「もしこれが二か月前のことなら、俺も彼女は躊躇することもなく、さっさと離婚していたと思うが、今は状況が違うだろ。今の彼女はそんなにあっさり離婚を決めて去っていくことはないと思うぞ。一度誰かを好きになったら、そう簡単にその気持ちを捨てられないはずさ」そして少し黙って、悟は少し面白そうに尋ねた。「彼女、妊娠したか?」理仁「……まだだ」彼らは特別に避妊をしてはいなかったし、彼もかなり頑張ってはいたが、それでもコウノトリはまだ訪れて来ない。もしかしたら、子供を授かるにはまだ機が熟していないのかもしれない。「子供で繋ぎとめることができないなら、もうあとは自分でどうにかするしかないな。理仁、君だってバカじゃないんだ、こうなってから君が彼女にやってきたことは本能的な自己防衛反応だ。自分に問いかけてみろ、もし君が内海さんだったとして、ずっと騙され続けてきた挙句、閉じ込められて、首の後ろに手刀入れられたら、どんな気持ちになるか?今はもう君が彼女を騙したかどうかの問題じゃないんだ。それはもう過ぎたことなんだよ。重要なのは、お前が過ちを犯した後どうするかだ。今君のその後の行為が内海さんを苦しめているんだ。彼女が離婚したがってるからって怖がって、このまま彼女を閉じ込めておけば、その運命から逃れることができるのか?この行為はな、ただ君と彼女の間の溝をもっともっと深くさせるだけだぞ。これ以上彼女を軟禁するのはよせ。数日お互いに離れて冷静になるんだ。君も一旦心を落ち着かせてよく考えてみろ。これから内海さんにどのように接すれば彼女からまた信頼してもらえるかをね。だってさ、ずっとこんなふうに騙し続けてきたんだから、今や彼女の君に対する信用度はゼロだぞ。彼女も冷静になってから、やっと君の良いところが思い出せるんだ。今まで君と過ごしてきた日々をね。それに、彼女は毎回困った時に君がいつも傍にいて助けてくれたことにまた気づくだろう。これって君たち夫婦が一緒に過ごしてきた積み重ねだろ。彼女が君の良いところを思い返せるくらいまで落ち着いたら、君は彼女の信頼回復に努めるんだ。そうすれば、この氷は一気に溶け始めるだろう。それがずっと彼女を軟禁したままだと、ずっと君の悪いところしか見えなくて騙されたことをひたすら思い出すだけだ。そんな負の感情しかないから、君が彼女のためにやって
暫くして玲凰は尋ねた。「内海さんはあんたの正体を知ってから、どうだった?彼女の携帯はずっと繋がらなくてずっと電源が切れてるみたいだぞ」理仁は皮肉交じりに言った。「最近になって親戚だとわかった従妹にはやはりあまり関心がないらしいな。唯花さんの携帯なら昨日の夜から繋がるようになっているぞ。ずっと電源が切れているって、一体何回電話をしてみたんだ?どんな反応だったって、お前に教える理由でも?これは俺と彼女の問題であって、お前には関係ないだろう」神崎夫人は唯花の伯母ではあるが、それはごく最近になってわかったことで、親戚であるといってもそこまで深い仲ではない。理仁にとっては、今はただ唯花の姉しか彼を責める資格はないのだ。神崎家の人間に、そんな資格などない。玲凰「……」玲凰はまた暫く沈黙して、また口を開いた。「結城、今日は邪魔したな。さっき言った言葉は確かに無神経だった。ただ姫華の気持ちにしか思いが至らず、内海さんのことまでは頭が回っていなかった。お前は俺より内海さんのことを理解しているだろうから、彼女がどんな性格の人かもわかっているはずだ。お前の正体がわかってから、大喜びしてそれを受け入れてるのならそれは幸いなことだな。でも、もし怒っているならそれは当然のことだろうから、少し考える時間をあげるんだ。俺は彼女についてはあまりよく知らないが、小さい頃に両親を亡くしても毅然と明るく振舞うような人だから、彼女は強い女性なんだろう。人生の荒波に打たれても笑ってやり過ごせるような人、な。嘘で塗り固められた関係だったとしても、そんな彼女なんだから、きっと真正面から向き合ってくれると信じてやれ」玲凰は唯花のためにそう言い始めたが、逆に理仁のほうは黙っていた。理仁が何も言わないので玲凰も何も言わず、オフィスは静寂に包まれた。どのくらい時間が過ぎたかわからないが、理仁が突然口を開いて玲凰に尋ねた。「当時、神崎の奥さんがお前を諦めて離れようとした時、どうやって彼女の心をもう一度取り戻して好きになってもらったんだ?」玲凰は思わず目を瞬かせた。玲凰から体験談を聞きたいと?「真心には同じように真心で返すんだよ。彼女が昔俺にどうしてくれていたか、それと同じように今度は俺から彼女にしてあげたんだ。理沙は元々俺のことを好いてくれていたからな、俺が彼女の気持
神崎玲凰に家まで来させるわけにはいかなかった。玲凰は理仁が唯花の自由を奪っていることを知らない。恐らく唯花も玲凰に助けを求めようとも考えが及んでいないはずだ。もし、玲凰が理仁に会いに来たら、現状がばれてしまう。他の人間であれば、理仁もどうでもよかった。しかし、神崎詩乃と玲凰の親子は軽視することなどできない。しかも詩乃は唯花の実の伯母である。彼女は唯花の親族で年長者なのだ。だから唯花を自由にさせる理由も資格も詩乃にはあるのだ。「わかった、神崎社長にはそう伝えておく」悟はそう言い終わるとすぐに電話を切ってしまった。もしこれ以上ちんたらしていたら、理仁がまた彼にどうすればいいか尋ね始めるかもしれないからだ。悟の意見を俺様の理仁が聞き入れるわけもないのだから、どうしろというのだ?理仁はそれからすぐに瑞雲山邸を後にした。彼は渡辺に唯花に朝食をしっかり食べさせるよう伝言を残した。彼がいない隙に唯花が逃げ出すのを防ぐために、ボディーガードの半分を屋敷に残していた。そして四十分後。結城グループの社長室。理仁と玲凰はちょうど同じくらいのタイミングでオフィスにやって来た。理仁はオフィスのデスクまでまっすぐと歩いて行き、黒の社長椅子に腰かけた。玲凰はその後ろに続き、遠慮せず勝手に理仁の前を陣取った。秘書の木村が二人に温かいお茶を持って邪魔にならないよう、そっと入ってくると、また黒子のようにササッと部屋を出ていった。この二人の社長の表情はとても恐ろしく、悟でさえも彼らに混じろうとしないくらいだ。ならばただの秘書である木村がさらに長居はしたくないのは当然だ。「おい、結城、俺がこの間言った話を、てめぇ聞こえてなかったのか?姫華がまだお前に対する気持ちを整理しきれてないってのに、内海さんに全て打ち明けるとは、お前ら姫華の気持ちを考えたことがあんのか?姫華は明日帰って来る。あいつが仲の良い従妹が自分の恋敵で愛する男を奪っていっただなんて知ったら、発狂しちまうだろうがよ」この時の玲凰はものすごい剣幕で怒っていた。口調も格別に遠慮なしだった。理仁が自分の正体を暴露してから、唯花がどのような反応をしたのかは全くニュースにはなっていなかった。玲凰も唯花に連絡してみようと思ったのだが、彼女の携帯は電源が切れていて、唯花が記者たち
理仁は端正なあの顔に苦しそうな色を浮かべながらこう言った。「唯花さん、俺も何から何まで全部嘘で塗り固めていたわけじゃないんだ。心から出てきた言葉はたくさんあった。君を愛していることは絶対に嘘なんかじゃない」「そうね、あなたは私を愛してた。それは表面上だけで実際は騙していたのよね。その足どける?どけない?ずっとそのままなら、太ももから両断してやるわよ!」唯花はそう冷たく言い放つと、強制的に扉を閉めようとした。理仁もわざわざ自分を痛めつけることはせず、おとなしく足を引っ込めて唯花がドアを閉め、中から内鍵をかけるのをじっと見つめていた。暫く経ってから、理仁はようやく自分の部屋へ戻り、シャワーを済ませた。それから一人掛けのソファを唯花の部屋の前まで運び出し、布団も持って来てそのソファの上で布団を被り、ドアの前を死守するように眠った。彼は自分が眠りについてしまった後、唯花がこっそりと出て来て、壁を越えて外へ逃げ出すのじゃないかと心配だったのだ。そして、唯花は本気でそうしようと考えていた。深夜みんなが寝静まった頃、彼女はそろりとドアに触れ、音を立てないようにゆっくりとドアを開けた。少し開けた時にソファで布団を被り、寝ている理仁が目に飛び込んできて、驚き、すぐにまたドアを閉めた。「大嘘つきの馬鹿野郎!まさかドアの前を塞いでいるなんて!」唯花は理仁を何万回と罵倒し、仕方なく逃亡計画は白紙に戻し、おとなしく夢の世界へ逃げ込むしかなかった。しかし、きっと気持ちが塞いでいたせいだろう、眠りについた後唯花はずっと悪夢を見ていた。彼女と理仁が喧嘩し、夫婦は一晩中言い争っていた。翌日目を覚ました時に、自分が現実世界にいるのか夢の世界にいるのか区別がつかなかった。彼女の頬は濡れていた。手で触ってみると満面涙の痕だった。夢の中で一晩中喧嘩し、同じく一晩中涙を流し続けていたのだ。彼女はベッドに横たわり、呆然と天井を見つめていた。そしてドアの前を一晩中死守していた某結城氏は、目を覚ますとドアをノックした。しかし、唯花はそれに無視を決め込み、彼は部屋の前に突っ立ったまま暫く経ってようやくソファを自分の部屋へとまた運び直した。「プルプルプル……」この時理仁の携帯が鳴った。電話の相手が誰なのかわかると、彼は待ってましたと言わんばかりにすぐ電
「唯花」ドアを開けるとまず目に映ったのは、理仁があのイケメン顔をササッとご機嫌取りをする微笑みに変える光景だった。しかし、彼はいつも顔をこわばらせ、難しい表情をしていて、あまり笑うことがないので、この時に作りだした笑顔を唯花は嘘っぽく感じた。「唯花、着替えを持ってきたよ」理仁は両手で彼女の着替えを二着大事そうに持っていた。一着はパジャマで、もう一着は唯花が明日着る用の服だった。「部屋の中に置きに行ってもいいかな?」唯花は彼を部屋の中まで通さず、自分でその服を掴み取り、すぐに二歩下がってバタンッと大きな音を立て、ドアを閉めてしまった。そしてもう一度内鍵をかけなおした。理仁「……」彼はその場から離れず、守り神のように唯花がいる部屋の前にへばりついていた。それと同時に心の中で時間を数えていた。唯花はきっとまた彼に用があって、ドアを開けるはずだからだ。予想的中、二分も経たずに彼は中から鍵が開く音を聞いた。そしてすぐに姿勢をまっすぐに正して、あの端正な顔に笑顔をプラスした。唯花がドアを開ける瞬間、彼は微笑みながら優しい声で言った。「唯花、何か用がある?なんでも言ってくれ、今夜は君のためになんだってするから」「服があと二着足りないの。それから生活用品も欲しいから、今すぐ持って来て」理仁は急いでそれに応じた。「わかったよ、ちょっと待ってて、今すぐ持って来るからね」そして、彼は体の向きを変えてへこへこと小走りで離れていった。少ししてから、彼は再び唯花のところまで戻って来て、生活用品を詰めた袋を唯花に渡した。「唯花、他に何か必要なものがあったらいつでも声をかけて、すぐに持って来るから」唯花は中身をざっと確認し、必要なものは全て揃っていると思い、また後ろへ下がってドアを閉めようとした。「唯花」理仁は片足をドアの隙間に差し込み、体をねじ込んで唯花がドアを閉めるのを阻止し、両手をさすりながら図々しくもこう言った。「唯花、年は明けて春に近づいてはきたけど、ここ数日寒冷前線が南下し、気温が下がってすごく寒くなっただろう。この客間には暖房がないから、一人で寝るのはちょっと寒いんじゃないかなと思って。俺には、とある特典がついてるんだよ。湯たんぽになれるんだ。もちろん絶対に君に手を出したりしないよ、ただ温めてあげようかなって」
「うさぎとか爬虫類は鳴きもしなくてうるさくないし、とりあえずいらないわ。声が大きい鳥たくさん買ってきてくれない?オカメインコのオスとかメスがいたら大きな声で歌うじゃない?絶対あいつ煩くて発狂するわよ」明凛はそれに応えた。「わかったわ、それは私に任せてちょうだい。かならず任務を遂行してみせるんだから」ただ、唯花が邸宅を動物園に仕立て上げたとしても理仁が折れるかどうかはわからない。「だけどさ、唯花、結城さんさ、違う、あの嘘つきのバカ野郎がこんなことくらいで折れるかしら?彼は他にもたくさん家を持ってるでしょう、あなたを他の家に連れていったりしないかしら?」唯花は少し黙って、また口を開いた。「私だって、あいつがどんな反応するかはわかんないわ。どうであれ、あいつが私にこんなことするんだから、私だって平穏な暮らしをあいつに送らせるわけにはいかないわね」「なんだか、今のあなた達って仇同士になった感じね」唯花は苦渋に満ちた表情になり、返事をしなかった。「九条さんに、結城さんを説得してって言ったのよ。そしたら彼が私にあなたから結城さんを説得してみてって。結城さんがあなたを騙すことになったのにはやむを得ない理由があるからって。あの人って星城一の富豪結城家のお坊ちゃんでしょ、周りからお金目的で近づかれることがあるから、あなたに身分を隠してどんな女性なのか知りたかったらしいわ」明凛は続けて言った。「私は九条さんの提案を断ったわ。彼って結城さんのお仲間なんだから、当然結城さんのほうについて、彼を擁護するでしょう。そして私はあなたの親友だから、もちろんあなた側につくわ。唯花、あなたがどんな決断をしても私は応援しているわよ、ずっとあなたの味方なんだからね」唯花は少し黙ってから言った。「彼が最初に正体を隠していたことは、私も理解できる。だけど、それから暫く経ってお互いを好きになって、本当の夫婦になったでしょ、それなのにそれでもずっと私を騙し続けていたから、私は腹が立ってるの。今は彼の私に対する気持ちすら信じられないわ。今でも私を騙しているとも限らないでしょ?あいつが言う話には全く誠実さが感じられないわ。口をついて出てくる言葉は全部無責任でデタラメなことばかり。それに、あいつと姫華のことも、姫華が私とあいつが夫婦だって知ったら、一体私のことをどう思う?」「