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37:帰らぬ帰還2

last update Dernière mise à jour: 2025-07-04 11:35:57

 周囲の手を借りて、ゼノンを医務室へと運び込む。

 すぐに医師が呼ばれて診察が始まった。

「医術の診察の範囲内では、大きな異常はないようです」

 診察を終えて医師が言う。

「あとは魔術士殿の見立て次第ですが、十分な休養を取ればいずれ治るかと思います」

 私は黙って首を振った。そうであってほしいが、そうだとはとても思えない。

「魔力を介しての診察を行います。身体に異常がないのであれば、魔力や精神に損傷があるのかもしれません」

「お願いします」

 少し迷って、指に婚約指輪を嵌めた。これがあればゼノンをより感じられると思ったのだ。

「ゼノン、これから魔力を触るからね。違和感があったら教えて」

「……はい」

 ゼノンは意識があるが、どこかぼんやりしている。女神様に報告した際は、きっと気力を振り絞っていたんだろう。

「あ……その指輪。僕のこと、忘れていなかったんですね……」

「忘れるわけないでしょう。……ゼノン?」

 彼はふとまぶたを閉じて、それっきり答えなくなってしまった。

「…………」

 眠っているだけだと信じたい。緊張の糸が緩んで寝てしまっただけだと。

 彼の手を握る。ひやりと冷たい。

 私はゆるく目を閉じて、彼の魔力に同調を始めた。

 ゼノンの魔力はよく知っている。この三年、訓練の時間を通して何度も読み取ってきた。

 地属性は広大な大地に。

 氷属性は降り積もる雪と霜に。

 そして闇属性は夕暮れに降りる夜のとばりとして、彼の世界を形作っている。

 十五歳で彼の訓練を始めた時、この世界は寒々しい光景だった。

 けれどそれから時間をかけて、ゼノンは変わった。

 大地は豊かな緑の野に。

 降り積もる雪は雪下に生
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