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第304話

Author: かおる
以前、清子のネックレスが競り負けた時、彼女は何日も塞ぎ込み、気分がすぐれずにまた入院することさえあった。

その後、雅臣が「必ず新しいネックレスを贈る。

星の母親のものより劣ることは決してない」と約束してくれた。

そして今、目の前に現れた「深青」を見て、清子はすべてを悟った。

感極まった涙が瞳にあふれる。

「雅臣、あなた......こんなにしてくれなくてもいいのに」

雅臣の深いまなざしが、彼女を映す。

「このネックレス、深青は、お前の深海の演奏と並んでこそ、完璧になる」

清子が星の母親のネックレスを欲しがったのは、ただ星を不快にさせたいからにすぎなかった。

比べれば、いま目の前の「深青」に比して、あのネックレスなど取るに足らない。

この瞬間、清子の心も視線も、すべてが深青に奪われていた。

彼女はもう想像している――深青を身にまとい、深海を奏でる自分が、どれほど美しく夢のような姿かを。

深青は他の競売品とは格が違った。

開始価格がいきなり四億。

しかも、前の品々は十万単位でのつり上げだったのに対し、このネックレスは一千万単位からだった。

今日の競売に集まった多くは、この深青を目当てにしていた。

理屈の上では、このネックレスの価値はせいぜい二十億。

だが今夜の熱気を見れば、それでは収まらないだろう。

四十億に届くのではないか、と囁かれていた。

予想通り、あっという間に値は十六億に達する。

その時、沈黙を守っていた雅臣が、ようやく口を開いた。

「二十億」

彼の本日第一声目が二十億――その場の空気も格式も、一気に引き締まった。

会場は一瞬にして静まり返る。

雅臣が何者か、誰もが知っていた。

Z国の商業界の頂点に立つ大人物。

誰が彼の顔を潰せるだろうか。

たとえ敵対視していても、あからさまに逆らう者はいない。

今日の敵が明日の協力者、あるいは友人になるかもしれない。

人の道は広く残しておくものだ。

会場は凍り付いたような沈黙に包まれる。

司会者も内心で感嘆する。

――やはり大物は違う。

ひと声で場を鎮め、全てのざわめきを呑み込んだかのようだった。

本来なら、ここでさらに宣伝をしてからカウントダウンに入る。

だが雅臣が値を入れた以上、もう誰も逆らえないと分かっていた。

余計な時間を費やさず、すぐに進行する。

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