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38:呪い

last update Last Updated: 2025-07-05 17:36:29

「ゼノン!!」

 彼の魔力世界から追い出された私は、ベッドに寝かされたゼノンの手を取った。

 呼びかければぼんやりと瞳を開ける。かすかに返事もしてくれる。

 けれどもすぐにまぶたは下り、薄く開いたままの唇は言葉を紡がなくなってしまった。

 もう一度魔力を通そうと思っても、強固な拒絶を突破できない。

「何事ですか?」

 医師に問われて、私は事情を説明した。

 魔力に詳しくない彼では手が出せないと思ったが、藁にもすがる思いで対処法を問うた。

「申し訳ありませんが、わたしの力では……」

 医師の答えに落胆する。

 けれど諦められるはずがない。ゼノンの命がかかっているのだ。

 何としてでも治療法を調べて、冥府の神の呪いを解かなければ。

「神……」

 ゼノンは『人間の力では太刀打ちできない』と言った。

 では神ならどうだ。女神様なら?

 私は祈るような気持ちで、医務室を飛び出した。

 女神様は私の話を聞いてくれた。

 焦るあまり息が上がる私をなだめて、侍女がお茶を持ってきてくれた。

「冥府の神の呪いですか……」

「女神様は、ご存知でしたか」

「ええ。過去の大戦で、何人もの聖騎士がこの呪いで命を落としました」

「そんな! 女神様のお力を持ってしても、解呪ができないのですか!?」

 ぎゅっと手を握りしめる。左手の婚約指輪が手に食い込むようだ。

「本来であれば、あの呪いは即死、もしくはもってせいぜい数日のはず」

 女神様は言う。

「けれどもゼノンは長く持ちこたえています。そこに、解呪のヒントがあるかもしれません。エリー」

 彼女の視線を受けて、私は背筋を正した。

「ゼノンの魔力世界で、彼の人格に会ったと言いましたね。彼は明確に意識を保っていたと」

「はい」

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