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#17:夜の街でゴーレムとの遭遇

作者: 渡瀬藍兵
last update 最終更新日: 2025-05-24 18:59:04

 翌朝――。

 エレナたちはついに、旅の目的地である“夜の街”へたどり着いた。

 目の前に広がるのは、石造りの建物が幾重にも重なった、かつての文明の残響。どの壁面も風雨に削られながら、それでもなお誇り高く佇んでいる。ここが一時代を築くほどの大都市だったことは、言葉にされずとも伝わってきた。

 だが――

 その栄華を包むはずの喧騒は、どこにもなかった。

 静寂。

 あまりに濃い静けさが、街全体へ沈殿している。

(……人がいない)

 エレナは無意識に息を呑む。

 鳥のさえずりも、虫の声も、日中であれば当然そこにあるはずの“世界の音”が、一つ残らず欠落していた。

 ただ、埃を巻き上げる乾いた風だけが、空っぽの路地を横切っていく。

 その風を肌で受けたとき、彼女の心に小さく波紋が走った。

 胸の奥、なぜだか冷たい指先で撫でられたようにざわつく。

「……やっぱり日中は、静かだな」

 先頭のグレンが腕を組んだまま呟く。

 その声が必要以上に響いて聞こえるほど、街は沈黙していた。

「そうですね。ですが、この状態では情報収集も難しい。夜になれば状況も変わるでしょうから──一度、各自で別行動を取りませんか?」

 淡々としたシオンの提案。

 彼はこの異常な静けさの中でも眉ひとつ動かさない。

 きっと“夜”が本来の顔を見せるのだと確信しているのだろう。

「そうだな。俺も研究所に報告書を書く必要があるし、都合がいい」

 シイナが軽く頷く。

 その瞬間だった。

「よしきたー! じゃあ俺は、今のうちに仮眠でも取るか! 夜に備えて体力温存だな! で、シオンは何すんだ?」

 グレンが大あくびしながら、気楽な調子でシオンに振る。

「私は……そうですね。静かな時間を利用して筋肉の鍛錬でもしておきます。筋肉は決して裏切りませんから」

「はぁ!? お前、そんな女の子みたいな顔して、筋トレなんか趣味なのかよ!?」

(えっ……!? グレンさん、それは──)

 エレナの思考が追いつくより速く、世界の空気が一気に凍りつく。

 エレナとシイナが息を呑み、シオンの眉が、ぴくりと跳ねた。

 瞬間、風を裂く音が生まれ──

 それが届くより早く、グレンの顔面に拳が吸い込まれた。

「ブベェ!!!!」

 打撃の衝撃が石畳に響き渡り、グレンの体は本当に“木の葉”のように宙へと舞った。

 骨と肉が軋んだ音が、一拍遅れて耳へ届く。

 それは、彼の鍛え上げた肉体が放つ、容赦のない一撃。

「……言葉の選び方には、今後くれぐれもご注意を。次は、ありませんよ」

 地を這うような低い声。

 その瞳は、穏やかなものではなく、獲物を狙う猛禽類そのものだった。

 エレナは息を詰めた。

“夜”を恐れる前に──この街で一番怖いのはシオンかもしれないと、そんな考えが一瞬だけ胸をかすめた。

 鼻から血を流して地面に突っ伏したままのグレンに、

 エレナは苦笑をこぼしつつ、両手をそっとかざした。

 金色の光が彼女の掌からふわりと広がり、温かな膜となってグレンの身体を包み込む。

 癒しの施し――。

 聖属性を“照らす”ことで傷や病を祓う、聖職者の中でも限られた者にしか扱えない高度な技。

 その光は、ただ治すだけではなく、触れた相手の“穢れ”さえ洗い流す清浄の祈りだ。

「し、死ぬかと思ったぜ……マジで……」

(……うん、今回はさすがに庇えないかなぁ)

 エレナはほんの少しだけ同情しつつも、内心では肩をすくめるしかなかった。

 〜*〜*〜*〜

 一悶着の後──

 夕刻まで、各々で街の調査を進めることになった。

 エレナは一人、気持ちを立て直して歩き出す。

 石畳の道は乾ききっており、踏むたびに細かい砂塵が舞い上がる。

 どの家の扉も固く閉ざされ、古いショーウィンドウは埃をかぶってその本来の色を失っていた。

 まるで街そのものが、深い眠りに落ちているかのようだ。

(どうして……? こんなに大きな街なのに、時間ごと止まってるみたい……)

 その疑問が心に浮かんだ瞬間。

(……ふむ。確かに“人の気配”はないな。だが――奇妙なことに、“視線”は感じるぞ、エレナ)

 エレンの声が突然、胸の奥へ落ちてきた。

「ちょっ……エレン!? こ、怖いこと言わないでよぉ……!」

 声がひとつ上ずる。

 静まり返った街が途端に、肌へ刺すような冷たさを帯びる。

(姿は見えんが、こちらを窺っている気配は確かにある。それも、一つや二つではない……。なるほど。この街の“本質”が、少し見えてきたぞ)

(えっ、なにそれ!? ねぇ教えて、エレン!)

(慌てるな。夜になればいずれ明らかになる。……ふふ、楽しみにしておくといい。退屈はしないだろうさ)

 その声音はまるで、隠された答えを前にした学者のように、どこか楽しげだった。

(もう、今教えてくれてもいいのに!)

(確証のない推測は口にしない主義だ。それに……自分の目で確かめることも大切だろう?)

 反論できない正論に、エレナは(ぐぬぬ……)と頬をふくらませるしかなかった。

 そんなやり取りをしている最中だった。

 ――ドン……ッ。

 空気を震わせるような重い振動が、石畳を通して足元へ伝わってきた。

 さっきまで眠ったように静かだった街が、今になって“何か巨大なもの”の到来を告げるように波打つ。

 何か、大きなものが近づいてくる。

「な、なに……この音……」

 身をこわばらせながら、エレナは曲がり角の先へそっと視線をのばした。

 そして、息が凍りつく。

 そこに立っていたのは――全身を荒削りの岩で覆った、三メートル級の巨人。

 魔力を帯びた石が積み上がっているだけなのに、まるで生き物のように脈動している。

 腕をわずかに持ち上げるたび、石同士が擦れ合ってきしむ音が、誰もいない街にいやほど響いた。

 ……ゴーレム。

 土の属性で命を宿した、無表情の魔獣の一種。

(エレナ、交代だ)

 その声は、恐怖を切り裂くように澄んでいて、揺るぎなくて、エレナに選択肢を与えない“信頼の音”だった。

「……うん!」

 わずかな震えを抱えつつも、エレナは意識を彼へ預けた。

 次の瞬間――世界の色が深まった。

 音の粒が鮮明になり、空気の厚みが変わり、身体の芯に、研ぎ澄まされた戦士の感覚が満ちる。

 エレンが“前へ出た”証だった。

「……街中まちなかにまでこんなものが出てくるとはな。守護機構の暴走か?」

 その独白は、まるで敵の出現すら予測の範囲内であるかのように冷静。

(うわぁ……あんなの、剣で斬れるの……?)

「問題ない。どんなゴーレムにも“核”がある。それを砕けばいい」

 地面を揺らしながら、ゴーレムが突進してくる。

 巨体からすれば信じがたいほどの速度だ。

 風圧が頬を切り裂くように抜けた。

 エレンは紙一重で拳をかわしつつ、全身を一瞥するだけで弱点を探り当てていく。

「……見つけた」

(ど、どこに!? 私には全然分かんないよ!)

「腹部の左側面。色が薄い。周囲と比べて形状も不自然だ。あれがコアだ」

 迷いのない断言。

 エレンは「ハコベール」から剣を抜き放ち、一気に踏み込んだ。

 だが――

 突き立てた刃は、甲高い金属音とともに弾かれた。

 衝撃が腕の骨まで刺さり、エレンは息だけで痛みをいなす。

「……ふむ。強度はこの程度か。では、少し荒っぽいが――使わせてもらう」

 再び「ハコベール」へ手を伸ばし、ひとつの“黒い実”を取り出す。

 拳ほどの大きさ。

 表面が鈍く光り、内部に渦巻く魔力マギアが空気を歪めた。

(えっ……なにそれ!?)

「ボムベリーだ」

(えええっ!? いつのまにそんな危ないものを!?)

「昨夜の巡回中に、な。よほどの衝撃がないと起爆しない。安全な代物さ」

(そ、そ、そ、それでもそういう危ない物は早く言ってよぉ!!!)

 エレナの叫びが胸の奥で跳ねる。

 しかしエレンは、気にも留めず前線に立ち続ける。

 ゴーレムは咆哮もなく、ただコアを守ろうと荒々しく腕を振り下ろす。

 その影が地面に落ち、石畳が軋んだ。

 エレンはボムベリーをそっと握りしめ――

 その重さを確かめるように一拍だけ息を整えた。

 エレナの呼吸の乱れが、エレンの体を通じて微かに震えとなって伝わる。

 その動揺を感じ取りながら、エレンは逆に研ぎ澄まされていった。

 心は凪のように静まり、世界の輪郭がくっきりと浮かび上がる。

 ゴーレムが再び拳を振りかぶる。

 その影を刹那だけ読み切ると、エレンは石畳を蹴って、一直線に腹部へ走り込んだ。

 先ほどの一撃で生じた、わずかな傷痕。

 岩肌に刻まれた、亀裂。

 その隙間へ――

 エレンは黒い実、ボムベリーを、ためらいなくねじ込んだ。

「――終わりだ、石人形」

 剣を振りかぶり、狙う場所はただひとつ。

 亀裂の中心。コアの真上。

 刃が果実へ触れた瞬間――

 世界から音が消えた。

 ほんの瞬きほどの沈黙。

 爆ぜる前の、深い深い呼吸のような虚無。

 そして。

 轟ッ!!!

 腹の底から揺れる衝撃が、路地そのものを震わせた。

 ゴーレムの巨体が内側から破裂し、石片が炎をまとって四方へ散り飛ぶ。

 熱い風がエレンの頬を撫で、耳の奥まで焼けるような爆音が遅れて押し寄せた。

 岩の破片が、雨のように空を舞い落ちていく。

「……ふぅ。少々、派手にやりすぎたか」

 どこか軽い独白をこぼしながら、エレンは静かに剣を収めた。

 土煙がゆらりと立ちのぼる中、彼だけが無傷でそこに立っている。

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  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第115話:立ちはだかる二人

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