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8話

Author: 籘裏美馬
last update Last Updated: 2025-10-01 08:12:42

ふ、と意識が浮上する。

目の前には真っ白な壁のようなものが広がっていて、そこでようやく私は自分が横たわっている事、視界の白い壁は白い天井なのだ、と気づいた。

「…?」

どこなのだろう。

ここは一体、どこなのだろうか。

体中が酷く痛みを覚えていて、身動ぎ一つできない。

それでも何とか体を動かそうとしたところで、ふと自分の腕に何か管のようなものが繋がっているのに気づいた。

点滴を受けているらしく、私はそこでようやくここが病院なのだ、と分かった。

それと同時に、意識を失う直前の事も思い出し、思わず声を漏らす。

「目が覚めたか!?」

「──っ!?」

自分一人だけだと思っていた場所に響く、男の人の声。

聞き慣れない低い声に、瞬時に「瞬ではない」と分かり、私は急いで声が聞こえた方へ顔を向けた。

「え…っ、なんで、ここに…」

私は見覚えのある男の顔に、呆然としながら呟く。

「たまたま、事故現場の近くにいたんだ。…体は大丈夫か?」

「え、ええ…。大丈夫です、その…あなたが私をここに運んでくれたんですか?」

「いや…他の人が救急車を呼んでくれて…。俺は君を知っていたから…あとは、すまない。周囲の人に勘違いされた」

「え…?」

すまない、と言いながら彼は気まずそうに胸ポケットから小さな手帳を取り出した。

そして、それを私に差し出す。

「──!ぁ、あ…」

それを見た瞬間、私は思わず自分の腹部に視線を向けた。

体中が未だ、ズキズキしていてとても痛く、起き上がれそうにはない。

それでも痛む腕を必死に伸ばし、彼が差し出した「母子手帳」に触れようとした。

だが、触れる寸前、体に鋭い痛みが走り私は顔を顰めた。

「すまない!大丈夫か!無理はしないでくれ」

「すみません…、滝川さん、大丈夫です」

滝川──滝川 涼真(たきがわ りょうま)。

彼は、元華族で大企業の御曹司だ。

年は私より2つ年上の、26歳。

複数の会社の役員と、CEOを務めていて忙しいはずの人なのに、こんなことに巻き込んでしまった。

それがとても申し訳なくて。

「お忙しいところ、すみません…。私はもう大丈夫ですので、お仕事に戻ってください…」

「そうはいかないだろ…。君の婚約者に連絡しないと…。その…腹の子のことも、話した方がいい…」

暗く、重い声で嫌でも悟ってしまう。

そして、それは私自身が不
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