「取り合えず入ってくれ。お茶くらいはごちそうするよ」
そう言って昨日と同じクレル茶葉のお茶を入れてくれた。
お茶を入れてから、タミルさんは少し何かを躊躇うように考えているようだった。 気にはなったがいつまでも黙っているわけにもいかないので、俺はまず昨日の礼を言うことにした。「あの、昨日はロシェを助けてくれてありがとうございました。タミルさんがあの時にあいつの気を逸らしてくれなければどうなっていたか」
「あ、あぁ。気にしないでくれ。それに俺も救われた気分なんだ。今度は助けられたって」 「助けられた?」俺が聞くとタミルさんは昔を懐かしむような顔で話を続けた。
「あぁ。聞いてるかもしれないが、俺も小さい頃は町で暮らしていてな。その時飼っていた犬が居たんだ。コルンって名前でな。わんぱくな子犬だった。
あの日、俺が庭で魔法の練習をしていた時にいつもと違う感覚がして、気が付くと詠唱していた魔法が暴発してしまった。運の悪いことに魔法の着弾点に立てかけられていた木材とコルンが居て、コルンは木材の下敷きになってしまった。俺は慌てて助け出したんだが、その時にはもう手遅れだったんだ。。 それ以来、俺は自分の魔法を信じられなくなった。それで父親から習っていた狩猟の方を本格的に勉強して狩人として森で暮らすようになったんだ」そこまで語ってから、タミルさんはロシェの方をしばらく見て、
「あの時、毒を浴びて苦しそうに倒れるその子が俺にはあの時のコルンに重なって見えた。あの男がロシェに近づこうとしたのを見て気づいたら魔法を放っていたんだ」
なるほど。あれだけ魔法の使用に拒否反応を示していたタミルさんがあの時魔法を使ったのはそういう理由だったのか。
「あのあと俺は長らく使ってなかった魔法の反動で意識が少しぼんやりしていたが、あんたがその子を抱えて出ていくのを見て、その子を大切に思っているんだなってことが分かった」
「あ、あぁロシェは大切な仲間で友達だからな」俺は少し照れながらもタミルさんの真剣さに向き合って正直に答えた。
「友達・・・か。そうか。よし、決めた。この前は
「さて、特性付与について君達からご希望はあるかな?」 「いえその、まず特性付与でどんなことができるかも分かってなくて」 「なるほど。そういえばそうか。では、まずはそこから話そうか」 「すみませんがお願いします」 「といっても、難しい話はしないから気楽に聞いてくれれば良いよ。 特性付与っていうのは名前の通り武器に特有の性質を持たせることだ。 武器種によって相性や無意味になるものもあるけど、それは気になるものがあれば個々に説明しよう。今、私ができるのはこのくらいだね」そう言うとカランダルさんはカウンターの下から数枚の紙束を取り出して、 それを俺達の前に広げた。-------------------- 特性付与一覧表 ・威力強化(小、中、大) ・種族特攻(獣、鬼、竜、・・・) ※特化特性 ・武器破壊 ※特化特性 ・弾速強化 ・射程強化 ・魔力消費軽減(小、中、大) ・重量変化(軽、重) ・耐久性強化 ・耐性強化(斬撃、刺突、投射、・・・) ※特化特性 ・特殊耐性(毒、麻痺、火傷、・・・) ※特化特性 ・能力向上(力、魔、速、・・・) --------------------なるほど。この弾速強化や射程強化っていうのは、遠距離武器用なんだろうな ・・・いや、ゴブリンロードの剣のように衝撃波を放つことができるものの場合、それも対象になるんだろうか?・・・今持っているわけじゃないし、そこは気にしなくてもいいか。 他に気になるのは・・・「この特化特性っていうのは?」 「属性付与と似たようなものだよ。例えば獣特攻を付与した場合、それ以外の種族には威力が下がってしまう。武器の性質をその種族に対して相性が良いものに変化させてしまうからね。耐性系も同じように考えて貰えばいい」そういうことか。であれば候補からは外していいかな。俺達は特定の相手と戦うわけじゃないし、汎用性の方が重要だろう。 そうなると分かり易いのは威力強化だろうか?
街まで戻ってきて衛兵にコゲンジを引き渡して事の次第を説明すると、衛兵達は急いで山中に向かっていった。あとで聞いたところによると、街への観光客が時々行方不明になる事件が起きていたらしい。しかし、いつ居なくなったかは分からず、バーセルドから帰る途中で魔物に襲われたのかもしれないということで調査は難航していたらしい。 ここは観光地で人の往来はかなり多い。そんな中で誰かが居なくなったとしてもどこで居なくなったのかを特定するのは難しいのだろう。「私がもっと早く気づいていれば・・・」 「あいつが本性を隠すのが上手かったってことだろう。少なくともカサネさんが責任を感じることじゃない」 「そう・・・ですね。アキツグさんありがとうございます」 「礼を言われるようなことじゃないけど、どういたしまして」 「いえ、今の話もですけど助けて頂きましたから」そう言ってカサネさんは丁寧に頭を下げた。 小屋でのことを言っているのはすぐに分かった。「それこそ仲間を助けるのなんて当たり前のことじゃないか」 『そうね。それにカサネの拘束を解いたのは私なんだけど?』 「も、もちろんロシェさんもです。ありがとうございます」 『冗談よ。それに私は一回失敗しているしね。あの時はごめんなさい』 「それはお互い様ですよ。まさか街中にあんな仕掛けがされてるなんて、私も思っても見ませんでした」確かに。人通りが少ないとはいえ街中で催眠ガスのトラップを仕掛けるなんて 大胆すぎる。地の利が向こうにあったからこそ先回りできたのだろう。 これは後日コゲンジ達を尋問して分かったことだが、やつらは眠らせたカサネさんを布袋に入れて擬装用の荷物と一緒に荷車であの小屋まで運んだらしい。 眠らせた後のことまでしっかり手はずを整えていた訳だ。 会ったのはその日の午前中だったというのに手際が良すぎる。恐らくは以前から同じような方法を使っていたのだろう。「骨休めするつもりがまたトラブルに巻き込まれてしまったな。でも、コゲンジも捕まって不安の種も解消されたし、今日は温泉に入ってゆっくり休もうか」 「そう
中に居るのは四人、外の一人を合わせて五人か。相手の強さは分からないが、少なくともコゲンジは冒険者という話だった。いくら気付かれずに近づけるといっても一人倒されれば相手も警戒するし、俺のことを感付かれてカサネさんを人質にされたら手が出せなくなる。どうする? 考え込んでいた俺にロシェが話しかけてきた。『アキツグ、敵の気を引いてくれる?その間に私が忍び込むわ』ロシェの案を聞いた俺は頷くと小屋の正面に戻ってきた。 そしてまずは、こちらに気づいていない見張りの男に正面からライトニングの魔弾を撃ち込んだ。「がっ!」男は撃たれたことに気づく間もなくドサッとその場に倒れた。 すかさず俺は影呼びの鈴を鳴らしゴブリンロードを呼び出すと、扉から突入して攻撃は控えめで敵の目を引き付けるように指示を出し、俺自身は窓から中が見えるところまで戻った。「おい、何か・・・え?な、なんだこいつ!?」 「魔物の襲撃?だが、こんなやつ見たことないぞ!?」外の様子を確認に来た男がゴブリンロードに気づいたらしい。そのタイミングで俺は窓から見える男達に向かって残りの弾を連射した。 魔弾は「ガシャンッ!」という派手な音と共に窓ガラスを突き破り、男の一人には当たったが、コゲンジには咄嗟に回避された。「裏にもいるぞ!いったい何なんだ!?」突然のことに慌てながらも、残った男たちは物陰に隠れた。 俺は男達へけん制しながら、時折なるべく派手な音を立てるように残ったガラス窓を撃って、相手の注意を正面と窓側に引きつけるようにした。 そうして少しの間膠着状態が続いたところで、ゴブリンロードと対していた男が驚きの声を上げる。「き、消えた!?」 『カサネ、今よ!』 「エアストーム!」 「!?」突如小屋の中で嵐が吹き荒れた。眠らせた上で口を塞ぎ手足まで縛っていたカサネのことは完全に警戒の外にあった男達は、小屋の中心で発生した嵐に対応できずになすすべもなく壁に叩きつけられた。「な、何故・・・?」いつの間にか猿轡や手足の拘束を解いて起き上がるカサ
昼食を終えて少しゆっくりした後は、再び街中を適当に散策していた。 すると町の一角に市場のような場所があった。 近くの人に尋ねてみると、ここはフリーマーケットとして開放されている広場で誰でも自由に取引ができるようになっているようだ。冷やかしや珍品目当てなど目的は様々だが、観光客も多く結構な人で賑わっていた。 商人としては、こんな光景を見てしまうとどうしても気になってしまう。 一通り見て回ったところで俺は二人に断りを入れて、自分も露店を開くことにした。「せっかくの骨休めでしたのに。でも、やっぱりアキツグさんはそういう姿が似合いますね」 『最近は色々あったけれど、やっぱり根は商人ってことよね』 「そ、そうか?まぁなんだかんだで歴は長いからな。二人は気にせず楽しんできてくれ」 「分かりました。ロシェさん行きましょうか」 『えぇ。アキツグ、さっきも言ったけど一応気を付けてね』 「あぁ、分かってるよ。そっちもな」取引を終えて宿に戻ろうとしたところで、違和感に気づいた。 ロシェの気配がしばらく前からずっと同じところに留まっているのだ。 少しくらいなら景色を眺めていたり、軽食を摂っていたりということもあるだろうが、そう考えるには時間が経ち過ぎていた。 気になった俺はロシェの気配の方へ向かうことにした。 気配を追っていくと辿り着いたのは建物の隙間にできた小道の様な場所だった。 ロシェの気配は、未だにその十字路になっているあたりに留まっている。近づいてもこちらに気づく様子もなく、近くにカサネさんの姿もなかった。(おいおい。嘘だろ?あの二人も警戒はしていたはずなのに、一体何があったんだ?)一応俺は警戒しながらロシェに近づいて行った。当たりに人の気配はなかったが、二人に何かをした存在がまだ隠れている可能性もあったからだ。 しかし、そんな警戒も空しく何事もなくロシェの側まで行くことができた。 ロシェは姿隠状態のまま気を失っているようだった。揺り起こすと少しして目を覚ました。『う、くっ、ここ・・・は?』 「大丈夫か?何があったんだ?」
「コゲンジさん、お久しぶりですね」 「えぇ本当に、エレンジアである日から急に姿を見かけなくなったので、心配していたんですよ。今まではどちらに?」 「レインディア大陸の方に渡っていました。冒険者ですから、他の街に移るのも別に珍しいことではないですよ」 「それは…そうかもしれませんが、友人が急に居なくなったら寂しいじゃないですか。せめて一言教えてくだされば良かったのに」 「それはどうもすみません。少し急いでいたものですから」パッと見る限りでは知り合いが再会の会話を交わしているだけにも見えるが、 二人の温度差には明らかに違いがあった。カサネさんの口調も普段とは異なり硬いものだ。恐らくはこの人物が以前にカサネさんが言っていた面倒な人なのだろう。相手の様子からもこのままだと面倒な展開になりそうだ。ここは割って入るべきだろう。 俺は灯り石を購入すると、敢えて今の会話に気づいていなかった素振りでカサネさんに声を掛けた。「カサネさんお待たせ。石も良いのが買えたしそろそろ昼食にでもいこうか」 「あ、はい。コゲンジさんすみません、連れも戻ってきたので私はこれで」 「えっ!?ちょ、ちょっと待って下さい。連れってこの人がですか?カサネさん、ずっとソロで活動していて特定のパーティには参加していなかったのに」前までがそうだったとして、何でパーティを組んだくらいで問い質されなきゃならいないのだろうか。そんなことまで知っているのも含めて本当に面倒そうな人だ。「今まではパーティを組みたいと思う人が居なかっただけですよ。連れを待たせるのは悪いのでこれで失礼します。行きましょう、アキツグさん」そういうとカサネさんは俺の腕を掴んでさっさと歩きだした。腕を引かれた俺もその後に続いたが、振り返る前に一瞬目が合った彼は俺のことを憎々しげに睨みつけていた。 しばらく歩いて近くにコゲンジの気配がないことを確認した辺りで、カサネさんが一息ついてこちらに謝罪してきた。「さっきはすみませんでした。まさかこんなところで会うなんて。あの人が以前話していたコゲンジさんです」 「やっぱりか。知り合いみたいなのにあんな風に接してたか
カランダルさんに紹介して貰った宿屋で部屋を取った俺達は、さっそく温泉に入りに来た。観光地だけあってペット同伴で来る人も多いらしく、専用のエリアも用意されているため、ロシェも問題なく入れるようだった。 なおロシェにはカサネさんと一緒に女湯の方に行って貰っている。気にする必要もないとは思うが、まぁ気分的なものだ。 体を洗って温泉に入ると、温泉の温度もちょうどよく、蓄積された疲れがゆっくりと温泉に溶けていく様だった。「あ~やっぱりこれだよなぁ。景色も良いしカランダルさんがお勧めしてくれたのも納得だな」紹介された宿は街の端にあり、温泉からは周囲の山々が見渡せるようになっていた。温泉もいくつか種類があり、泉質も異なっているようだった。 前日の件で睡眠時間が少なかったのもあり、うっかり湯の中で寝てしまいそうになったが、何とか耐えて部屋まで戻ってきた。 少し休んでいると仲居さんが夕食を持ってきてくれた。それらも豪勢でどれも美味しいものだった。ただ、こんなところでもライアン果樹園の果物が出てくるのは流石というべきか。きっと提携しているということなのだろう。 そして、驚いたことに寝具に布団一式まで用意されていた。ここにも前の世界の住人が何か知ら関わっていたのかもしれないが、睡魔に負けた俺はそこまで考えることもなくその日は早々に眠りについたのだった。翌日、俺達は三人で温泉街を見て回ることにした。 昨日カランダルさんに聞いた話によると、ヤミネラさんと属性付与とカランダルさんの特性付与については素材さえ揃っていれば、付与自体はそれほど時間の掛かるものではないらしく、数日もあれば終わるだろうとの話だった。 なので、それまではこの温泉郷で骨休めというわけである。やはり観光地だけあって町並みは美しく、街の中央には温泉饅頭や温泉卵、湯豆腐など温泉街ならではといった食べ物や土産物屋が立ち並んでいる。各温泉を巡るスタンプラリーまであるようだ。街の奥は山道まで続いており、山中には秘湯のようなものまであるらしい。 一応冒険者ギルドや商人ギルド、武具や道具屋などもあるのだが、そのような店舗は街の一角に目立たない感じで存在していた。「なんか今まで