた。 祖父が突拍子もないことを言うのには慣れていたが、今回はさすがの私も驚いた。