◇
「アデリナ様……!大変です………!」
大きなお腹を抱え、いつもの様に王妃宮で穏やかなティータイムをしていた私の元に、ホイットニーが真っ青になって飛び込んできた。
「ホイットニー?どうしたの?」
息を切らし、ガタガタと小刻みに揺れるホイットニーを、私は咄嗟に支えた。
「っ、アデリナ様……。そのっ。
落ち着いて聞いてください。 つい先ほど、ローランド様の側室候補に…… あのリジーという者の名前が上がっているという報告が……!」ホイットニーは、今にも泣きそうな顔をして私にそう訴えた。
「側室……候補?」
「はい……」
「え?……でも。確かクブルクの王族は一夫一妻制で、他に愛人などは作ってはいけないはずでは……?
側室なんて制度はなかったでしょう?」だから原作のローランドもリジーを愛人としてしか側に置けなかった。
その時のローランドの激しい葛藤も確か描かれていた。「それが……今だにアデリナ様を快く思わない大臣達が裏で手を組んだようです。
若くて綺麗なあの者を側室候補に立て、ローランド様の意識をアデリナ様から引き離すのが狙いの様で……」「そんな……」
リジーがローランドの側室候補に……?
あれからローランドに全く変化はなかった。
相変わらず子煩悩のようだし、私に危ない事はするなと言ってくる。 だけどこうやってリジーとローランドをくっ付けようとするイベントばかりが続けば、物語はあくまでリジーの味方だ、そう言われている気がした。泣きそうな顔をするホイットニー
◇ 「一人で城を出る……? そんな身重な体で……?」 とぼとぼと自分の部屋に帰った私を、レェーヴが腕を組んで待ち構えていた。 ホイットニーもいる。さっきの話を聞いて泣いていた。 「うん……直ぐにでも出ようかなと。 ローランドがリジーに恋に落ちてしまったのなら、今後、セイディや大臣達の私に対する風当たりが強くなるはずよ。 毒の件で最悪、濡れ衣を着せられる可能性もあるわ。 そんな苦痛に絶えてまで、王妃でいる必要なんてない。 幸い、アデリナの預貯金はいっぱいあるし、暫くはどこに行っても暮らしていけると思うの。 実家には帰れないわ。お父様は離婚には反対みたいだし…… とにかくもう離婚届を準備するから。 ホイットニー。お願い。私が城を出たらそれをローランドに渡してくれる?」 「い、嫌です……!私はっ、私も一緒にアデリナ様と城を出ます……! お願いです、アデリナ様! どうか私も一緒に、連れて行って下さい…!」 そう言ってホイットニーは、私の隣で、子供みたいに泣いてしまった。 いや……私も泣きたい気分。 「……アデリン。 あんたがここを去るなら、俺がここにいる意味はない。 だから俺も一緒に行くぜ。」 それまで冷静に対話していたレェーヴまでもが、ぽつりと呟く。 「レェーヴ……私に着いて来たら、今みたいな贅沢はできないのよ?」 「…だから?言ったじゃないか。 俺はあんたの腹心だって。 自分の仕える主人に、腹心が着いて行くのは当然だろう?」 格好良くレェーヴが笑った。 まさか、そんな風に言ってくれるとは……&helli
……うん!!!そうだよ!??めちゃくちゃ戸惑ってるよ!?? あの、心優しいはずのヒロインが。 原作でローランドを献身的に支え、彼を愛し、彼に愛されたリジーがまるで悪女みたいに笑う。 「ご想像通りですよ……? 私、今夜はローランド様と過ごしています。 来てくれと頼まれたので…… 当然ですよね。本来ローランド様に愛されるのは、この私なのですから。 始めは焦ったんです。 王妃陛下のせいで、起きるべき戦争が起こらないと分かった時は…… でも、もう大丈夫です。 今夜……予定通り彼が私を愛してくれましたから。 だから王妃陛下はもう用済みなんですよ。」 [ヒロイン補正進行中▷▷▷…… ヒロインには敵わない] 意識してないのにウィンドウが勝手に開く。 中にローランドがいるの……? ウィンドウの文字が、ヒロインには敵わないとはっきり告げている。 まさかもう…ローランドはリジーに完全に落ちたの? だから私に会いにも来ず、あの時も心底疲れた様に溜息を吐いたの……? 「リジー?何をしている?」 それは紛れもなく、ローランドの声だった。 寝室から聞こえてきた彼の声。 確実にリジーを呼んでいた。 「あ、はあい、ローランド様。 今参ります……!」 可憐な声でリジーは返事をする。 それからもう一度私の方を見て心底優越感に浸ったような顔をした。 「王妃陛下……いえ、アデリナ様。 ご自分の立場を忘れないで下さいね? あなたは所詮は性悪妻。 私とローランド様の恋を盛り上げるための、いわゆる《悪役》。脇役なんです
塔に閉じ込められて約一週間。 退屈だ。 あの原作とは違って塔の部屋は快適だったし、頻繁に侍医が来てくれて、胎児の成長が順調かどうかを診てくれる。 結局お風呂の世話も好意的なメイド達がしてくれてるし、用意された食事が妊婦に優しい食事内容だったりする。 妊婦に優しいフカフカのベッドに、大判のブランケットに暖房完備。寒い思いもしてない。 毎回、部屋の掃除もメイド達が来て綺麗にしてくれる。 一応、まだローランドの妻として丁寧に扱われてるって事かな? 何と言ってもヴァレンティンを妊娠中な訳だし、ローランドにとっても初めての我が子だもんね。 そうやって思ったよりも北塔の部屋で快適ライフを満喫していたら、ホイットニーが私を迎えに来てくれた。 「アデリナ様……!お会いしたかったです! 大丈夫ですか?どこか体調が悪くなったりはしてないですか!?」 再会を喜び、ホイットニーは泣きながらは私に抱きつく。 「大丈夫よ、ホイットニー。むしろ動かないから太ったくらいだわ。それよりどうしたの?」 「あ……それが。リジー様が無事に目を覚まされて、ひとまず、それでローランド様が拘束を解く様にと」 「え?……犯人はまだ分かってないのに?」 「はい。……今王室を挙げて捜査中とのこと。 それとローランド様から、アデリナ様に、自分のお部屋に来る様にと伝言が……」 まだ疑いは晴れてないみたいだけど、とりあえず塔からは出して貰えた。 けど……あれからローランドは一度もこの場所に来ていない。 あの時、ローランドに見捨てられた様な気がした。 あれから一週間ぶりに会うけど…… ◇ 馴染みのある、ローランドの寝室までの長い通路を歩く。 暗いからと、近くまではホイットニーが連れ添ってくれた。 緊張する。 あの時のローランドの
どうやっても無理だった。 あのリジーとかいう看護師に心を奪われ、彼女を心底愛してしまったローランドを取り返す事など叶わなかった。 初めから。私はローランドに性悪妻だと思われ、その誤解を解けもしなかった。 ただ彼に愛されたかっただけなのに……… 私のせいで苦労させ、病床についたお父様に代わり、私のために自分の父親であるローランドに反旗を翻した、愛する息子、ヴァレンティン。 夫を取り戻したい一心でマレハユガ大帝国の強力な軍事力で挑んだ戦いにも関わらず、ヴァレンティンの率いた軍は大敗した。 そのまま私は捕らえられ、クブルクのこの北塔で監禁されている。 薄暗い部屋。鼠が這う床。 誰もが私の世話を嫌がり、誰も塔に近寄らない。 ローランドに会ったのは先週だった。 「私はリジーを愛してる。 アデリナ。もう私達は終わりだ。 お前とは離婚する。 もうニ度と…私がここに来ることはないだろう。」 そう言ってローランドは相変わらず私を冷たい瞳で睨み付け、リジーの肩を抱いてこの部屋から出て行った。 その後この戦争で、たくさんの人が死んだと報せを受けた。 私が大切に育てていた、あの精鋭部隊は全滅したと聞いた。 あのライリーさえも、ヴァレンティンを庇って自分が囮になり、討たれたと…… あの者はヴァレンティンのように、私にとても懐いてくれていた。 けどもう二度と、彼の明るい笑顔は見れないのだ。 「すまなかった……ライリー…… 私がお前達を買いさえしなければ…… 精鋭部隊になど育てなければ…… 死ぬこともなかっただろうに。」 罪の意識は絶えず溢れ続けた。 ローランドとの十数年に渡る結婚生活が終わり、戦争も終結した。 塔の中で私はずっと罪の意識に苛
ある日リジーが毒で倒れたという騒ぎが起こった。 確かに原作でのアデリナは、リジーに毒を盛ったことがある。 でもそれはあくまで原作だ。私は絶対にそんな事やらない! 幸い解毒はできたらしいが、リジーは今、療養中らしい。 「私は絶対にやってないわよ……!! だから、私の拘束を解きなさい……!!」 「す、すみません王妃陛下……しかし、命令ですので。」 臨月が近くなり、ただでさえ体が思う様に動かないのに、毒で倒れたリジーの近くに私の髪飾りが落ちていたという。それが証拠だと。 そもそもリジーには一週間ほど会ってないのに、そんな私が毒を盛るなんてバカらしい。 動機は嫉妬だという。 どうやらローランドが仕事で出掛けている間、タウゼントフュースラーの企みでそうなってしまったみたいなのだ。 彼が王宮の兵を勝手に動かし、私を拘束してしまったのだ。 「アデリナ………………」 その現場にやっとローランドが、息を切らしながら現れた。 兵に捕まっている私をローランドは何か物言いたげに見つめて…… 「陛下……っ!私はやってな……」 「はあ。……アデリナをあの北塔へ。 暫く拘禁してくれ。見張りも付けて。 念の為、妊婦だから慎重にな。」 「ロー…ランド………?」 ローランドは心底呆れた様に溜息を吐いた。 ………何それ。何よ、その顔。 「リジーの様子は?……見に行く。 侍医を連れてきてくれ………」 そう言って
その険悪な雰囲気をぶち壊したのは、紛れもなくローランドだった。 床に伏せているリジーをキッと睨みつけ、ローランドはこちら側に素早く歩いて来て、私を庇うように手を握った。 「アデリナは私の妻だ。 クブルクの王妃だぞ。お前達が何の証拠もなしに陰口を言える相手だと思ってるのか? それに今、彼女は私の子を妊娠している。 大事な時期に……お前達は噂だけでアデリナの事を疑うと? 逆にリジー。 アデリナに叩かれたというのが本当なら、今すぐその証拠を見せてみろ。 彼女にやられたという傷やあざが、本当にあるのか?」 「陛……下……」 ローランドの冷たい仕草や表情は、一気に財務大臣や陰口を言った、官僚達を黙らせた。 「いえ……傷は下半身にあるため、王には見せられません………。」 まさに氷みたいに冷たいローランドに睨まれたリジーは、顔を真っ青にし、声を震わせた。 「行こう、アデリナ。 今日の仕事はもう終わった。」 「い……いいの?ローランド……リジーをそのままにしても……」 「問題ない。 もしもお前が彼女を罰したいというなら、話は別だが。」 「ううん。罰なんて別に……」 仮にもリジーはヒロインだ。そんな事を出来るはずもない。 優しく私に笑いかけてくるローランドを見て、また胸がギュッンとなる。 うそ、何これ……心臓の病気? ……心筋梗塞とか? ローランドはリジーを置き去りにし、私と手を繋いだまま、その場を離れた。 ローランドが私を信じてくれている。 それに凄く感動してしまうなんて、近頃の私は本当に変だと思う。 頭では、いつかはローランドがリジーに恋をするのだと分かってるのに。 それなのに、ローランドがリジーの言葉ではなく、私を信じてくれていたから。 まだローランドには、ヒロイン補正がかかっていない? とにかくローランドがまだ私の味方でいてくれて、本当に良かった……… だ