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第108話

Author: 栄子
こういう高級レストランは評判をとても気にするものだ。

悠人がこんな風に泣き叫ぶと、他の客の食事の邪魔になる。

支配人は慌てて近づいて説得した。「申し訳ございませんが、当店では他のお客様もお食事をされております。他のお客様へのご迷惑となりますので、お子様を落ち着かせていただけますでしょうか?」

「それは誤解だよ!」輝は少し離れたところにいる遥を指さした。「あちらがこの子の本当の母親だ」

支配人は遥の方を向いた。

「桜、桜井さん?」支配人は首を横に振り、全く信じられないといった様子だった。

支配人は輝を見て、営業スマイルを浮かべて言った。「冗談でしょう?確かにお子様は桜井さんと一緒に来られましたが、ずっと桜井さんのことを『遥おばさん』と呼んでいましたよ。むしろお連れの方を、お子様は『母さん』と呼んでいます。どちらが本当の母親か、一目瞭然でしょう!」

輝は疑問に思った。

この子、外では遥を「遥おばさん」と呼んでるのか?

ふん、面白いな。

輝は綾を見て、片眉を上げた。「産んだくせに認めようとしないのか?サブアカウントで暴露したら、彼女はスキャンダルに追われるだろうな」

綾は遥を見つめた。

遥は相変わらず動かず、明らかに悠人を自分の子供だと認めるつもりはなかった。

それを綾は特に驚かなかった。

遥はこの数年、芸能界で「国民的初恋」「清純派女優」のイメージを築き上げてきた。その彼女が5年も前に未婚の母親になっていたなんて、ファンに知られたら大変なことになる。

ただでさえ、前回の熱愛報道から、遥の男性ファンはひどく落胆し、SNSのフォロワーは1000万人近く減るなどと、ファンの離脱が激しかったのだ。

それ以来、遥はSNSやメディアの前では恋愛についての話題に触れなくなったのだ。

またフォロワーが減るのを恐れているんだろう。

遥は自分の仕事をとても大切に考えているのが分かる。

女性が好きな仕事を持つこと自体は、何の問題もないと思う。

だが、なにかを得るためには何かを失うのも当然のことだ。遥は仕事も息子も欲しいくせに、リスクは一切負いたくないという。そんな都合のいい話があるわけがない。

そう思うと、綾はますます滑稽に感じた。

誠也が遥を愛し、彼女のために尽くすのは彼の勝手だ。だが、自分までどうして遥の身勝手さに付き合わされなければならないん
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