紫音がリヴァルの屋敷に住み着いてから一週間が経った。
今では一人で町に繰り出し住民と仲良さそうに雑談に花を咲かせるほどだ。
周りは魔族だらけだが、紫音はあまり気にしていない。
というのも言葉が通じさえすればとりあえずなんとかなる、そんな考えが紫音の頭の中にはあったからだ。
どうして別世界から来た紫音が言葉を理解できるのかは深く考えないようにしていた。
魔法という地球では考えられなかった概念もある。
そうなれば別世界から来た人間が言語理解の能力が備わるのもそういった特殊な力が働いているのだろうと紫音は置いておくことにした。
「紫音ちゃん、新作できたよ!」
紫音が街をぶらついていると食堂を営むツノの生えたおばちゃんが声を掛けてくる。
おばちゃん魔族からしてみれば紫音など娘に等しい。
魔族は総じて長生きだ。
娘どころか孫と言っても過言ではない。
「え!?できたの!」
「ほら、おいで!」
実は紫音が最初に仲良くなったのはこのおばちゃんであった。
フラッと匂いに釣られて立ち寄った食堂で感じのいいおばちゃんと出会い、そこで紫音は日本の料理を教えたのだ。
紫音から教えられた料理は魔族にとって初めての料理。
「肉じゃがー!」
「ふふふ、ほら、沢山あるよ!」
こうして新メニューを導入する際は必ず紫音に味見をしてもらうのだ。
日本の味が恋しくなっていた紫音にとってもありがたい話だ。
悲しい事に紫音は料理が下手である。
そして今は日本の料理を食べることはできない。
このジレンマから何としても食べたいと思っていた矢先に料理がうまいおばちゃんと出会ったのだ。
「美味しい、完璧だよこれ!」
「ふふふ、そうだろう?紫音ちゃんがレシピを覚えていてくれればも
それは唐突であった。屋敷にいたリヴァルと紫音が食事を摂っていると、部下と思わしき魔族が食堂に駆け込んできたのだ。慌てふためき躓いて転びかけるほどに気が動転していて、明らかに普通の様子ではない。「どうした」流石のリヴァルも手を止め駆け込んできた魔族を見やる。「人間の討伐隊と思わしき者達がこの町に近付いてきております!」「えっ……」最初に反応を見せたのはリヴァルではなく紫音だった。もしかするとその討伐隊にはカナタがいるかもしれない。そう思うと居てもたってもいられなく、つい立ち上がってしまった。「落ち着け紫音」「う、うん……」リヴァルはそんな紫音を宥めるとまた部下の方へと視線を移す。「続けろ」「はっ!現在討伐隊は大部隊を組み魔神リンドール様の古城へと向かっています。ただ、一部の離反者、といいますか、数人がこの町へと向かっているようです」「数人が……この町に?」リヴァルは顎に手をやり考える。何度か人間の斥候と思われる者が町の周囲にいたのを思い出し、もしかすると紫音の存在に気づいた討伐隊が、彼女と合流するために数人ここへ向かわせているのではないかと、そう考えたのだ。「そいつらには手を出すな」「よろしいのですか?この町に害をなすかもしれませんが」「その時は俺が対応する。お前達はその者達を見張れ」紫音の弟がいるかもしれないと思うと下手に手出しはできない。だからといって傍観を決め込み町を襲われれば罪なき魔族が殺されてしまう。「カナタ、いるかな……」「いるかもしれんしいないかもしれん。来てみないこと
町で一悶着あってから二日が過ぎた。紫音を守って亡くなった魔族の墓に手を合わせると、彼女はその足で屋敷へと戻っていく。あれ以降紫音に危険が迫るようなことはなかった。ただ出歩く際は必ずリヴァルがついてくるようになったくらいだった。「紫音、あまり気負うなよ」リヴァルは自分を庇って死んでいった若い魔族に対して責任を感じているだろうとできるだけ優しく声を掛ける。「うん、大丈夫だよ」「そうか……ならいいが。魔族というものは数十年から数百年もすれば生き返る。核さえ壊されなければまたどこかでひょっこり顔を出すだろう」「そうなんだね、でも私はもう会えなさそう」数十年後に生き返ってきたとしても既に紫音はその場にいないだろう。それだけの期間、異世界にいるつもりも彼女にはなかった。「それより今日はどこへ行くつもりだ。もうあらかた町は見て回っただろう」「そうなんだけど、今日はリヴァルもいることだし少しだけ町の外を見てみたいなと思って」町の外は魔物が跋扈している。力の持たぬ者ならばすぐに死に絶えることだろう。だから紫音はリヴァルが一緒にいる今日、外に出てみたいと願望を口にした。「外に出て何をするつもりだ」「何もしないかな。でもこの世界のこともう少し知っておきたいなと思ってね」「この世界のことを知ったとて、いずれは元の世界に帰るのだろう?ならあまり意味はないぞ」リヴァルは彼女がこの世界に来た理由を知っている。弟であるカナタを見つければこの町を出て行く。たった一ヶ月もないほどの期間であったが、共にいた時間は長くリヴァルも紫音に対して情が湧いていた。「あ、もしかしてその顔……さみしいの?」「ふん。馬鹿なことを言う
リヴァルは今起きている状況が理解出来なかった。紫音は地面にへたり込みそれを守るようにして住民が一人の魔族と対峙している。住民同士の喧嘩かとも思ったが、一人の魔族は見覚えがなかった。「……何をしている」振り返った魔族は顔を歪め住民達に向けていた手をリヴァルへと向けた。「チッ……来やがったか」「もう一度聞こう。そこで、何を、している」リヴァルの声色はいつもと変わらない。だが、明らかに怒気を含んでいるのは雰囲気で分かった魔族は即座に攻撃魔法を繰り出す。「デビルレーザー!」リヴァル目掛けて放たれたそれは、その魔族の持てる最大魔力を注ぎ込んだ一撃。確実に殺ったと魔族が口角を上げるが、その顔色はすぐに歪む。直撃を受けたはずのリヴァルは無傷だった。「貴様、俺の領地で何をするつもりだ?」「何をするつもり、だと?略奪だよ。アンタみたいな伯爵位とまともにやり合って勝てるなんて思っていねぇ。だがなぁ、人間を匿ってるみたいじゃねぇか」そう言いながら魔族は紫音へと視線を送る。住民が彼女を守っているのは誰が見ても分かる。そうなると領主が知らないはずがないのだ。つまり、リヴァルも黙認しているということ。それを魔族は訴えかけていた。「さてどうする?俺を見逃せば秘密にしておいてやる。リンドール様にバレればこの領地もどうなるか、知らないわけではないだろ?」過去にも人間を匿っていた魔族はいた。しかしその魔族は運が悪く魔神に見つかったのだ。見つかった日の次の日、その魔族が治めていた領地は無くなっていた。跡形もなく。
それは突然だった。いつものように紫音が町をぶらついていると、一人の魔族が紫音の目の前へと降り立った。「貴様、人間か?」「えっ……ち、違います」咄嗟に紫音は首を振ったが、目の前の魔族は紫音を睨む。そう、これが本来人間を見つけた時の魔族の反応なのだ。魔族はジッと紫音を見つめると掌を彼女へと向けた。「な、なに?」「人間だな。なぜこんな所に人間が……まさか貴様討伐隊の人間か!」討伐隊という言葉はリヴァルから聞いていた紫音はほんの少しだけ狼狽えてしまった。討伐隊という言葉に反応してしまったのだ。「ッ!やはり……貴様はここで殺す」「や、やめて!」紫音が両腕で顔を覆うと、その声を聞きつけた住民が数人家から出てきた。「おい!何してる!」「その子はリヴァル様のお気に入りよ!」「お前町の外から来たやつだな!?」みな口々に魔族へと啖呵を切りながら、紫音を守るように並んで壁を作った。「何をやっている……お前達、そいつが何者か理解しているのか?」「分かっている!この子は討伐隊の人間ではない!」「討伐隊の人間でなくても、人間であることには変わりない。違うか?」「人間の中にもいい子はいるんだ!」魔族は溜息をつくと、啖呵を切った一番若い魔族に掌を向けた。「デビルレーザー」紫色の光線が目にも留まらぬ速さで若い魔族の心臓を貫いた。「ゴフッ――」若い魔族は口から血を吐きその場に倒れ込んだ。「お前ッ!おい、やるぞみんな
紫音がリヴァルの屋敷に住み着いてから一週間が経った。今では一人で町に繰り出し住民と仲良さそうに雑談に花を咲かせるほどだ。周りは魔族だらけだが、紫音はあまり気にしていない。というのも言葉が通じさえすればとりあえずなんとかなる、そんな考えが紫音の頭の中にはあったからだ。どうして別世界から来た紫音が言葉を理解できるのかは深く考えないようにしていた。魔法という地球では考えられなかった概念もある。そうなれば別世界から来た人間が言語理解の能力が備わるのもそういった特殊な力が働いているのだろうと紫音は置いておくことにした。「紫音ちゃん、新作できたよ!」紫音が街をぶらついていると食堂を営むツノの生えたおばちゃんが声を掛けてくる。おばちゃん魔族からしてみれば紫音など娘に等しい。魔族は総じて長生きだ。娘どころか孫と言っても過言ではない。「え!?できたの!」「ほら、おいで!」実は紫音が最初に仲良くなったのはこのおばちゃんであった。フラッと匂いに釣られて立ち寄った食堂で感じのいいおばちゃんと出会い、そこで紫音は日本の料理を教えたのだ。紫音から教えられた料理は魔族にとって初めての料理。「肉じゃがー!」「ふふふ、ほら、沢山あるよ!」こうして新メニューを導入する際は必ず紫音に味見をしてもらうのだ。日本の味が恋しくなっていた紫音にとってもありがたい話だ。悲しい事に紫音は料理が下手である。そして今は日本の料理を食べることはできない。このジレンマから何としても食べたいと思っていた矢先に料理がうまいおばちゃんと出会ったのだ。「美味しい、完璧だよこれ!」「ふふふ、そうだろう?紫音ちゃんがレシピを覚えていてくれればも
リヴァルの忠告を真面目に聞いていた紫音はある事を思い出す。それは討伐隊の中にもしかしたらアカリやフェリス、アレンといった連中がいるかもしれない事だ。もしも彼らがリヴァルと遭遇した場合問答無用で戦闘になる。紫音としては自分を助けてくれたリヴァルには死んで欲しくなかった。リヴァルも強いのかもしれないが、アレン達の方が素人目に見ても強そうであったからだ。「リヴァル、もしも討伐隊がこの町に来たらどうするの?」「愚問だな、戦うに決まっている」念の為リヴァルに聞いてみるとやはり彼らと出会うのは不幸な結末を迎える。「もし討伐隊がこの町に来たら言って。私が前に出るから」「馬鹿か貴様は。奴らから見れば紫音の姿は魔族に取り入った者に見えるぞ」「裏切り者は処罰する、みたいな?」「そうだ。確実に刃は向けられる。俺もそれなりに戦闘能力が高い事を自負しているが王の名を冠する冒険者相手では勝ち目がない」王の名を持つ冒険者はいる。殲滅王の二つ名を持つアレンだ。紫音は彼の事を思い出しそれを伝えるとリヴァルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。「奴と知り合いか……厄介だな。アレからお前を守るのは不可能だ」「じゃあもしアレンさんが来たら私が話すよ。この町の人には手を出さないでって」「……お前はどちらの味方だ。我々魔族と人間は何百年も前から争っているんだぞ」「味方とか敵とか関係ないよ。私は私のやりたいようにやる!」紫音はなぜ彼らが争っているのかは知らなかったが、手を取り合う事も必要だと力説する。リヴァルはそんな彼女を見て、フッと鼻で笑った。「無理だ。手を取り合うだと?何百年もの禍根がある以上簡単ではない」「でもいつまでも争い続けていたら両方疲弊しちゃうでしょ?