「花々里《かがり》の指は本当華奢で女性らしいね」
頼綱《よりつな》も別の意味で同じ様なことを思ったのか、私の手を取ってまじまじと指先を見つめながらそんなことを言って、照れるからやめてぇ〜!って思いながらも、どこかフワフワと幸せな気持ちだったのも事実です。
指輪の裏に刻む刻印は、私の〝婚約〟指輪には「Y to K」、頼綱の〝結婚〟指輪の方には「K to Y」というかなりシンプルな文言を刻む事になって。
各々、後日入籍日を連絡してイニシャルの側に入れてもらうことになったの。セットになるのは結婚指輪同士じゃないの?って思ったりしつつ。
頼綱のことだからもっとこだわるのかと思っていただけに、そんなこともないみたいでそっちにも違和感を感じてしまう。
そもそも〝私の結婚指輪の刻印が空白〟になったままで、「私のコレには何にも入れないの?」ってそっちが気になって。
ソワソワしながら聞いたら、頼綱がニヤリとして、「そっちには少し、キミに内緒《サプライズ》で小細工がしたいんだ」 って店員さんと裏の方でこそこそ話すの。それは頼綱らしい行動だけど、サプライズとはいえ、仲間外れなのが凄く寂しく感じました!
寂しさを誤魔化すように「何を仕掛けるつもりなの?」とド・ストレートに問いかけた私に、頼綱《よりつな》は「出来上がってからのお楽しみだよ」ってニッコリ笑って教えてくれなかったの。
頼綱が楽しそうなのは嬉しいけれど、私、内心めちゃくちゃ不安だし、出来れば教えて欲しかったです!
だってだって……婚約指輪も大事だけれど、結婚指輪はきっと。
コレから先、ずっと私が身につける事になるものだから。何をされちゃうの?って落ち着かないのは仕方ないよね?
「悪いようにはしないからそこだけは安心おし?」眉根を寄せて黙り込んでしまった私の頭をふんわり撫でてくるの、ズルイよ、頼綱。
私、それをされると、何だか頼綱のしでかすあれこれをつい許せてしまうの、見透かされているみたいですっごく悔しいです!
「花々里《かがり》。指輪が出来たみたいだよ。明日は俺、早番で少し早く帰れるし……夕方一緒に取りに行こうか」 大学を辞めるにせよ何にせよ、今すぐというわけにはいかなくて。 もちろんお母さんにも相談しないといけなかったし、色々な手続きもある。 頼綱《よりつな》に、胸のうちに秘めていた思いをぶつけてから3週間。 宝石店から電話があったとかで、頼綱が私の部屋の扉をノックして顔を覗かせるなりそう言って微笑んだ。 その笑顔にうっとり見惚れて反応が少し遅れてしまって、 「花々里《かがり》?」 頼綱に怪訝そうな表情《かお》をされてしまった。 編入試験に向けて勉強だけは開始しておこうと思った私は、頼綱が用意してくれたテキストを使って時間を見つけては少しずつ勉強しているのだけれど、明日ほんの少し頼綱とお出かけをするぐらいは許されるよね。 「う、うんっ」 シャーペンをノートの上に転がして伸びをしながら言ったら、「進んでるかね?」と聞かれて。 「えっと……。まぁまぁ、かな」 実際はかどっているかと聞かれたら可もなく不可もなくと言ったイメージ。 「大学を辞めて丸1日勉強に使える環境になったら、どこかしっかり勉強を見てもらえる師に付ける環境を用意しようね」 頼綱《よりつな》にふわりと頭を撫でられて、私はそこまでしてもらわなくても……という言葉を寸でのところで飲み込んだ。 「……頼っても……いい?」 椅子に腰掛けたまま、私のノートをパラパラとめくる頼綱を見上げて恐る恐る問いかける。 「当然だよ。花々里《かがり》の夢は俺の夢でもあるからね」 頼綱がにっこり微笑んで私の頭を再度そっ
夏ヶ丘大学自体、偏差値の低い大学ではないし、同系列とはいえ、文学部から医科大学への編入ともなると、そのハードルがさらに上がることは痛いくらい分かってる。 私の学力では思うようにならないかもしれないことも承知の上での、ある種の賭けだ。 幼なじみの寛道《ひろみち》が、何故かその部門だけこちらのキャンバス内にある、医科大学の方の薬学部を受けた時、私、すごい!って思ったの。 先輩だった寛道《ひろみち》の受験の時はもちろん、自分が受験する段になっても、医療関係なんて私には無縁だと思っていたから。 変形菌《好きなこと》を貫く形でそちらの道を選んだ寛道のこと、尊敬しつつも私とは交わらない人生だって思ってた。 だけど――。「私の頭じゃ無理かもしれないけど……でも……挑戦してみたいの。――私、助産師の資格、取りたい!」 さすがにお医者さんになって貴方を支えたいなんて言わない。 お母さんみたいに看護師さんになる道ももちろん考えたけれど、私、ナースよりも頼綱《よりつな》とともに赤ちゃんを取り上げる喜びを分かち合える、助産師になりたいって思ったの。 助産師さんとして頼綱の横に立てる戦友《パートナー》になりたい!って。 頼綱と一緒に暮らすようになってから、あれだけ抱えていたバイトを辞めて、少し時間が出来て。 授業の隙間に学内の図書館に行って、そこの司書さん――多分館長さん?――に色々聞いてアレコレ調べて……助産師への道のりの険しさも重々理解した上で。 それでもやっぱり私はその道を歩みたい、歩まなきゃダメだって思ったから。 戸惑いがないか?と言ったら嘘になる。 現に考えてはいたけれど、ずっと誰にも(それこそうちの大学図書館の司書さん以外には)相談できずにいたのは少なからず迷いと不安と恐れが私の中に混在していたから。 でも、今、頼綱《よりつな》が産科部門から撤退するって言った瞬間、私の中で覚悟が決まったの。 頼綱が、頼綱の迷いが……私の背中を押してくれたんだよ?
「花々里《かがり》、いま、大学を辞めるって言ったの?」 やっと頼綱《よりつな》が私の方を向いてくれた。 その理由が私の発言のせいというのは何となく不満だけれど、それだけ頼綱にとっては衝撃の内容だったってことだよね。 そりゃそうか。 学費、今年度分は一括納入してあるわけだし。 しかもそれを手配してくれたのは他ならぬ頼綱だもの。 最初はそれを盾に脅される形で彼とのご縁が結ばれたんだっけ、と懐かしく思い出しつつ。「うん、辞めるって言ったの」 そう言った途端、頼綱がギュッと私の肩を掴んできて。「何で?」 って低い声音で問いかけてくるの。 いつもの大人な色香マックスの、穏やかな頼綱からは想像がつかないような迫力に気圧《けお》されて、思わずひるみそうになる。 でも、ダメ。 ここはちゃんと話さないと。 私の肩にかかった、頼綱の腕に力がこもって少し痛い。「頼綱が産科を辞めようとするの、止めたいの。――けど、今のままの私じゃダメだって思ったから」「花々里。悪いけど意味が……分からないよ?」 その痛みに眉をひそめながらもそう言ったら、頼綱がその様子に気付いて手の力を少し緩めてくれた。 あざになるほどではないと思うけれど、強い力で掴まれた肩がまだちょっぴりジンジンしている。 でも、そんなことはどうでもいいの。「痛くしてすまない。――けどね花々里。俺が産科から撤退するのと、キミが学校を辞めるのとは別の話だと思うんだがね?」 ややして私から身を引いて、眉間を揉むような仕草をしながら、頼綱が運転席にもたれて小さくそうつぶやいて。 私はそんな頼綱に、「別じゃないわ」って即座に返した。 頼綱はその声に驚いたように私を見て。 そこでふと思い出したように言うの。「だが花々里。今年度分の授業料はす
「花々里《かがり》。俺はね、今の病院で研修を終えて家業を継ぐことになったら……親父の病院から産科部門を失くそうと思ってるんだ」 帰りの車中。 頼綱《よりつな》がハンドルを握ったままこちらを見ずにポツリとそう言って。 出先で夕飯も済ませてしまったから、外はすっかり薄暗がりの中。 時折通り過ぎる対向車のヘッドライトで照らされる以外、車内が明るくならないから、私は頼綱の表情がよく見えなくて戸惑ってしまう。「え?」 それで思わず聞き返すようにつぶやいたら、頼綱が吐息まじりに言った。「出産は時間が読めないだろう? 花々里と結婚したとして……そこが解消出来なかったら……僕は……親父と同じ轍《てつ》を踏んでしまいそうで怖いんだ」 お産が入って呼び出されれば、家族を置いて病院に駆けつけなければいけなくなる。 他の診療と違って、妊婦さんがいつ産気づくか分からないから時間が読みづらい。 もしかしたら家族の大事な行事ごとの最中に、その時が来るかもしれない。 大病院などのようにシフト制で産科医が何人もいて、うまく入れ替われるのならその心配もないだろう。 けれど、頼綱のお父様の病院は個人病院だ。 そこまでの人員は確保出来ていない。 現に頼綱が幼い頃はお父様が産科医としてひとりで切り盛りなさっていたから、頼綱と頼綱のお母様は家に置いておかれることが多かったって頼綱、話してくれた。 母親の誕生会も、それで中途半端になったことがあるのだと頼綱が吐息を落として。「僕はね、自分が思っている以上に家族を放置する事が怖くてたまらないんだよ」 だから産科は閉鎖する、婦人科のみの診療に切り替えていく、とつぶやく頼綱に、私は胸の奥がギュッと締め付けられた気がした。 頼綱が家に帰って来られないのや、一緒にいる時に急に呼び出されて居なくなってしまうのは確かに嫌だ。 でも、でも――。「頼綱は……それで、いいの?」 聞いたら一瞬の間があって……「いいも何も…。それが最良じゃないかね?」ってつぶやくの。 いつもなら運転中だってチラッと私の顔色を窺《うかが》う頼綱が、この話を始めてから一度もこちらを見ようとしないのがすごく気になる。 もちろん、じっとこちらを見られる状況にないことは分かっているけれど、わざとらしいくらいに前方に視線を向けていることが私にはどうしても納得
「花々里《かがり》の指は本当華奢で女性らしいね」 頼綱《よりつな》も別の意味で同じ様なことを思ったのか、私の手を取ってまじまじと指先を見つめながらそんなことを言って、照れるからやめてぇ〜!って思いながらも、どこかフワフワと幸せな気持ちだったのも事実です。 指輪の裏に刻む刻印は、私の〝婚約〟指輪には「Y to K」、頼綱の〝結婚〟指輪の方には「K to Y」というかなりシンプルな文言を刻む事になって。 各々、後日入籍日を連絡してイニシャルの側に入れてもらうことになったの。 セットになるのは結婚指輪同士じゃないの?って思ったりしつつ。 頼綱のことだからもっとこだわるのかと思っていただけに、そんなこともないみたいでそっちにも違和感を感じてしまう。 そもそも〝私の結婚指輪の刻印が空白〟になったままで、「私のコレには何にも入れないの?」ってそっちが気になって。 ソワソワしながら聞いたら、頼綱がニヤリとして、「そっちには少し、キミに内緒《サプライズ》で小細工がしたいんだ」 って店員さんと裏の方でこそこそ話すの。 それは頼綱らしい行動だけど、サプライズとはいえ、仲間外れなのが凄く寂しく感じました! 寂しさを誤魔化すように「何を仕掛けるつもりなの?」とド・ストレートに問いかけた私に、頼綱《よりつな》は「出来上がってからのお楽しみだよ」ってニッコリ笑って教えてくれなかったの。 頼綱が楽しそうなのは嬉しいけれど、私、内心めちゃくちゃ不安だし、出来れば教えて欲しかったです! だってだって……婚約指輪も大事だけれど、結婚指輪はきっと。 コレから先、ずっと私が身につける事になるものだから。 何をされちゃうの?って落ち着かないのは仕方ないよね?「悪いようにはしないからそこだけは安心おし?」 眉根を寄せて黙り込んでしまった私の頭をふんわり撫でてくるの、ズルイよ、頼綱。 私、それをされると、何だか頼綱のしでかすあれこれをつい許せてしまうの、見透かされているみたいですっごく悔しいです!
そう思った私は、頼綱《よりつな》の方を見上げて、「頼綱、あの……」 付けて?って言おうとしたけれど、頼綱と目が合った途端、何だか気恥ずかしくて言えなくなってしまった。 結果中途半端にモゴモゴしたら、頼綱が「せっかくだし。〝僕〟に付けさせてもらえるかい?」って察してくれた。 私は小さくうなずいて前を向いて。 何だか照れて頼綱の方を見られないの、何でだろ。 頼綱の方を見ないままにあえてまっすぐ鏡を見つめた私だけど、見えなくても頼綱が私の髪の毛を避ける気配や、耳に触れる微かな吐息がすぐそばで感じられて、それはそれで照れ臭くてたまらなくなった。 いっそのこと、とギュッと目を閉じてやり過ごそうとしたけれど、それだと余計に感性が研ぎ澄まされる気がして慌てて目を開けて。 ふと視線を転じたと同時、目の前に置かれた鏡越しに頼綱と目が合ってしまってドキッとさせられる。「花々里《かがり》、そんな色っぽい顔しないで? ――キスしたくなる」 イヤリングを耳に付けてくれながら、頼綱が吐息まじりに私にしか聞こえないぐらいの小声、耳元でそうささやいてきて。 私は思わず耳を押さえて頼綱を振り返った。「ほら、出来た。――すごく似合ってる」 頼綱《よりつな》はそんな私の視線をクスッと笑ってかわすと、鏡を指さして「ご覧?」とうながすの。 私は目端が潤むのを感じながら、何とか鏡を見て。 頼綱が選んでくれたイヤリングが耳元で小さく揺れているのを目にして、じんわりと心が温かくなった。「指輪が仕上がるまでの間は、毎日これを付けていてくれるかい?」 頼綱がそう言って、私の髪の毛をそっと撫でて、ついでのように微かに耳朶《じだ》にも掠《かす》めるように触れながら問うてくる。 私はその感触に反応しそうになった身体を戒めるようにギュッと力を入れて踏ん張ると、それでも「ん……」と喘ぎ声だか返事だか分からない吐息を落とした。 私の返事《その声》を受けた頼綱が