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9話

Author: 籘裏美馬
last update Last Updated: 2025-10-02 13:42:32

私の言葉に、滝川さんがひゅっと息を呑むのが分かった。

気まずそうな、何とも言えない顔で見つめられる。

私は苦笑いを浮かべながら、痛みに耐えつつ滝川さんの手から母子手帳を受け取った。

「加納さ──」

「失礼します」

滝川さんが何か言おうとして、話し始めたところで、個室の扉を開けて白衣を着たお医者さんが入室してきた。

私の意識が戻った事に気づいたお医者さんがほっとしたように頬を緩め、口を開く。

「ああ、加納さん。目が覚めたんですね、良かったです」

「先生…」

「あ…」

お医者さんが、私の手にある母子手帳を見て悲しそうに眉を下げた。

「その…、加納さん。残念ですが、お子様は…」

ちらり、と滝川さんに視線を向けつつ、気まずそうにお医者さんがそう口にする。

私は滝川さんの前で話しても大丈夫だ、と言う事を示すために「構いません」と返答した。

するとお医者さんは一度頷いてから、私に向かって歩いてきた。

ベッド脇にお医者さんが立ち、私に向かって説明を始めた。

「…事故で血を流したのが影響したのでしょう…。加納さんはまだ妊娠初期でしたので、お子さんは残念ながら、流産してしまいました。怪我の具合も酷く、左足首の骨折と頚椎の捻挫も確認しています」

「──そう、ですか」

「生身で車にぶつかられたのです。残念ではありますが、あなたの命が無事だった事が奇跡です」

だから、落ち込みすぎないで。

お医者さんはそう言いたいのだろう。

私は笑みを作り、お医者さんに「ありがとうございます」と答える。

それ以外に、何を言えばいいのか分からなくって。

私がそう言ったあと、滝川さんがお医者さんに話しかけた。

「先生。加納さんはどれくらい入院が必要ですか?」

「…そうですね、骨折をしていますので2週間ほどは入院して経過観察をしましょう」

──2週間。

それだけの間、入院することになったら家の事がなにもできなくなってしまう。

私がしゅん、と落ち込んでいると滝川さんとお医者さんの間で話が進んでいく。

「分かりました。それでは、俺は入院手続きをします」

「そうですね、入院手続きは一階の──……」

どうやら滝川さんが手続きを代わりにやってくれるようだ。

私はお医者さんと滝川さんの話が終わり、お医者さんが部屋を出て行ったのを確認して滝川さんに話しかけた。

「滝川さん、何から何まで…
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