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第9話 二度目の追放とはどういう意味ですか?

作者: フクロウ
last update 最終更新日: 2025-09-15 19:00:06

 ……店内が急に静まり返りました。誰もがコーヒーを飲むのをやめて、まるで罪がバレたように手を膝の上に乗せます。クラリスさえも黙ってしまって、しばらくの間、コーヒーの香りだけが漂っていました。

 わたくしは目を細めました。ニコニコと微笑んではいますものの、司教様の目は笑ってはいません。まるで冷たい氷のように、冷然とした瞳。

 わたくしが何か言葉を発する前に、音を立ててイスから立ち上がったのは神父様でした。

「これは、司教自らわざわざご足労なことです。して、突然閉店とは、いささか急な話ではありませんか?」

 司教様は神父様を見て、一瞬驚いたような顔をしました。……すぐに笑顔に戻りましたけれども。

「聖職者のはずのあなたがなぜこの店に?」

 神父様も軽く笑みを浮かべて、一言述べました。

「私は、ここで人として罪と向き合っているだけですよ。肩書など、ここでは不要ですから」

 司教様の口元が引きつります。しかし、不満は表に出さす、あくまで冷静に話を続けました。

「──まぁ、いいでしょう。急と言えば私どもも青天の霹靂のことでしてね。最近、『どんな罪人でも断罪カフェに通えば赦される』などという噂を聞きつけまして、信仰の本義を捻じ曲げかねぬ兆しと、教会上層部は判断したのです。仮にこちらの申し出に応じられないというのであれば、強制退去、取り壊しも辞しませんな」

「そんな! いくらなんでも横暴で──」

「よしなさい、クラリス」

 この状況でクラリスが失礼な態度を取ってしまえば、罪を上塗りするようなもの。しかし、神父様が言うようにこんな急に──いったい、どうしたら。

 司教様はいっそう笑みを

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