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第314話

Author: かおる
星はゆっくりと手を上げ、雅臣の方へ向かって中指を立てた。

雅臣の黒い瞳が、すっと冷たく沈む。

――ここまで窮地に追い込まれても、なお自分に頭を下げる気はないのか。

実に結構。

その強情、どこまで貫けるか見届けてやろう。

記者たちの甲高い質問が耳元で飛び交い、言葉はもはや雑音にしか聞こえなかった。

だが星の顔は不自然なほど冷静で、微塵も取り乱さない。

その姿が逆に記者たちを苛立たせる。

彼らは相手が慌てふためき、追い詰められて崩れる瞬間を好むのだから。

勇は興奮に打ち震えていた。

ついに星が恥をかく場面を配信できたのだ。

ところがその時、彼のもう一台の携帯が鳴った。

勇は配信中のスマホを清子に渡す。

「清子、ちょっと持ってろ。

電話に出る」

清子は星への罵声コメントを眺めるのが楽しくて仕方ない。

「ええ、いいわ」

勇は人目を避けて通話に出た。

「どうした?」

「山田社長、大変です!

あの星野星という女、また急上昇に上がりました!」

勇は鼻で笑った。

「何だ、そのことか。

このところ毎日のように上がってるじゃないか。

別に驚くことじゃない」

「ですが今回は違います、今回は――」

「もういい」

勇は遮った。

「どうせ俺が仕組んだ件だ。

分かっててやってるんだよ」

相手は絶句した。

「この急上昇、山田社長が仕掛けたんですか?

なぜ早く仰らないんです?」

「早かろうが遅かろうが関係ないだろう。

まだ何かあるのか?

ないなら切るぞ」

「お待ちください!

こちらで連携は必要ですか?」

「バカか。

連携しなきゃ仕事にならんだろ。

クビになりたいのか?」

「......承知しました」

勇は苛立ち紛れに通話を切り、再び星の醜態を見物しようとした。

だが目にしたのは、別の記者の群れが押し寄せ、先にいた記者たちを押しのけ、星のもとへ雪崩れ込む光景だった。

清子が戸惑い、小声で問う。

「勇、この人たちも呼んだの?」

勇は呆然とする。

「いや、俺はさっきの奴らしか呼んでない......誰かが勝手に呼んだのか?」

二人が理解する暇もなく、新たな記者たちは星を取り囲み、興奮に顔を紅潮させて声を張り上げた。

「星野さん、本日博物館が、あなたが寄贈した百二十億相当のオークション品リストを公表しました!」

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