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紫音の冒険⑧

last update 最終更新日: 2025-06-02 17:00:58

紫音がリヴァルの屋敷に住み着いてから一週間が経った。

今では一人で町に繰り出し住民と仲良さそうに雑談に花を咲かせるほどだ。

周りは魔族だらけだが、紫音はあまり気にしていない。

というのも言葉が通じさえすればとりあえずなんとかなる、そんな考えが紫音の頭の中にはあったからだ。

どうして別世界から来た紫音が言葉を理解できるのかは深く考えないようにしていた。

魔法という地球では考えられなかった概念もある。

そうなれば別世界から来た人間が言語理解の能力が備わるのもそういった特殊な力が働いているのだろうと紫音は置いておくことにした。

「紫音ちゃん、新作できたよ!」

紫音が街をぶらついていると食堂を営むツノの生えたおばちゃんが声を掛けてくる。

おばちゃん魔族からしてみれば紫音など娘に等しい。

魔族は総じて長生きだ。

娘どころか孫と言っても過言ではない。

「え!?できたの!」

「ほら、おいで!」

実は紫音が最初に仲良くなったのはこのおばちゃんであった。

フラッと匂いに釣られて立ち寄った食堂で感じのいいおばちゃんと出会い、そこで紫音は日本の料理を教えたのだ。

紫音から教えられた料理は魔族にとって初めての料理。

「肉じゃがー!」

「ふふふ、ほら、沢山あるよ!」

こうして新メニューを導入する際は必ず紫音に味見をしてもらうのだ。

日本の味が恋しくなっていた紫音にとってもありがたい話だ。

悲しい事に紫音は料理が下手である。

そして今は日本の料理を食べることはできない。

このジレンマから何としても食べたいと思っていた矢先に料理がうまいおばちゃんと出会ったのだ。

「美味しい、完璧だよこれ!」

「ふふふ、そうだろう?紫音ちゃんがレシピを覚えていてくれればも

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