Masukコロッセオの喧騒は、分厚い扉の向こうでまだ鳴っていた。
エレン専用に用意された選手控室は、外の熱とは切り離されたように静かだった。石壁に囲まれた簡素な部屋。壁際には水差しと布、替えの上着が置かれ、中央には木製の長椅子がひとつだけ据えられている。 そのベンチの上で、エレンは自分の手のひらを見つめていた。 開く。 握る。 また、開く。 細い指が、ゆっくりと形を変える。試合中、飛来する《風牙》を掴んだ手。シオンの猛攻を受け、弾き、押し返し、最後まで剣を離さなかった手。見た目に大きな傷はない。だが、指の動きには、ほんの僅かな硬さが残っていた。 『凄かったよ! エレン!』 胸の奥から、明るい声が弾む。 「……ああ」 エレンの返事は、短かった。 『どうしたの?』 その明るさが、少しだけ傾く。 エレンは手を握ったまま、しばらく黙っていた。やがて瞼を伏せ、静かに息を吐く。 「すまない。今回の戦いは、君の身体に無茶をさせてしまった」 『そ、そんな! 気にしないでよ!』 エレナの声が、慌てたように返ってくる。 「しかし……」 言葉はそこで途切れた。 エレンの指が、もう一度開く。掌の中心を見下ろす紅い瞳は、試合中のような鋭さを失ってはいなかった。ただ、その刃先はもう相手ではなく、自分自身に向いている。 (私は、楽しんでしまっていた) あの高揚感。 何度崩しても、何度叩き伏せても、なお迫ってくる猛攻。風を操る傭兵の技量。叩きつければ叩き返され、奪えば奪い返そうと喰らいついてくる、あの執念。 心の底から。 エレンは、それを楽しんでいた。 『エレン』 今度の声は、少しだけ落ち着いていた。 『あの人は、相当強かったでしょ?』 「ああ、間違いなく」 迷いのない答えだった。 「それこそ、好敵手と言ってもいいほどに」 『あなたがそう呼べる人って、実際のところ、あまり居ないじゃない?』 エレナの声は、責めるものではなかった。むしろ、そっと隣に腰を下ろすような柔らかさで、エレンの沈黙に寄り添っている。 『だからそれは、彼がきっと本当に強かったってこと』 「……」 『そんな人と戦って、無事に勝利を収めちゃうんだもん。むしろ私は、あなたが誇らしいよ』 胸の奥で、ふわりと温度がほどける。 エレナが笑っている。姿が見えるわけではないのに、その気配だけははっきりと伝わってきた。春の陽だまりが、そっと布越しに肌へ触れるような、そういう穏やかさだった。 エレンは伏せていた瞼を上げる。 「……ふむ」 口の端が、わずかに上がった。 「ならばエレナ。そこまで私を褒めるのなら、なにか褒美が欲しいものだな」 『え?』 「例えば、酒。とかな」 『お、お酒はだめっ!』 即答だった。 『あれは人を堕落させるんだよ!? 悪いことをさせちゃうんだよっ!?』 あまりにも必死な声だった。真剣で、切実で、少しばかり過剰で、だからこそ妙に可笑しい。 エレンの口元が、今度こそ笑みの形を作りかける。だが、それを声にする前に、エレナが少しだけ調子を整えるように続けた。 『でも、頑張ってくれたわけだし。ご褒美は必要だよね!』 「ほう」 『エレン、私の金貨袋を見てみて!』 エレンは言われるまま、ベンチの横に置かれていた荷物袋へ手を伸ばした。布の中を探ると、すぐに小さな革袋が指に触れる。取り出した金貨袋は、いつもより明らかに重かった。 『むっ』 思わず、内側へ声が漏れる。 革紐を緩めると、淡い金色がいくつも覗いた。控室の小さな灯りを受けて、袋の中で硬貨がきらりと光る。 『じゃじゃーん!』 エレナの声が、嬉しそうに弾んだ。 『今日ね、二回戦目だから。あなたにご褒美をあげたくて、いつもより金貨をたくさん入れておいたんだ!』 『だから……このまま、エレンの好きなピザを食べに行っていいよ!』 ぴたり。 エレンの動きが、完全に止まった。 「……な、な、なんだと!?」 紅い瞳が、あからさまに見開かれる。先ほどまでの涼しげな佇まいは、もうどこにもない。ベンチの上で、わずかに背筋が伸びた。 『ふふふっ』 エレナの笑い声が、胸の内で鈴のように跳ねる。 『二回戦の勝利、おめでとっ! エレンっ!』 しばしの沈黙。エレンは片手で口元を覆い、それから、低く唸るように言った。 「……遠慮は、しないぞ?」 『もちろん!』 胸を張るような声音に、エレンの口角が、今度ははっきりと上がる。 「では——何のピザを食おうか。食べたいものが何種類もあってな」 指を折りながら、どこか嬉しそうに呟く。チーズの濃いやつ、薄焼きで香ばしいやつ、具を山ほど盛ったやつ。普段の冷徹な戦術眼はどこへやら、献立の算段にばかり使われている。 『……あのー、エレン?』 か細い声が、おずおずと割り込んできた。 『言っておいて申し訳ないんだけど、その、食べ過ぎは——』 「んん?」 エレンが、わざとらしく首を傾げる。 「何を言っている? 私は先ほど、『もちろん!』という言質を、確かに取ったはずだが」 『——っ』 言葉に詰まる気配。内側で、エレナがあわあわと慌てている。 『せ、せめて飲み物はお茶にして!! 痩せるのが、大変なことに……っ』 悲鳴じみた訴えに、エレンは目を閉じ、ひどく鷹揚に頷いた。 「ふむ。——善処しよう」 その、あまりにも軽やかな一言で、エレナは理解した。 今の彼に、そんなつもりは毛頭ない。善処という言葉に含まれる余白は、限りなくゼロに近い。つまり、食べる。食べたいだけ、好きなだけ、心のままに。 ランプの灯が、静かに揺れる。エレナは胸の内でそっと覚悟を決めた。——後日のダイエットは、頑張らないと。そう、自分に言い聞かせながら。 ✦ ━━━━━━━━━━━━━━ ✦ 石窯の熱気と、香ばしく焦げた生地の匂い。騒がしい酒場の一角で、エレンは今まさに至福の只中にあった。 テーブルに広げた一枚を一口齧った瞬間、内側で声が弾ける。 『美味いっ!! やはりピザは至高だ!!』 『——わぁっ!?』 エレナの悲鳴が、同じ頭の中で跳ね返った。 『びっくりしたぁっ! 急に頭の中で叫ばないでよ、エレンっ!』 返事はない。というより、返ってこない。エレンは次のひと切れを手に取り、とろけたチーズが細く糸を引くのを、うっとりと見つめていた。 『このチーズ……炙られた肉の脂が絡んで、生地の塩気を押し上げている……! 疲れた戦士の身体に染みるとは、まさにこのことだ……! やはりベルノ王国のピザに比肩する食い物は存在しないな……っ!!』 饒舌だった。いつもの落ち着き払った口調は、どこかへ吹き飛んでいる。剣の軌道を語るときと同じ熱量で、今は生地の焼き加減とチーズの伸びを論じていた。食を語るこの戦士は、普段の数倍は流暢である。 そして——エレナの視線が、ゆるゆるとテーブルの端に向けられた。 空になった皿が、重ねられている。 『……いち、に……さん……』 指折り数える声が、だんだんと小さくなる。 『三枚……』 絶望、と呼ぶほかない響きだった。 『一枚でさえ、太るのに……!!』 内側で頭を抱えるエレナをよそに、エレンは次のひと切れに手を伸ばしながら、悠然と言い放つ。 『いいではないか。君の身体は、少し細身が過ぎる。もう少し、油を——』 『エレンっ!!』 ぴしゃり、と稲妻のような声が落ちた。 『その先はレディーに失礼極まりないからねっ!? 次に言ったら、ピザ抜きにするからっ!!』 『な、なに……? 私は事実を——』 『エ・レ・ンっ!!』 『……むう』 不服そうな唸りを最後に、エレンは口をつぐんだ。代わりに、ひと切れを大事そうに頬張る。まるで今のうちに食いだめしておこうとでも言うように。 ——そんな賑やかな応酬が、ひとつの身体の内側だけで繰り広げられていることを、周囲の客は誰ひとり知らない。知るはずもない。銀髪に紅い瞳の少女が、静かに、優雅に食事を楽しんでいる。傍目には、ただそれだけの光景だった。 と——。 ふっ、とテーブルの向こうに影が差した。 ランプの灯りを遮るように立ち止まったのは、一人の男。エレンの視線が、ゆっくりとひと切れから離れ、その影の主へと持ち上がる。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ







