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last update Last Updated: 2025-07-07 11:44:24

髪も乾いたところで、鈴鳴は和巳と客間に戻るために長い廊下を歩いた。

「でも良かったよ、すっかり酔いも醒めたみたいだで。後は叔父さんの怒りを解くことを考えよう」

「それなんですよね。はああぁぁ」

「長いため息だなぁ」

和巳は苦笑して鈴鳴の背中を叩く。

「どっちにしても、今日はここに泊まるだろ? 時間も遅いし、運転できないし」

そうだ。大事なことを忘れていた。ここは祖父の家で、和巳の実家からもまたちょっと離れている。

ただ今日は彼の父も来てるから、車で送ってもらうという手もあるけど……そこまで迷惑はかけられない。

「俺、本当に飲む気はなかったんです。でも、すすめられたからつい……」

「すすめられた? 誰に?」

和巳さんは歩みを止め、振り返った。

えぇと。あの人だ、……あの、いつも優しい。

「あれ……おかしいな、誰だっけ……」

何故か思い出せない。思い出そうとすると、頭がガンガン痛んだ。

「あれま、それじゃ言い訳は使えないな。素直に叔父さん達に謝ろう。誠意を見せれば大丈夫だよ。俺もフォローすっから!」

「本当にすいません……」

自分の不甲斐なさに泣ける。徐に頭を下げると、何故かデコピンされた。

「鈴。理由は分からないけど、心配だからしばらくは禁酒。どうしても、って時も一杯が限度だよ?」

「はい」

ちょっと強く念押しされたから、素直に頷く。やっぱり六年で人は変わるようだ。こんなに整然とした顔つきで言われたら、例え納得がいかなくても頷いてしまいそう。

いやいや、俺は和巳さんに惚れすぎ!

自分で自分につっこむ。そして鳴り止まない頭痛を抱えながら大広間へ戻った。もう殆どの親戚が帰って、とてもがらんとしている。

だけど、祖父と伯父と父のスリートップはしっかり着席していたので、真っ先に向かって謝罪した。

祖父と伯父は笑って許してくれたけど、やはり父の怒りをとくのは容易じゃない。今にも殴られそうな怒声が返ってきた。

「この恥さらしが! やはり、お前は今日ここに来るべきじゃなかった!」

えぇ、ごもっとも!

初めて彼と気が合った。俺も心の底からそう思う。

シラフに戻った今、この家とは縁を切りたい。次この家の敷居を跨ぐ勇気がなかった。

「お酒の失態なら俺も山ほどありますよ、叔父さん。鈴もすごい反省してますし……今回だけ、どうか許していただけませんか」

「和巳君は甘過ぎるんだよ。この馬鹿は一
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  • 余計なお世話係   新生活

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