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3.白藍 - 2

last update Last Updated: 2025-08-08 08:00:00

 昼時だ。当然、黒ノ森のバイト二人も休憩中だった。

 学生が授業中の平日は、二人にとっても少し余裕がある時間帯である。

「なぁ、今日さ。霧ちゃんと彩が会ってんだ。多分今頃」

 ハランの魂胆は見え見えだったが、流石に蓮は聞き流す事は出来なかった。

「なんで ? あいつらネットの中だけの付き合いだったろ ? 」

「俺が仲介したんだよ。だって話聞いたら二人とも会いたがってたしさぁ」

 蓮は霧香の行動にどこまで介入してもいいのか、いつも悩んでいる。プライバシーの問題もある……と言うのは建前で、自分の意のままに行動して欲しいとは口が裂けても言えない。

「……ふーん。でも彩は……あいつ大丈夫なのか ? 女性スタッフと喋ってるのも見たことないけど……」

「これで慣れてくれれば面白いじゃん」

 何が面白いというのか。ハランは蓮をいじりたくて仕方がないのか、それとも他意があるのか誰も理解できない。

「だって、ギターとベースだし丁度いいじゃん。

 彩はほら……あいつは元々人並み以上にメンバーにも高い技術を求め過ぎる。前回もそれで破綻してるし。

 霧ちゃんなら彩の要求に全部応えられると思うんだよね」

「霧香は魔法で演奏してる。彩がそれを知った時、絶対同じことになる」

「ん〜。じゃあ、そうなる前にお前、同じベースなんだから教えてあげれば ?

 今は魔法を補助輪代わりにして、バレる前に移行すればいいじゃん ? 」

「俺のベースと霧香のベースはラインが違いすぎる」

 その時、ハランのスマホにメッセージが届く。

「噂をすれば霧ちゃん」

 笑みを浮かべて液晶を蓮に向ける。

「えーと……『会話が続かなくて』……困ってるって ! あはは。まぁそうなるか」

「だから言ったじゃん」

「でも、待ち合わせ十二時で、今十三時だから……彩も逃げ帰ったりしてないみたいだし。案外、いい感じかも ? 」

 ハランは蓮にわざとカマをかけるような言い方をするが、蓮もそれに気付いているからこの二人の日常はいつもハランの一方的な冷やかしで終わる。

「じゃあお前が通訳にちょっと行って来たら ? すぐそこじゃん」

 むしろ、心にも無いことを言う蓮が面白いのだろうが、ハランは自分でも口から出る話題が霧香のネタが多いことに自分で気付いていないのだ。

「今月、シフト少なめに入れたからキツいなぁ〜。

 あ、そうだ ! あいつ ! 恵也ってメン募待ちじゃなかったか ? すげぇ喋るヤツだし、合流させてみようぜ」

「はぁ……。どうでもいいよ。危険さえ無けりゃ別にどこで何してようが……お前も世話やきすぎ」

「だって霧ちゃん、可愛いじゃん。俺は逆に得体の知れない奴に捕まるより、知り合い同士でバンド活動してくれた方が安心。それでうちの店に来てくれたら、あいつらのファンもここに集客出来るし」

 ハランはスマホで連絡を取り合いながら、仲介をファミレスに向かわせる事を霧香に送信する。

「ファンって女ばっかじゃん。あいつら楽器やんねぇからピックとかステッカーくらいしか買わねぇじゃん。正直邪魔」

「……そうは言うけど、お前もファンの子に手を出す癖治さねぇと。愛想尽かされるぜ ? 」

「誰に ? 」とは聞き返さない。

「俺たちのバンドのファンじゃないし、ちゃんと成人してるよ」

「ん、でも、霧ちゃんから見たら、どうだろうなぁ」

 蓮は足を組みかえて、少し笑うように溜め息をつくだけだった。

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