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何が怖い? 11

作者: 花室 芽苳
last update 最終更新日: 2025-07-08 21:16:02

「……あら、こっちも可愛い反応? おっと、宮園さんにファイル渡して来なきゃいけないんでした」

 私まで揶揄い始めた横井さんを横目で睨むと、彼女はファイルを持ってそそくさと席を立って行ってしまった。

 そんな横井さんに戻ってきたら仕事をいつもの倍、渡してしまおうかなどと考える。

 結局そんなことは出来るはずもなく、いつも通りの量で彼女は今日の仕事を終え帰っていった。私は残業を少しだけしてから時計を見ると、そろそろ昨日と同じ時刻。

 ……さあ、どうする? 待っている御堂に所に、素直に行った方がいいのだろうか?

 御堂が最後に言った言葉が、私の頭の中で何度も繰り返される。

【臆病な長松 紗綾のまま――】

 ……ねえ、御堂。今の私は貴方から見たら臆病なの? 私はただ、身勝手な恋愛感情であの時のように誰かを傷つけたくないだけなのに。

「御堂なんか、今の私の事を何も知らないくせに……」

 そう思ったら少し悔しくなった。御堂から本当は逃げたいけれど、このまま言われっぱなしで負けたくはない。

 私は拳を固く握って、階段を上りそのまま休憩室へと歩いていく。部屋の扉を開くと、窓際の席で御堂は座って煙草を吸っていた。

「煙草……吸うのね?」

「たまに、だけどな。逃げずにちゃんと来れたな、いい子だ紗綾」

 御堂は灰皿に煙草を押し付けて消すと、立ち上がりゆっくりと私に近付いてくる。

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  • 唇に触れる冷たい熱   嫉妬してるんだろ? 5

    顎を持たれ顔を上げさせられているから、御堂《みどう》から視線を逸らすことは出来ない。私はその悔しさから強く唇を噛み、彼を睨み続けるしかなくて…… そんな私の様子をジッと見ていた御堂は、舌打ちをして私の唇にその冷たい指で触れる。「紗綾《さや》、そんなに唇を噛むな。お前を少しでも傷付ける、たとえそれが紗綾自身であっても俺は許せない」 厳しい声で言われて、私はしぶしぶ唇を噛むのを止める。すると御堂の指が素早く動き、私の口を優しく開かせた。 御堂は私の唇が傷付いていないかをジッと見ている。しばらく観察した後、彼の指はそっと唇をなぞって離れていった。 そんな私の唇がジンジンと熱を持っているのは、強く噛みすぎたからなのか……それとも御堂の指に触れられたからなのだろうか?「御堂は勝手だわ、自分は私を追い詰めているくせにそんな事を言うなんて。私が唇を噛もうと何をしようと貴方には関係ないじゃない」 「紗綾がどう思おうと、俺にとっては関係なくはない。お前が同じことをすれば何度でも止めさせる」 冗談などではない、本気だという事が言葉の重みで分かる。何故そこまで御堂は私に執着するのだろう?「ど、して……」 何で、放っておいてくれないんだろう。あんな風に他の女性社員達と仲良さそうな所を見せつけるくらいならば、私の事なんて放っておいてくれればいいのに。 そう思うのに、御堂の言葉にどうしようもなく私の心は揺さぶられる。この人にとって私は誰にも傷つけさせたくない程、とても大切な存在だと言われているような気がするから。 「わざわざ言葉にしなくても、紗綾《さや》はもう分かっているはずだろう?」 さっきと打って変わって、そんな優しい言い方をするのね。その囁くような優しい声音に、私の心の奥が喜びで震えてしまう。 そう、彼の言う通り本当は分かっているの。だけどそんな御堂《みどう》を信じようとすればするほど、私の心は不安でいっぱいになっていた。 喜びと不安、色んな感情がごちゃ混ぜで……そんな気持ちを抑えきれずに、とうとう私の瞳から一粒の雫が零れ落ちてしまう。「……どうして泣く? そんなに俺に触れられるのが嫌なのか?」 そう言いながらそっと私の頬を撫でる御堂の手のひら。その優しい冷たさにそれ以上涙をこらえる事も出来ず、私の涙はポタポタと彼の手を濡らしていく。「

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