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第125話

Author: 木憐青
静雄の顔は暗く沈んでいたが、それでも歯を噛みしめて言った。

「超日グループが唯一ではない。来月には上高月興業もやって来る。あの二社は宿敵だ。つまり、まだ俺たちにチャンスはある」

この一か月で、必ず形になるものを作り出せ。さもなければ、このプロジェクトチームは全員クビだ!」

そう言い捨て、静雄は椅子を蹴るように立ち上がり、部屋を出て行った。

彼の背中を見送りながら、社員たちは皆心の中で崩れ落ちそうになった。

彼らの作っているものは、品質自体は一級品だ。契約を逃したのは、静雄自身の判断の甘さ。なのに今の言いぶりでは、まるで自分たちの技術が劣っているかのようではないか。

事務室に戻ると、大介は困ったように口を開いた。

「上高月興業も確かに悪くはありませんが、超日グループとは比べものになりません......やはり、もう一度交渉を試みるべきかと」

「聞いたところでは、超日グループは江口社長と契約を結んだものの、技術面に課題が残っているそうです。必ずしも決裂する必要はないのでは?」

延浩と手を組む?

静雄はその言葉を聞いた瞬間、即座に拒絶した。

「俺は江口社長と組むつもりはない」

「......承知しました。では失礼します」

大介はようやく悟った。静雄はすでに延浩を憎み、意地になっているのだ。

これまでは、仕事は仕事、利益は利益。相手が誰であろうと、まず利益を優先してきたはずだ。

それなのに、今回は違う。明らかに利益を度外視している。

机の上のスマホは絶えず震え続けていた。だが静雄は目もくれず、脳裏にあるのは延浩と深雪が共にいる場面ばかりだった。

拳を固く握りしめ、彼はパソコンで深雪の居場所を確認すると、そのまま車を飛ばして新居へ向かった。

新しい邸宅の前に立ち、静雄は眉をひそめた。

まさか深雪がここまで本気を出すとは思ってもみなかった。まさか本当に、二人の新居から出ていくなんて。

深雪は買い物帰りで車から楽しげに降り立ったが、不意に静雄を見つけ、笑顔は瞬時に消え失せ、嫌悪の色に変わった。

その変化を見て、静雄は一瞬言葉を失った。顔を歪めながら歩み寄り、低く言った。

「あの日のあれはお前だな?」

「はあ?」深雪は心底うんざりした顔で白目をむき、冷たく吐き捨てた。

「なんのこと?」

一瞬、静雄は言葉を飲み込み、反応が遅れた。気がつ
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