ログイン「何で……私が、デザインを学んでいるって……」 「以前、話してくれた事があるだろう?」 私は、信じられない気持ちで滝川さんを見つめる。 確かに、滝川さんに話した記憶はある。 けど、あれは……。 「話した時って……私が誘拐された時に……滝川さんが助けて下さった時、ですよね?警察署に向かう車の中での事ですよね?」 あんな、少ない時間での事。 車で向かう道中は、十数分程度だった。 そんな短い間に、話した事を今まで覚えてくれていたのか、と私は滝川さんを唖然と見つめる。 「勿論。さすが、加納家のお嬢さんだ、と思ったんだ。まだ高校に上がる前だったのに、しっかり家の事業を理解して、力になりたいと俺に教えてくれた。高校は、デザインを学ぶ学校に行ったんだろう?」 「──そう、です……。本当に、よく覚えてくださって……」 「恥ずかしい話……。俺は当時、家の事が嫌だったんだ。だけど、加納さんは俺より年下だったにも関わらず、しっかり自分の将来を見つめて、受け入れていただろう?凄く印象に残っていたんだ」 「な、何だか恥ずかしいです……。あの時は今より全然幼くて、子供で……。世間を知らなかったですから」 「それでも。加納さんのデザインの腕は確かだろう?いくつも賞を取っていると聞いた事がある」 まさか、滝川さんが知っていてくれたなんて。 私は、溢れ出そうになる感情をぐっと拳を握り締めて耐える。 それに、まだ学生だった頃の私の話を、滝川さんが真剣に、真摯に受け止めていてくれていたなんて、と私は視界が滲んでいくのを感じた。 きっと、瞬も覚えていない。 私がかつて、何が好きでどんな趣味を持っていたか、なんて。 長年側にいた瞬ですら忘れてしまっている私の特技を、デザイナーになりたかった、という夢も忘れている。 滝川さんは、ぎゅっと拳を握る私を優しい目で見つめながら、持田さんから受け取った資料を指差して、1つ1つ説明してくれる。 「この資料は、外注してデザインしてもらった物だ。……加納さんの、率直な意見を聞きたい」 「私の、率直な意見ですか……?」 「ああ。変な忖度はしないでくれよ?ありのままを言葉にして欲しい」 滝川さんの真剣な表情と、声に促された私は、広げられた複数のデザイン画に視線を落とす。 滝川
「それなら、いいんだが……」 私の返答に、滝川さんは納得がいっていないような顔をしつつ、それでも私の言葉に頷いてくれた。 「このDMの送り主は、柳麗奈だったと言う事か……この他に、不審なメールは来ていなさそう?」 「そう……ですね……。他のアカウントからのDMも、似たような画像が送られているだけのようです」 「そうか……それなら、良かった。……だが、万が一の事を考えて、加納さんは1人で行動しないようにな?必ず持田さんか間宮をつけて行動してくれ」 「分かりました。気をつけますね」 滝川さんが「そうしてくれ」と笑顔で頷く。 私たちの会話が一段落ついた所で、滝川さんに呼ばれていた男性社員2人は、恐る恐る口を開いた。 「社長、我々は……」 「ああ。朝からすまなかった。仕事に戻ってくれ」 「あっ、スマホを確認して下さり、ありがとうございました!」 「と、とんでもないです!それでは、我々はここで……失礼します」 社員2人は、礼儀正しく頭を下げて社長室から退室していった。 室内には私と滝川さん、持田さんの3人になる。 滝川さんは、私の隣に座りながら持田さんに声をかけた。 「持田さん、資料を持ってきてもらえるか?」 「かしこまりました」 ぺこりと一礼し、持田さんが隣の部屋に消える。 私が「資料?」と不思議がっていると、滝川さんが私に顔を向けた。 「加納さん、1つ相談したい事があるんだが……」 「あ!仰っていた事ですね。私でお力になれる事でしたらいくらでも!」 ぐっと両拳を握り、滝川さんに答える。 滝川さんは優しく微笑みながら、私に分かりやすいよう説明をしてくれる。
DMを開封した途端、大量の画像が視界に飛び込んできた。 肌色が画面を覆い尽くし、直視するのがとても気まずい程。 「──ひッ」 「何だこれ!?」 直ぐに目を逸らしてしまったけど、それは男女がベッドで仲睦まじくしている姿。 そして、一瞬だけその両者の顔が見えたけど、それは間違いなく瞬と麗奈の姿。 この画像の送り主は、間違いなく麗奈だろう。 「これは……清水瞬と、柳麗奈か?」 私はスマホの画面から目を逸らしてしまったけど、滝川さんは画像を確認していたのだろう。 横から私のスマホを覗き込み、眉を顰めながら画像に映る人物を確認していた。 私は、画面から目を逸らしつつ、頷く。 「そう、みたいです……。多分、送り主は麗奈だと思います……」 「どうしてこんな画像を君にわざわざ……気色悪いな……」 「私にも、どうしてこんな事をしたのか分かりません……。もう瞬との関係は終わったのに……」 今更、どうして?そんな疑問が湧き上がる。 見たくないけど、何をそんなに私に知らしめたいのだろう。 そう思った私は、逸らしていた顔を再び画面に戻す。 瞬と麗奈でなくとも、男女がベッドでじゃれついている姿なんて見たくないけど、何か意図があって麗奈はこの画像を送ってきたのだろう。 しかも、複数のアカウントから画像を送り付けてくるなんて、執念深さを感じる。 何を見せたかったのか──。 そう考え、画面を改めて確認した私は、ふと気づいた。 「──あ」 「どうした?何か気づいた事でも?」 私の呟きに、滝川さんが反応して聞いてくれる。 滝川さんの問いかけに、私は小さく頷いた。 「もしかしたら、これって……」 そう呟いたあと、私は沢山送られてきている画像をスクロールして確認していく。 ベッドでじゃれている写真。 レストランでディナーを食べている写真。 イルミネーションの写真。 それらを見た私は、呟く。 「やっぱり……」 「気づいた事でも?」 滝川さんの言葉に、私は確信を持って頷いた。 「はい。この画像に映っている場所……。全部じゃないですが、昔に瞬と──清水さんと一緒に行った事がある場所です。一緒に行った事がない場所は……私が昔、まだ清水さんと関係が拗れてなかった頃に、いつか一緒に
社長室にやってきた私たちは、滝川さんにソファに促されてそのまま腰を下ろす。 少し時間が経った頃。 滝川さんに呼ばれ、2人の男性社員が社長室にやってきた。 「お呼びでしょうか、社長」 「ああ。朝早くから呼び立ててすまなかったな。少し確認してもらいたい事がある」 滝川さんは入ってきた社員にそう言うと、ソファに座る私の方へやってきて、私に話しかける。 「加納さん。スマホを借りてもいい?ウイルスが送られてきていないか、確認しよう。彼らはうちの会社のシステム開発の人間だから、知識がある」 「ほ、本当にいいんでしょうか?」 「ああ、勿論。その代わり、加納さんに相談に乗ってもらうから。いい?」 「もちろんです!私でお役に立てれば!」 私は、鞄からスマホを取り出して滝川さんに渡す。 スマホを受け取った滝川さんは、私に笑顔で頷いてから社員2人に向かってスマホを差し出した。 「彼女のSNSアカウント宛に、複数のアカウントからDMが届いている。それも、毎日だ」 「複数のアカウントから、ですか……?」 「彼女のアカウントは、フォロワーは多いですか?」 滝川さんと社員の方は、話をしながら私のアカウントを確認している。 そして、パソコンと私のスマホを繋ぎ何か作業を始めた。 「──日常的な投稿しかしていないですし、フォロワーも彼女を知っている人や、純粋に投稿を好んでいる人しかいないようですね」 「DMは、彼女のフォロワーではない……」 「こんなに、毎日大量に送られてくるのはやはり少し変ですね」 「ウイルスチェックは終わりました。特に何も出てきません。開いて大丈夫ですね」 「そうか……」 滝川さんと2人の社
滝川さんからの有難い提案に、私は即座に頷いた。 いつまでも気持ち悪さを感じていたくなんてないし、早く何でもないと判断つけたかった。 「よし。それじゃあ今日は一緒に会社へ。退屈させてしまうかもしれないが、仕事が終わるまで待っていてもらってもいいか?帰りは一緒に帰ろう」 「分かりました。ご迷惑をおかけして、すみません」 「いいや。気にしないで。それに……加納さんに相談したい事もあったんだ。ちょうど良かった」 にこり、と笑みを浮かべる滝川さんに、私は「私で力になれるなら」と答えた。 朝食を終えた私たちは、間宮さんが運転する車に乗り込み、滝川さんの会社に向かう。 会社に到着した私たちは、滝川さん自ら私の車椅子を押してくれて社内を進む。 秘書の持田さんと間宮さんも私たちの後から続き、歩いているのだが──。 「め、目立っているような……気がします」 「そう?」 けろっと答える滝川さんに、私は苦笑いを浮かべる。 滝川さんは、この会社の社長である以前にとても目立つ容姿をしている。 実際、滝川さんが会社のエントランスに姿を見せると、受付の女性が色めき立ち、社員も滝川さんに注目している。 そして、滝川さんがわざわざ車椅子を押している人物──私を、奇異の目で見つめる人が多い。 普段、こんなに注目を集める生活をしてこなかった私は、緊張でガチガチに体を強ばらせてしまう。 「間宮……」 「かしこまりました」 滝川さんが低い声で間宮さんの名前を呼ぶ。 すると、間宮さんはすっと頭を下げてエントランスに集まっている社員達の方へ歩いて行くのが見えた。 どうしたのだろうか。 私が間宮さんを振り返ろうとしたところで、滝川さんから話しかけられる。 「加納さん。そう言えば雑誌はどれくらい読んだ?」 「わんちゃんのですよね!?滝川さんから頂いた雑誌は全部読み終わって、今はより専門的な本を取り寄せて内容を確認しています!」 私が活き活きと語たるのを見て、滝川さんは優しく目を細めた。 「そうか……。そんなに勉強してくれてありがとう。助かるよ」 「いえ、とんでもないです!昔から調べ物をしたり、学ぶ事が好きだったので楽しいです」 「加納さんは、学校でも優秀だったと聞いた事があるよ」 「え、そうなんですか?
滝川さんから犬に関する雑誌を渡された日から、私は必死にお世話の仕方や、躾。病気に関する事などを調べた。 実家では、昔ゴールデンレトリバーを飼っていた。 毎朝、毎晩散歩に連れていき、沢山一緒に遊んだ。 けど。 数年前。 実家から私が出てしまい、瞬と付き合うようになってから、一度も実家には行っていない。 あの子は、元気だろうか。 そう考えるが、実家の敷居をまたがせてくれないかもしれない、と考えると怖くて。 私は無意識に家の事を考える事を避けていた。 それに、瞬は犬が嫌いだ。 小動物全般が嫌いなため、瞬にペットを飼いたいと言い出す事はできなかった。 けれど。 今回、滝川さんのご友人が海外出張に行く関係で、しばらくの間、わんちゃんと触れ合える。 「ご友人が帰ってくるまで、しっかり病気もさせず元気に過ごしてもらわないと……!」 早く怪我も治して、散歩も一緒に行きたい。 沢山遊んで、ご主人がいない寂しさを感じないようにしてあげたい。 私は日々、わんちゃんを迎える準備を進める事に必死になって、家探しや職探しが後回しになっている事に、その時は全く気づかなかった。 そんな日をどれくらい、過ごしていただろうか。 ある日、突然知らないアカウントからDMが届いた。 「……SNS?」 今は殆ど利用する事がなくなってしまった、インスタ。 その私のアカウント宛に、一通のDMが届いた。 差出人は見知らぬ人。 見た事のない画像のアカウントだった。 ウイルス感染でもしたら大変だ。と、思い私はその通知を無視してスマホを閉