楽しかった休みも終わり、ワールドチャンピオンシリーズの本戦が本格的に始まった。この段階ではまだオンラインの試合だけど、プレーオフになれば世界のどこか広い会場での試合になる。
(去年は出場できなかったけれど、今年こそは……!)
そう思っているのはチームのメンバーも同じらしく、ハルさんもサブリーダーとして仕事に気合いが入っているようだった。
「次に対戦する韓国チームの情報、送っておくから各自見といてー」
チームのオンラインミーティング中、ハルさんが独自に集めた情報を全員に共有してくれた。
「ありがとうございます、ハルさん」
「今年は韓国が強いもんな。現時点でうちが12位、チームアリゲーターは5位か……」
そう呟いたのは、防衛のチームの要であるxenofireことゼノさん。ハルさんと同い年で、最年少の俺にも丁寧に教えてくれるいい人だ。
彼の言葉に皮肉っぽい笑みを浮かべたのは、今年チームに入ったばかりのNovaさん。
「見るなら、上を見ようぜ。ゼログラで日本最強のイグニスは2位だよ」
「どの道、上位8位までに入らなきゃ、プレーオフには出られないからな……。練習時間、少し増やそうか」
最年長のリーダーであり、カシラゲームズ歴の長いKaiことカイさんがそう話す。
攻撃チームがハルさん、カイさんと俺の3人で、防衛チームがノヴァさんとゼノさんの2人。
この5人がカシラゲームズの今のメンバーだ。プロのチームは色んな理由があって入れ替わりが激しかったりするけれど、去年からはずっとこのメンバーで頑張っている。
「練習時間増やすの、賛成です。次の試合も勝ちたいし」
俺が言うと、ゼノさんがにやけた顔で笑った。
「おっ。最年少がやる気だ~」
「からかわないでくださいよ。……本戦プレーオフの舞台なんて、みんな出たいに決まってるんですから」
「今年はアメリカのロサンゼルス開催らしいからな」
「あっ! 俺、カジノ行きたいか
俺の読みはほぼ当たっていたらしく……北の施設に向かってしばらくすると、本拠地のフラッグ周辺は戦場になった。「イオリっ! この要塞基地を攻めて来ているのは、現状4人だ!」「小神野悠馬が来てる。ひどい銃撃戦で、そんなには持たないぞ」敵チームの攻撃を、ゼノさんが扱う鉄壁のブルワークを中心に何とかしのいでいるみたいだが……戦況はなかなか厳しそうだ。「俺が他の拠点を奪還するまで、耐えてください!」「了解、急げよっ!!」いつもはマイペースなノヴァさんの、余裕のなさそうな声が返ってきた。俺は機動力の高いヴァイパーで、北の地下施設までの道を急ぐ。火山のある山岳地帯。目立たない入り口から中へ入ると、奥にフラッグが見えてきた。俺たちの基地を攻めているのが4人ということは、あとひとりはこの堅牢な施設を守っているはずだ。周囲に警戒しつつ進んでいくと、銃弾が飛んでくる。ギリギリで避けて、銃撃戦に突入した。(……っ! さすがに強いな)敵の使っているキャラクターは守りに特化した、鉄壁と呼ばれるブルワーク。まともに弾を受ければ耐久力の差で負けることは必至だった。ただ、幸運なことに、この地下施設と操作キャラであるヴァイパーとの相性は――最高だ。俺は固有のアビリティで毒ガスを出すと、シールドが破壊されて弱った相手をライフルでハチの巣にした。「地下施設のフラッグ、取れましたっ!!」「ナイス! 他の空いた基地も、そのまま占領できるか?」「やってみます!! ……耐えられますか?」「カイがやられたけど、こっちもひとりキルしてるし、何とかするっ!!」「さっきからyumaの姿が見えない。もしかしたらそっちに行ってるかも……気をつけろよっ!」「わかりました!」うちの最強防衛チームふたりが、代わる代わ戦況を伝えてくれる。俺は西の港に走ってフラッグを取り、ついでに南の工業団地へと足を運んだ。(誰もいないはず、だけど……)さっきの忠告が胸をかすめ、ライフ
ゼログラは近年アップデートが頻繁に入るようになり、マップの種類も格段に増えた。ただ、今回の一戦は初期からあったいつものマップで、俺たちは運よく東の要塞基地を本拠地として引き当てた。クエーサーが工業団地、フェニックスフォースが港、そして……。(チームアリゲーターは北の地下施設か……。手ごわいな)火山帯のエリアにある地下施設は、本拠地として最も強固な砦だ。本拠地ガチャとしてはいちばんの当たり。司令塔のカイさんがイヤホン越しに俺たちに指示を出す。「ハルとイオリ、ふたりは南の工業団地へ。俺はチームアリゲーターの攻撃を警戒して防衛部隊とここに残る」「了解」「俺が先行します、ハルさん」「頼んだ」というハルさんの声を聞きながら、俺はクエーサーの本拠地へと走る。途中で手に入れたライフルのスコープをのぞくと、工業団地のフラッグが見えた。防衛部隊の数は2人だ。――いける。「俺がオトリになって、裏側から敵の部隊を引きつけます」「わかった。捕まるなよ」「大丈夫です。……俺は今日、ヴァイパーですから」キャラクターの選択については、俺は今でもルークが好きだ。上手く裏をかけたときは特に気分がいいし、相手の先回りをするような攻撃の仕方は俺の性にも合っている。でも、色んなキャラクターを練習していくうちに、先輩がいつも使っていたヴァイパーの良さにも気がついて――。今では2番目によく使うキャラクターになっていた。体力がない代わりに機動力が高く、素早い動きができる。俺は工業団地のフラッグに裏から侵入し、防衛チームをライフルで陽動した。ヘイトが十分に集まったところで、『スナイパー』という長距離射撃のキャラを使ったハルさんが次々とヘッドショットを決めていく。「ナイスです、ハルさん!」「イオリもナイス! ……で、この後どうする? カイ」「……っ! 本拠地が攻撃されてる! 悪いけど、戻れそうか?」「わかった。イオリ、行ける?」「はいっ!」
煌びやかなライトの装飾に彩られた、アリーナでのプレーオフが始まった。オフラインでの開催ということもあって、会場内はゼログラが好きな人たちや、各チームのファンで賑わっている。プレーオフは全世界の地区大会を勝ち抜いた計32チームで争われ、Aグループに振り分けられた俺たちは初日の試合、8チームの中で上位6チームを目指すことになった。(チームアリゲーターとは……離れたな)グループ分けガチャではゼログラで日本最強と言われるチーム、イグニスとも離れたみたいだ。戦ってみたい気持ちもあったから、ちょっと残念な気もする。「まぁ、勝ち抜いていけば、そのうち当たるでしょ」明るく言うゼノさん。俺たちは初日の5試合を総合3位で勝ち抜け、無事に2日目の試合に進めることになった。「あのさ……ちょっと、みんなに話しておきたいことがあるんだけど」試合後、チームのメンバーを集めたのはリーダーのカイさんだ。「どしたの、急に」マイペースを崩さないノヴァさんの問いかけにも、彼は真剣な表情を崩さない。「……もう、契約絡みの話は済んでるから、あとはメンバーだけなんだけどさ……。俺、この大会が終わったらチームを抜けようと思ってるんだ」「はぁ!!?」「ちょっ……なんで、いきなりっ」「これは前から話してたと思うけど……単純に力量の話だよ。俺が隊長で、国内では成績を残せても、たぶん世界では難しいと思うんだ」淡々と話す彼に、ハルさんが珍しく声を荒らげる。「……だとしても、それはさすがに今する話じゃないだろ!? 大会の途中だぞ!? ここまで、みんながどれだけ頑張ってきたか……」「だな。それに、今日だって成績は3位で……決して悪くないんじゃないかと思うけど」ゼノさんがフォロ
楽しかった休みも終わり、ワールドチャンピオンシリーズの本戦が本格的に始まった。この段階ではまだオンラインの試合だけど、プレーオフになれば世界のどこか広い会場での試合になる。(去年は出場できなかったけれど、今年こそは……!)そう思っているのはチームのメンバーも同じらしく、ハルさんもサブリーダーとして仕事に気合いが入っているようだった。「次に対戦する韓国チームの情報、送っておくから各自見といてー」チームのオンラインミーティング中、ハルさんが独自に集めた情報を全員に共有してくれた。「ありがとうございます、ハルさん」「今年は韓国が強いもんな。現時点でうちが12位、チームアリゲーターは5位か……」そう呟いたのは、防衛のチームの要であるxenofireことゼノさん。ハルさんと同い年で、最年少の俺にも丁寧に教えてくれるいい人だ。彼の言葉に皮肉っぽい笑みを浮かべたのは、今年チームに入ったばかりのNovaさん。「見るなら、上を見ようぜ。ゼログラで日本最強のイグニスは2位だよ」「どの道、上位8位までに入らなきゃ、プレーオフには出られないからな……。練習時間、少し増やそうか」最年長のリーダーであり、カシラゲームズ歴の長いKaiことカイさんがそう話す。攻撃チームがハルさん、カイさんと俺の3人で、防衛チームがノヴァさんとゼノさんの2人。この5人がカシラゲームズの今のメンバーだ。プロのチームは色んな理由があって入れ替わりが激しかったりするけれど、去年からはずっとこのメンバーで頑張っている。「練習時間増やすの、賛成です。次の試合も勝ちたいし」俺が言うと、ゼノさんがにやけた顔で笑った。「おっ。最年少がやる気だ~」「からかわないでくださいよ。……本戦プレーオフの舞台なんて、みんな出たいに決まってるんですから」「今年はアメリカのロサンゼルス開催らしいからな」「あっ! 俺、カジノ行きたいか
その日は部屋についている露天風呂に一緒に入ってから夕食を取り、和室に置いてあったレトロゲームで夜中まで遊んだ。次の日は昼すぎに起きて、温泉街を見て回る。部屋に戻ってまたゲームで遊んでいたら、すぐ夕食の時間になって――。「2泊、あっという間だったな」「ですね。次は、もうちょっとゆっくりしてもいいかも」部屋の露天風呂からは外の自然豊かな景色が見えて、川のせせらぎが聞こえてくる。ぽつぽつと灯り始めるあかりをふたりで眺めながら、「明日からまた練習だな」とそんな話になった。「どっちも楽しいですけどね。ゼログラが思う存分できる、今の環境はすごく恵まれてるから」「それは俺も同感」でも、とためらいがちな声の後、先輩の動く気配がした。頬に手を添えられ、先輩の方を向かされる。「景色よりも、俺を見てよ」とでも言いたげな仕草がかわいかった。目を閉じれば、そっと口づけられる。「こうして一緒にいられるのは久しぶりだったから……俺は、ちょっと嬉しかったな」髪を、梳くようにして撫でられる。こめかみをぬるいお湯が伝うのを感じながら、俺は小さくうなずいた。「俺もですよ。高校1年の……あの生活に戻ったみたいだなって思いましたから」自分から言ったくせに、興味がなさそうに「ふぅん」とつぶやく先輩。(……本当は嬉しいくせに)俺はそんな先輩の頬を両手で挟み、その瞳を真っ直ぐに見据えて言った。「だけど……俺はもう、しばらく先輩には会いません」「……なんで」「ちゃんと勝ちたいから……です」言葉は、心の底から出た本音だった。俺は先輩の背中を追いたいわけじゃなく、隣に並んでいたい。対等にライバルとして……。「じゃ、俺になんて一生会えないじゃん」
2時間に及ぶドライブは、まるでアトラクションにでも乗っている気分だった。運転自体に大きな問題があったわけじゃないけれど、先輩はやっぱり短気なんだということがよくわかった。レースには向いていても、長距離ドライブにはまったく向いてない。「こんなに酔うんだったら、電車で来た方がよかったかな」旅館に着いてすぐ、先輩は自販機で水を買ってくれた。俺は近くのベンチでうなだれながら、それを受け取る。「ありがとうございます……。ちょっと休んだら、たぶん大丈夫なんで」「……本当に?」サングラスをTシャツの襟に引っかけた先輩が、ぐっと顔を寄せてきた。(うっ……。改めて見ると、先輩ってやっぱりビジュがいい……)シルバーアッシュの髪に、グレーがかった不思議な色の瞳。長くて繊細なまつ毛。学校や部屋以外の場所で見るとその魅力はいちだんと光っていて、周りにいるお客さんたちもこちらをちらちらと気にし始めているようだった。「行きましょうか。……部屋、取ってくれてるんでしょう?」「え? あ……うん」俺は先輩の手を取って引き、受付のカウンターへと向かう。先輩が取ってくれたという客室はとても豪華で、テレビを観ながらのんびりとくつろげそうな和室のほかに、キングサイズのベッドがある寝室や広いシャワールームがあった。客室露天風呂のそばには小さなサウナもついていて、設備も広さも申し分ない。「すごい……先輩の部屋より広い」ついそんな感想を漏らせば、先輩に後頭部を叩かれた。「いてっ」「俺はインドア派だから観光とかそんなに興味ないし……2泊もするなら、部屋でゆっくりできればって思ったんだよ。どうせ、伊織だってそうだろ?」「あっ、そういう決めつけって良くないと思います! ゲームが好きだからインドア派とか」