Side ダイ 突然ごろーっちが俺の傍から消えた。本当に突然で本当に消えた。 突然なのはもちろんだが、大学からもバイト先からも消えた。 数年は俺も忙しくて(別に今が暇というわけではない)思いつかなかったが、俺はごろーっちの家に電話をした。 話をすると、今度家に来るようにとの話だった。何だろう?バイト先の社長の家だよなぁ。関係あるかな? 家に行くと、何故だろう?仏間に通された。 遺影がある。社長の両親かな?お母さん美人だな。お父さんはごろーっちに似てるなぁ。この家親戚って言ってたからアリか。 社長から俺は全てを聞いた。109才の死にかけのじーさんが大学生だった事。という事はあの遺影はごろーっちか……。ごろーっちGD(爺大生)だったんだ。 仏壇に花を持ってこなかったことを悔やみ、手を合わせた。 またここに来ていいかと訊ねたが答えはNOだった。「君は父に囚われてはいけないよ」と。言われた俺は固く拳を握り、ごろーっちに別れを告げた。*******「ダメですよ。あなたもこの友人離れしないと。依存されてると思っていたんでしょうが、あなたも依存してたんですよ」「そうなのか……でもばーさんが言うならなぁ」「それと、虎太朗は甘やかしすぎです!」 うおぅ、言い切られた。「ひ孫ができたんだからいいじゃないですか」「ひ孫はいいんだけど、虎太朗が変な女にひっかかっていないかと……」「じじバカです、しっかりして下さいね」「もういいでしょう、いい加減成仏しましょう」「そうだなー。ところで、ばーさんは何で成仏してなかったんだ?」「待ってたんですよ!」 ばーさん赤面 もう大丈夫だろう、きっとうまくいく。 end
息子のうちに電話した。居ても立っても居られなくなった。「あ、お義父さん?お義父さんからも虎太朗に言ってくださいよ!いつまでも大学の研究室に所属してないで、会社継いでほしい。ひいては、お嫁さんとか孫とかー」と聞いた。 うむ。虎太朗が大学の研究室にいるのはよし、学割きくしな。 嫁とか息子が孫とかは知らん。近況がわかったのでもう用はない。 あ、息子に大学出たら息子の会社で働くって伝え忘れちゃった。てへ。 大学院に誘われてるし、来年とは限らないけどー。 ん?体がなんか変だが、気のせいだろう。今までなかったし。 甲高い声が部屋に響く。「佐藤悟朗さん、109才。ご臨終です」「大往生だな」と息子。なんか勝手に決めるなよ。虎太朗は「じーちゃん……」と声を殺している。これが正しい反応だ。さすがは可愛い虎太朗。 ん?っていうか私は死んだのか?大学は? 体も109才になってる。その時肩に手が置かれたのを感じた。ばーさん?「大学生の生活をしてハラハラしたけど、新鮮そうでよかった。ところで、私の事を大学の友人に説明する時は私の若い頃かい?嬉し恥ずかしなんだけど?」「そうだが?」 ばーさん赤面。「成仏したいところだけど、未練があってね。なかなかうまくいかないもんだ」「あら、またじーさんと離れ離れかい?」「少しの間だから」 こうして私は少しの時間を手に入れた。 数年後 何故かダイが出世していた。 不満はあるが、虎太朗は結婚して私にとってはひ孫が生まれていた。
私はこの学科で近代文学についてずっと考察していたが、ダイは何を考えていたんだ?肩の荷は続く。 親御さんも一難去ってまた一難といった感じか? 今は午前も午後も関係なく登校して単位の取得に奔走しているが。 私はテーマと言われると困るな。特定の作家さんに限定すべきだろうか?難しいな。教授と相談した結果『近代文学の今』というテーマになった。 決めてもらえばあとは楽だな。思うままにパソコンに打ち込めばよいから。 なんと?!今は卒業論文をすまほで教授に提出する学生もいるとか……。ダイがやりそうだな。 ダイは確か、現代文学を考察してたな。はて、ダイって読書していたか?答えは否。大丈夫か?胃の腑が痛くなる……。 テーマは『若者の現代文学とのつきあい方』らしい。まず、ダイがつきあってないだろう。 今思った。私は虎太朗が23,4才の時に18才だった。ということは、虎太朗は今、26才くらいか?最近会ってない気がする。 イケメンで高学歴の御曹司ではないのか?変な虫がついてないだろうな?ああ、心配だ。息子のうちに電話してみようかな? 虎太朗にすまほ着信拒否されたらと思うと虎太朗には直接電話できないー!! やっぱダイより虎太朗だよね。
ダイは就職面接を受けた。もちろん不採用。もちろんというのもオカシイけどなぁ。でもダイだし。 いつものバイトのイメージで行ったらしい。 バイト先は我々を『バイトの人間』として見ているから就職面接とは全く違うんだが。「ごろーっちって就活しないのー?」 就活?私はすまほで素早く調べた。私は成長した。すまほでの検索が速くなった。「就職活動か。まぁ、色々なぁ。私も考えてはいる」「ごろーっちなら引っ張りだこだよねー、いーよねー」 だから、私はずっと努力をしてきたのだ。「ダイも何かに力を注ぎ続ければいい。いずれ役に立つ」とだけ言った。 私は専門科目と卒業論文とで時間に余裕ができたのでいつものように息子の会社でバイトをすることにしている。 このこともダイは「いーなー」とか言うが、私には十分な単位があるから問題ない。 こういう所も私の不断の努力とダイの怠惰の違いだろう。 それを「いーなー」と言われても私は困る。 なんと、ダイから驚天動地となる知らせを受けた。「ごろーっち、おはよー!」上機嫌だなとは思ったが、本当に驚いた。「いやぁ、よかったぁー。こんな俺でも一流商社って入社できるんだな」 ん?年寄りとして耳がおかしくなったのだろうか?「俺が一流商社だぜ?キセキじゃね?」 そうだな。明日地球……いや宇宙が消滅するやもしれない。「なんかー、面接官の人と話が合っちゃって採用!みたいな?」 そんなんでいいのか?「あー、ダイ。良かったなぁ。ダイの就職先決まったから言うが、私はこの大学の教授に大学院に誘われている。あと、いつもバイトに行ってるだろ?あの会社にも誘われてる。言うのが公平だろう」「ごろーっち、真面目ー。そっかぁ、わかったー」 何を?それにしてもダイを採用する奇特な一流商社……。ダイは人懐っこいし、うまくやっていくだろう。バイトもできるようになったし。 なんだか肩の荷が下りた気分だ。 しかし教授は言う。「卒業論文のテーマは決まったのか」と。
3年になった。専門科目も増えたのでダイは不満をブツブツ言いながら「ごろーっち、おはよー」と登校してくる。 1年から成長しない男だ。 就職活動も頭の隅になくてはならない。 とはいえ、私は教授に大学院に誘われてるし(試験はある)、息子の会社に正社員で誘われているので問題はない。 問題はダイだ。 とにかく見た目だけでも、脱・チャラ男でないといけない。言動も社会人としてふさわしい姿にならなければならない。 ダイ曰く「ごろーっち、ズルいー」 ズルいのではなく、私の不断の努力なのだから仕方ないだろう。 とりあえず、茶髪にピアスはやめろと言った。清潔感が大事とも言っておいた。 うーん、見た目。どうしたものか。体験すればわかるだろう。バイトのところの10倍は厳しい目で見られる。とも伝えた。 そもそも、ダイはどんな職種に就職したいんだ? なにか『一流商社』というのを耳にした気がするが気のせいだろう。「ごろーっち、俺は一流商社に就職してー、エリートでー、キレーな奥さんもらって老後は楽するんだ」 確かに言ってる……『一流商社』。「ダイ、一流商社に就職するならなぁ、英検とか検定いっぱいないとなぁ」「履歴書にそんなに書けないよー」「うん、書ききれないくらいあるとすごいね。あ、使えるやつね」「今からじゃ難しいなぁー、がんばろー」 と気のない返事をした。 大丈夫か?こいつ。
次の月曜「ごろーっちー。おはよー」と午前の講義にダイが現れた。「アルコールって怖いね」いや、全く。危うく、ダイの介抱をする羽目になりそうだったし。「気づけば見知らぬ女とラブホにいた。正直タイプじゃなかったんだよねー。酔ってたから関係があったかどうかもわかんないし」 だから気をつけろって言ったのに。「悪いな。私に言い寄ってた女を預ける形になって」「そうだよー」「でもダイは『俺にしとかない?』って横から入ったんだ」「覚えてない……」「記憶をなくすほどの飲酒はダメだ。自分の限界を知ることだな。昨日のお前は明らかに限界を越えていた。浮かれてたしな。ほら、講義始まるぞー」「ゔ―、頭痛い。帰るー」「コラ!さっき来たばかりだろう?自業自得だ」 ダイのような学生ばかりでないと願うばかりだ。 私はダイについて考えるようになった。 あんなに軽くて将来やっていけるのだろうか?今は私が近くにいるがいずれは離れるのだ。むしろ離れたい。「ごろーっち、おはよー!」と爽やかに現れた。「学食行こーぜ、学食」久しぶりに午後から登校でなんだか元気いっぱいだなぁ。 うーん、社会はそんなに甘くないぞ。減給・首切り・左遷……なんでもアリだな。親御さんの胃腸がしのばれる。「ダイ、そんなにダラダラ生活していては社会に出てから苦労するぞ。お金が稼げない人間に人はついてこない。すなわちモテない。と言っているのだ」 この私の『モテない』という言葉が功を奏したのか、次の日からは規則正しく……にはまだ遠いが前よりはマシになった。 とりあえず、教授達と親御さんの胃腸も少しは守られた。 だが、ダイは恐るべき三日坊主だった……。「ごろーっちぃ~、おはよー」と消え入るような声で声をかけてきた。「低血圧なのか?」と聞いても「いたって普通」と答えるし、手の打ちようがない。 もう教授達と親御さんの胃腸は祈り、神のみぞ知るといったところだろう。