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05

Author: 仲原
last update publish date: 2026-08-10 08:30:00

 そうやってどれくらい意識を失っていたのだろうか。

「次は、…………」

「っっ!!」

 耳が捉えた音に驚き目を見開いて飛び起きる。

「…………です。…………です。お出口は右側です」

 駅の名前を聞きそびれてしまったたため、一瞬どこに停車するか分からず酷く焦ってしまう。だが、幸いにも停車駅などを表示するために設置されている車内ディスプレイを見れば、現在の運行状況を確認することは可能なことを思いだし、慌てて視線をディスプレイへと向ける。目的地が次の停車駅であることを理解すると、膝の上から滑り落ちそうになっている鞄を抱えて急いで立ち上がった。

「……はぁ、はぁ……」

 別に駆け足になる必要は無かったはずだ。それなのに逃げるように飛び出したホームで大きく揺らす肩。後から降りてきた同駅の利用者は、こちらの行動を訝しげに眺めながら警戒するように脇を通り過ぎていく。

「…………」

 変な人だと思われたのだろう。何となく、それが分かって気持ちが落ち込んでしまう。

「早く……帰ろう」

 何だか。今日一日で物凄く疲れてしまった。

 帰宅途中で近所のコンビニへと寄り道をし、珍しく手に取ったアルコール飲料。業務の忙しさからか、滅多に飲む機会のないそれに付け合わせる食べ物を幾つか物色し、レジへと並ぶ。

「ん?」

 いつもならば。この時間は顔馴染みのバイトが、カウンターの向こう側に立っているはずだった。

「あれ?」

 しかし、何故か今日に限って初めて見る中年の男性が作業を進めている。

「ポイントカードなどはありますか?」

 言われて携帯端末からアプリを表示し、バーコードを提示して読み取って貰う。向かい側の男性の胸元にあるネープムレートには店長という言葉。

「料金は…………になります」

 先程表示していたアプリから支払い用の決済アプリに切り替え、もう一度提示した携帯端末。

「あの」

「はい?」

 幸いにも、現在のレジ作業は自分が最後の客のようで。後続がいないことを確認してから口にしたのは、先程感じた疑問についてだった。

「今日は、いつものバイトの人じゃないんですね」

 その言葉は、特に意味があって聞いたものではない。

「はぁ」

 何故それを気にするのかと男性は眉間に皺を寄せるが、取り繕うように「何回か話したことがあるもんで」と言葉を濁すと、特に警戒することも無く疑問に答えてくれた。

「体調を崩してるのか知らないけど、何か連絡つかないんですよ」

「え?」

 急に休まれると、こっちも困るんだけどねぇ。深夜帯とは言え、客が全く来ない訳では無い店内には、確かに疎らに人の姿が確認出来た。昼の業務も兼任している責任者としては、深夜に働くという条件で雇ったのだから、無断欠勤は勘弁して欲しいと思うのも当然だろう。

「これが続くようだと、今後どうするかを考えないといけないから勘弁して欲しいんだけどね」

 疲れからきた気の緩みだろうか。盛大に溜息を吐きながら店長はそう愚痴を零し、レジ袋に商品を詰めてレシートを渡してくる。

「早く、連絡が取れればいいですね」

「本当だよ」

 お疲れ様です。その言葉を残し店を出ると、生温い風が頬を撫で通り過ぎていく。家までの距離はもう少し。怠さを訴える身体を無理に動かすと、重い足取りで残りの距離を進み続けた。

「ただいまー……」

 帰宅し電気を点けて言葉を投げても、同居人の居ない空間から帰ってくるのは沈黙だけだ。

「疲れた」

 買ってきた品物はいったん冷蔵庫へ。着ていた衣服を脱ぎながら向かう先はバスルームで、さっと汗を流しさっぱりしたところで、漸く今日が終わることを実感する。

「もうちょっとしたらゲームするかぁ」

 洗濯物は機械に入れられないものを除いて残りを洗濯機へ放り込み、ジェルボールタイプの洗剤を追加してから機械を動かす。直ぐに流れる水の音が少しずつ洗濯槽に溜まっていくのを暫く眺めた後、キッチンも戻って晩酌の準備に取りかかる。

「明日は……」

 壁に掛けたカレンダーを見ながら確認するのは本日の曜日だ。

「休みだな」

 こうやって言葉にすることで確認しておかないと、今日がいつで何曜日なのかをすぐ忘れてしまう。子どもの頃はそんなことも無かったのに、毎日が同じことを繰り返すようになってから、曜日と時間の間隔がどんどん曖昧になっているような気がして頭が痛い。

「仕事。嫌いじゃねぇんだけどなぁ」

 それでも、いつまでもこの生活を続けていられるほど、身体が丈夫というわけでは無いのかもしれない。

「どこかで気持ちを切り替えねぇと」

 比べてしまう、他人と自分。少しずつ蝕まれていく平常が、異常の方が当たり前なんだという状況へと塗り替えられていくため、消費されていくのは正気の残り指数だ。おかしいと気が付く時には多分もう、後戻りが出来なくなっているのかも知れない。そんなことを考えはするが、未だにその状況を変えようと思えないのは単純に、今の生活を捨てることが怖いと感じてしまうからだろう。

「転職……かぁ」

 幾度となく考えたことのある選択肢。決断するなら早めにしろと訴える自分を無視して、惰性で続ける社畜生活。増えていくのは通帳の残高。減っていくのは時間とまともな精神状況。その現実を認めたくなくて仮想現実に逃げる日々が終わるのは、一体いつのことになるのだろう。

「取りあえず、デイリーだけでも片付けておかないと」

 もうすでにルーチンワークとなってしまっている一連の作業で、起動させたPCの前にスタンバイ。小さな音を立てながら処理を始める電子機器は、プログラムの読み込み段階をリアルタイムに実況してくれる。オペレーションシステムが完全に起動しアプリが使用できる状態になって動かしたカーソルは、昨日遊んでいたゲームとは異なるゲームのアイコンへと重ねられる。

 カチカチッ。

 鳴った音は早めの二回。直ぐにゲームを読み込んでいるムービーへと切り替わり、プログラムのロード時間を示すバーが左から右へと進んで行く。見慣れた画面に使い慣れたキャラクターが一瞬表示された後、課金して得た報酬を受け取る画面に切り替わる。

 必要最低限のノルマ。クリアした報酬を全て回収してしまえば、次のゲームへとシフトする。そうやっていくつかのアプリを梯子し、最後に残ったものが昨日寝る前に進めていたゲームである。

「あー。そうか」

 起動して直ぐに気が付くのは、通常パートに戻れないシナリオを進行中だったということ。

「これ、最後までやらないとデイリー開放されないやつだ」

 時計を確認すると、日付を超えるまでにはまだ一時間ほど残っている。とは言え、デイリーの更新条件は午前四時から五時に切り替わるのが殆どだ。のんびりやっても今日の報酬は回収出来るはずだと判断し、まずはストーリーを進めることにしてコントローラーを握る。

「くっそ」

 新しいゲームだからか、まだ操作に慣れないところが多い。先程までやっていたゲームの操作に引っ張られているのもあり、キーポジションのせいで誤爆して吹き飛ばされてしまうアバター。直ぐに復帰はするものの、ダメージを受けた分の体力ゲージは黒に染まり、回復アイテムが枯渇してしまったせいで、追い込まれた状態は非常にシビアなものだった。

「どっかにセーブポイントないかな?」

 ポーズ画面に切り替えマップを開きアイコンの位置を確認すると、進行方向に開放されていない転送ポイントがあることに気が付く。

「ここまで行ければ回復出来るな」

 それが分かればやることはシンプルだ。画面上に居る敵の動きを把握しながら、なるべく接触しないように慎重に進んで行く。そうやって到達した転送ポイントで体力を回復すると、いったん作業の手を止めアルコールの缶を手に取った。

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