「香澄ちゃんは ? 」
「あいつも親が来るって」
「そうか……」
重明が運転する軽トラの中、二人はぎこちない会話をしていた。
「……仏さん、見たのか ? 」
「たまたま通りかかったから」
重明は自分の言いたいことが纏まらなかった。自身の子が人と違った嗜好を持っていたら…… ? 親は矯正するべきか。どう矯正するのかも分からない。無理に強制したら、隠れて、更にエスカレートする事も考えられる。
そもそも蛍は、外では何もトラブルを起こしたことなどない。勉学も上の中。家業だって手伝っている。経理を任せても、金をくすねる事なども無かったし、それを面倒見ていた従業員からも好かれていた。 口数少なく、遺族の前に出すには無愛想すぎるが、女性社員は皆口を揃えて「男の子はみんなそんなもの、今はそういう年なだけだ」と言う。一方、蛍は重明の重い会話にうんざりとした様子で車のテレビ音量をあげる。
『速報です。今朝方、西湊駅前の旅館の屋上から飛び降りた女性の身元が判明しま……』
反射的に、重明は別のチャンネルに切り替える。
「どうせ朝見て知ってる事を、今更隠さなくても……」
「見る必要なんかない。
いいか ? 負の死より美しい死をいつでもイメージするんだ。 御遺体がどんなでも、俺たちに求められるのは、いつでも美しい最後だ。それをプロデュースする事」『今日は暑くなりそう〜。皆さん洗濯物は本日がオススメです〜。続いては全国ニュースでーす』
「俺たちは、いろいろな御遺体を相手にする。老人も、まだ喋れないような赤子の時もあれば、突然の事件で命を奪われた人、今日みたいな自ら命を絶つ人いろいろだ。
だが、皆平等に送り出す。 皆平等に、綺麗にして、最高の状態で人生の最後を任される誇りのある仕事なんだ」蛍にとっては聞き飽きた言葉だった。父親の仕事は尊敬している。職場環境も決して大きくない個人の葬儀屋。少ない従業員数でも皆が人生の最後に力を注ぐ素晴らしい仕事だ。
しかし重明の言葉には、やはり出てしまう。自分の中にある獣を恐れた言葉の切れ端。故に蛍も余計につっけんどんに返事をしてしまう。「……皆平等と言うなら戒名も一律料金にすりゃいいのに」
「おめぇ、そんな話してる訳じゃねぇ ! 」
「湊駅で降ろして。図書館で勉強してから帰るよ」
「……」
蛍には理解出来ている。
だが「何かがおかしい」と勘づいた上で出てくる、重明の言葉の羅列が嫌で仕方がない。 まるで自分の何もかもを否定された気分になるのであった。『一昨日、南湊市に住む芸術大学二年、山本 美果さん二十歳が行方不明になった事件で、大学駐車場の防犯カメラが一部始終を……』
「夕方までに帰ってこいよ。明日の用意がある」
「分かってるよ」
蛍は学生鞄を手に、重明とは目も合わせず降りて行く。
「はぁ……」
重明は深く溜め息をつき、息子の背中を眺める。自分の口下手さが嫌になるのであった。
□□□□
蛍は図書館まで行くと、中には入らずに入口の芝生に入り、噴水に腰をかける。
他には幼児を遊ばせている親子が一組いるだけだった。まだまだ初夏だ。少し暑くはあるが、この図書館の建築と噴水、それにはしゃぐ幼児も嫌いではなかった。ただし、「キャッキャ」と騒ぐ声だけは別だ。 スマートフォンを手に取りイヤフォンをすると、すぐにサブスクリプションで映画を再生する。 台詞を覚える程観た映画。公開当時は数々の賞を何冠も受賞したスリラー映画。 殺人鬼のセリフを先取りして呟く。「お前を殺せる日が来て光栄だ」
『お前を殺せる日が来て光栄だ』 「一目見た時から心に決めていた」 『一目見た時から心に決めていた』 「最後に言いたいことはあるか ? 」 『最後に言いたいことはあるか ? 』「頼む……早く殺してくれ……」
その後、イヤフォンに響く強烈な俳優の叫び声。
目の前の溢れる噴水の水を見ながら。 吹き上がり、重力に任せて思い思いの方向へびちゃびちゃと落ちる水玉。噴水の枠に時折はみ出てべちゃりと落ちる水も、激しい水の吹上がりの産物。 蛍はその様子を見ながら、何度も浄化するように深呼吸をした。 劇中の男は息絶えた。 殺人鬼は手を大きく広げ、最後のセリフの為小さなブレス音がイヤフォンに入る。『……ッ……──』
そのストーリーの佳境、突然のバイブレーション。
メッセージアプリのポップアップで映像が隠れ、セリフの音量も掻き消された。「チッ……ったく……」
蛍は大きな邪魔に溜め息をついて、仕方なくメッセージを確認する。
表示される『香澄』の文字。
香澄も今日は親が駅まで迎えに来たはずだ。 しかし、そんなことは何一つ書かれていなかった。『けいたすけて』
──蛍 助けて──
ドッと疲労感が押し寄せる。
香澄は今日の事故現場でさえ近付きも出来ないほど怖がりだ。遠足の時、遊園地のお化け屋敷に入れず、一人入れずモジモジしていた事もある。 こんな他人を不安にさせるメッセージを送って来るわけが無い。何かがあったのかもしれない。 それとも。 自分だからそう思ったのかもしれないと、蛍は香澄のスマホにコールする。 今日の朝の出来事で心的外傷を負った可能性の方が大きい。フラッシュバックでパニックにでもなっていると考えた方が普通か、と。prrrrr.prrrrrr.prrrrrr……
プツッと音がしてなにかの騒音が聞こえる。
「香澄 ? 」
『蛍ちゃん ! 助けて !! いやぁぁ !! 』
ブツッ…… !
耳に残る現実の悲鳴。
確かに香澄の声だった。 そして走行中と思われるノイズ。 最後のチャンスの通話だったのかもしれない。しかしそれは自分ではなく、警察に掛けるべきと、大きなため息が出る。「や、こんにちは ! 」
「 !? 」
いつの間にか、蛍の背後に一人の男がやって来た。
クセのあるフワッとした金髪に、柔和な顔をしている男だが、なんと言うべきか纏う空気が恐ろしく冷たい奴だ。背は170の蛍より少し高い。「香澄ちゃん ? だっけ ? 安心して。別に乱暴したりしないから」
「あんたがこんな事を ?
香澄をどこに連れていった ? 」「酷っ ! 友達誘拐されたのに、落ち着きすぎじゃない ?
山間部の廃校に行ったんだ。 勿論、君も来るだろ ? 招待するよ」「興味ないかな。……断ったら ? 」
「あははは !! 本当に酷いね ! 君は香澄ちゃんに興味を持たず、自宅へ帰るって選択肢……その様子だと本当にするかもね、はは !
普通の人間は熱くなってそんな事しないから、考えて無かったなぁ〜」「香澄を家に帰してください」
「それぇ、本気で心配してる ? 本当に君、興味深いね。今すぐ俺も行く、連れて行け ! ……とか言わないんだ ?
ま、俺も拉致った人間を、はいどうぞって逃がすわけは無いけど。 君の言葉は実に淡白だね 」「暴行が目的で無ければ……なんですか ?
金が目当てなら、あんな寂れた商店街の住人を拐いません」「うん。賢い賢い 。
まぁ、来れば分かるよ。君も招待するし……ちょっと教室の掃除をして欲しいんだ。ボランティアだと思ってさ。 それに俺、君に興味があるんだよね。涼川 蛍くん」ルキの唇が耳元に近付く。蛍は動じないまま相手の出方を待った。
「……」
「俺、ルキ。ケイって呼んでいい ?
さ、車はあれだよ。アルベルが見えるだろ ? 行こう、ほら」「本気で断ったら ? 」
「断ったらかぁ。
断ったら君は何をする ? 少なくとも香澄ちゃんを見殺しにはしないだろうからぁ。なるほど ! 帰るふりして、警察に通報かな ? その方が確実だ。 でも、警察は介入出来ないんだ。俺もなんのコネクションも持たずにこんな事したら無能な犯罪者だよ。 残念ながら、俺の言うことを聞くしか、君も他の子も生き残る方法が無い」「そりゃあ……大掛かりなイベントですね。同窓会でもするんですか ? 」
「ぷくく !! それもいいね !
親睦会がしたいなら取り入れよう。ケイ、香澄ちゃんを他の人にも紹介してよ。彼女、多分騒ぐから口塞がれてると思うし」「……」
結局、蛍はルキと名乗る不審者へついて行くことにした。
そう、拉致では無い。蛍に限っては。蛍は幼なじみの香澄を人質に取られている。
だから行くしかない。──表向きには。
蛍は感じていた。
『ルキ──この男は全て自分を理解している素振りでいる。
それが鼻につく』蛍にとって幼なじみの香澄は、友人であってもあくまで他人。
たまたま同じ商店街に生まれただけの同級生。親同士が仲がいい為、仲良くしろと言われて育った。 それだけだ。性別も、趣味も、趣向も……何もかもが蛍とは正反対。 蛍にとって、香澄は他になんの感情も無かった。それよりもルキと名乗った男は強烈に自分を刺激した。
この男は知っている。
自分の渇望を。 しかしそれは許されない。 ただ単純に思う。 この男こそ本当の自分を受け入れられる人間だと。 そして──いつかルキを自分の手でバラしてみたい。『と、ここまで進化した最新の墓標はいかがでしょうか ? 今回は展示という事で込みの価格が表示されていると思いますが、普段は無いですよ〜。まさか売り物じゃあるまいしねぇ ? 』『ははは』 結局、客前でトークするのは椿希の役目になってしまった。 蛍も最初こそ無愛想にしていたが、途端その技術が必要と理解すると、すぐに吸収していった。 だが今日は突然の来訪者が顔を出した。 それにより、客人に合わせメタバース霊園を見るようになったのだ。『凄いね。現代的だ』『ええ。それに、あんな小さかった蛍君がこんなに立派になるなんて ! 嬉しい……』 アポ無しでたまたま飛び込んできた夫婦。 商店街で花屋を営む、涼川葬儀屋の契約生花店の二人だ。 つまり──香澄の両親だった。 回線を三人だけにし、蛍が対応していた。『俺も驚きました。 その……聞くに聞けなくて。お墓の場所とか……』『そうよね。葬儀は蛍君のところでしたけれど、その後どうしても……。納骨するのが寂しくて今まで……』 香澄の死後。 両親は四十九日、百か日を過ぎても娘の死を受け入れられなかった。四十九日の法事は重明が取り仕切り、するだけの事はしたが、納骨には至らず参列者にテンプレ通りの挨拶を述べるだけで精一杯だった。 香澄の骨壷はずっとダイニングで共に食事の際にも置かれ続け、就寝の時も両親が寝室へ運んでいた。 その後、蛍の知る通り、花は毎日学校へ持たせ誰かに飾らせ、自分たちは香澄の死の真相を探り続けた。 転機はMの提示した湊駅周辺でのゲームだった。『他にもここを検討してる人、沢山いてね〜』『そうそう。被害者の会でよく話題に上がるのよ』 蛍の起こしたテロと椎名、久岡、そして真理の無差別殺人事件。 これにより墓が急激に売れる始末。中でも、未だ墓地を持たず尻込みし
残された蛍と結々花は無言のまま。 ポンっと音が鳴り、エレベーターの扉が開く。 最上階ルームはエレベーターから直接、一歩踏み出すとワンフロアを贅沢に使ったゲストルームだ。霊園だとは思えない温かみがありながら、どこか近代的な造り。 結々花はガラス屋根を見上げながら、つい先日この場で行われたショーに関して呟く。「まさか先日、この天井に人がぶら下がってたとは……今日のお客様は知る由もないわね……」「だってダリの最後の晩餐は、いるじゃん。上に。半裸の人」「んー。絵ってあんまり興味無いし、ダリが最後の晩餐描いてたのも知らなかったわ。 あの日、ケイ君がぶら下げ始めた時、観覧者から凄い歓声が上がったわよね」「……客の声なんてオフになってるから聴いてないよ」「美果ちゃんはどうして、ダリの最後の晩餐をここのモチーフにしたのかしら ? だって一応、最初は海玄寺の宗派を受け入れる方針だったじゃない ? 仏門に関する絵じゃないんだ〜って思ったわ」「そう言えば美果は ? 」「来てるわよ。聞いてみよっか」 結々花は半分暇を持て余し、意味無く美果にコールする。数分後、倉庫から美果が飛んできた。「ごめんごめん。つい夢中になっちゃってて」「卒業制作上手くいってる ? 」「すっごい便利 ! まさか秘書室という名のアトリエが貰えるなんて ! 」 美果は結局、涼川葬儀屋へ就職となった。結々花がマンション墓地やスポンサー等との橋渡しなど、重明とあまり関わらない日陰の部分に暗躍するのと違い、美果ははっきり葬儀屋で外へ発信できる人材として存在する予定だ。 このマンション霊園の概ねのデザインもそうだが、位牌や仏壇、ペット用のメモリアルグッズなどを手掛けることで、合法的にこの場にアトリエを持てているのだ。「ただ絵を描いてただけなのに、今は小さい仏壇や神棚を考えて、小物作って、内装をデザインして、宗教も勉強して……人生分からないわ
ドンドン、ドンドンドンドン !!「けーい、けいけいけい〜 ! 起きてるー ? 」「うるさいな !! いるよ !! 」「うぉ、今日は元気 ……あ」 椿希は蛍が開けた玄関の隙間から、ルキの靴をみて納得する。「うん。そっかぁー。俺お邪魔かぁ〜」「別に。もう出るよ」「あ、椿希君。入りなよ」「ルキさん早よーっす。じゃあ、お邪魔します」「え、いや。俺の部屋なのに、なんであんたらで完結してんの ? 」 蛍が騒ぎ立てる中、椿希はルキに通されると、まっすぐコレクション棚へ向かう。「うぉ〜、今日もあんね。Mの首〜。こういうのって、キメェけど慣れてくると見ちゃうよね〜」「……」 椿希は蛍に向き直ると、さも当然の如く炬燵に潜り込む「なぁ、こないだあのマンション墓地でゲームしたろ ? あれなんだったの ? 」 蛍と第3ゲームに出た椿希が墓地を経営すると聞き付けた烏達は、少しの興味を示してきた。稼ぐ金など烏からすれば微々たるものだが、死者が絡むと合っては何やら期待が大きいようだった。 そこで、ルキが景気付けにデモンストレーションとして蛍にショーをさせた。 内容は第一回目の人体アートと同じルール。 そして場所は蛍と椿希が建てたマンション墓地の最上階。 ガラス屋根で光に満ち溢れた空間。遺族がエントランスで指定したキーを打つと、位牌が最上階ルームに排出されて、墓参りすることが可能なのである。 そしてそのビルのイメージデザインを手掛けたのが美果だ。「死体並べてるだけにしか見えなかった。あれ、何がよかったの〜 ? 」 不貞腐れている椿希の作品は最下位だった。意外な事に、椿希は殺すことは出来ても、遺体が苦手らしく全く使い物にならなかった。これから海玄寺の業務を継ぐかもというのに、蛍もルキも一抹の不安を覚えるが、葬式で見るような遺体と違うのは言うまでもない。蛍がズレているだけなのだ。「ケイは最初に参加した時、ダビンチの最後の晩餐を
「やめ……う……ぁ……」 木の幹に拘束された手首が真っ黒に腫れ上がる。全裸にされ、一方的な暴力を浴びた後だった。ゴムを外す音が響き「これは証拠隠滅される」と言う復讐すら許されない絶望の中。自分を犯した少年が、鞄を開けた。縛られた女は足を広げたまま、顔を逸らし、全ての行為が終わった後に生きていることだけを願う。ジッパーが開き、何やら器具を取り出し始めた少年の持つ物体が、凶器なのか撮影なのかと更なる恐怖を覚えた。 まだ日が昇る前。日課のウォーキング中だった彼女は、挨拶してきた高校生姿の蛍に微笑み、会釈を返しただけだった。 倒れ込んだ笹薮の中、落ち葉に広がるおびただしい血液。女の腕や足首には無数の注射針が刺さり、故意に瀉血させられていた。その中でも一層太い針はチューブ状で、足首の骨に埋まる程深く差し込まれていた。 家から数キロ。程良く息が上がってきた頃だ。この仕打ちは心臓自らが血液の排出を促すようだ。どんどん冷える身体の感覚に、突然ジリ……っと言う音と共に焦げた臭いが漂う。「っ……あ…… ! グッ !! がっ !! や、やめ !! 」 蛍は女を殴りつけると、取り上げた免許証をもう一度確認する。そして彼女の下腹部に型を付けた熱線を押し当てる。細い動線は皮膚を簡単に焼き、ズブズブと脂肪の中へ埋まっていく。波形の二重線。女の生年月日は一月三十一日。水瓶座だった。「うぅ……ふ……ふっ……うぅ…………」 突如降りかかった暴力に、涙が止まらない。何故襲われたのかも分からず、何をしたら助かるのかも分からない。見ず知らずの少年の行動に、激しくパニックを起こし続けている。 パパパッ !!「ンギャァァッ !! ……クッ……あぁ…… ! 」
「さ、離れて」 西湊の山奥。 高い金属塀に囲まれたスクラップ業者。そのほとんどが古いストーブや錆びた自転車。解体し、磨いて使えるものは転売する。しかしほとんどは死を迎える為に連れてこられた金属たち。 その中に蛍が乗ってきたトラックが乗り入れた。 幌や防護服、薬袋に使った袋は椿希の部下が、焼却炉へ行くことで引き取られた。 剥き出しになったただの平ボディのトラック。「ども、ボス。お会いできて光栄です。汚い場所ですみませんね」 奥のプレハブ小屋から熊のような作業着の男が出てきた。「汚くないですよ〜」「梅乃様ぁ、こういう場所にゃご自身で来られなかったんでねぇ。いやいや、さっき連絡貰ったときゃ驚きましたよ」 作業服の汗のツンとする匂い。 プレハブの横には古い洗濯機と斜めになった洗濯物干し。白いタオルと穴の空いた作業着が何着かかかっている。 不清潔な男では無い。単純に真面目に仕事をしているだけの一般的な男だ。秋とはいえ、まだまだ野外作業は暑い時期だ。滝のような汗をかいている。「これがそのトラックね ? 」「ええ」「任せてくれ。俺なら一日で解体して、例の工場の溶解炉に持ちこめるよ」「俺は焼いちゃった方がいいと言ったんですけど、椿希が……」 男は蛍を見て、ノンノンと指を立てる。「警察ぁ、犯人探しとなったら小さなネジまでこねくり回すから。側を焼いても、証拠隠滅は出来ねぇんだわ」「でも一日でって、出来るんですか ? 」 流石に早すぎるスピードだ。ひき逃げ事件ですら、犯人は証拠隠滅にどれだけの時間を要するかを報道で見ている。蛍は不安に思っていた。「部品の転売や、エンジンの譲渡とかも止めていただきたいんですけど……」 口を挟んだ蛍に、男はニッと笑う。「おいおい。俺を誰だと思ってやがる」「ケイくん心配なぁい。この人、本当に手馴れてるし長年山王寺の証拠隠滅してきた人だよ ?
「さっきの話。ケイ君のファンって、檻にくっ付いてたオジサンよね ? そんな大富豪なの ? 」「意外かい ? 東北訛りで身なりも庶民的だから目立ってたかな ? 」「あ……いや、そんな意味じゃないけど。町の汚染を支援って、お金の問題だけじゃないでしょ ? 致死量2ミリgの薬物テロで、どう対処するの…… ? 」「まぁ、まずは防護服、洗浄車両の確保と運輸、検査員や職員の派遣、避難所の維持、とにかく莫大な費用。 けれど、一方でフェンタニルの歴史は長い。以前、2002年に対テロリストとしてフェンタニルを特殊部隊が使った事例があるけど、噴霧器でガス状にする必要があった。その場所だって事後処理は通常装備で踏み込める程度だった──らしいよ。 ケイがやってるのはそこまでの脅威ではないと見てる。Mのような被り方をしない限り、道端の鳩もすぐに元気に歩きだす」「……なら……いいけど。さっき路上に倒れてた人達……あの人たちはもう……」 美果が戸惑いを感じるのは無理もない事だ。蛍の犯行とは今までこんな形では無かったはずなのだ。「……ケイくんは真理さんもルキも殺す気はなかったって事よね ? なら、すぐ止めてくれるはず」「ああ。手元にどれだけ残ってるか分からないけど……。 寧ろ、これで一番得をするのがあの二人さ」「 ? 」「葬儀屋と寺……まさか。そんなはずは……。お金の損得で殺しはしないわよ」 美果は蛍に夢など見ていない。犯行手口として納得がいかないのだ。「全く、俺も美果ちゃんも。変わった子に関わっちゃったよね。結々花もさ」「あんたが言う ? 」 呆れるようにため息をつく結々花に、美果が初めて声をかける。「わたしも今、そう思った。ってか、結々花さんがルキに寝返るなんて信じられない。信用出来ないんですけど」「あら、案外警察も信用出来ないのよ ? 」「それは……そうかもしれないけど、今朝までスパイだった人を信じろと言われても」「そういう美果ちゃんも、ケイ君次第でなんでもするでしょ ? どちらかと