LOGIN攻防は、さらに密度を増していった。
シオンが踏み込めば拳が走り、足が刈り、背後からトンファーが回り込み、頭上からもう一本が落ちてくる。エレンはそれを剣一本で捌き、弾き、逸らし、ときには肩先を掠めるほどの距離で躱しながら、それでも半歩以上は下がらなかった。 どちらも譲らない。いや、譲れない。剣と拳、脚とトンファー、風と刃が闘技場の中央で交差し、弾け、軌道を変え、またぶつかる。どちらかが半拍でも遅れれば、その瞬間に均衡は砕ける――そういう薄い刃の上で、二人はなお加速していた。 先ほどまでの静けさは、もうどこにもない。 観客席は熱に呑まれていた。誰かが叫び、誰かが拳を突き上げ、立ち上がったまま席へ戻ることも忘れている。実況の声すら、その熱の中ではひとつの騒音に過ぎなかった。 「すごいっ!! あなたは、本当にっ!!」 シオンの声が、わずかに上ずる。 乱れているわけではない。息が切れているのでもない。ただそこには、抑えきれない熱が混じり始めていた。強敵と出会えたことへの昂ぶり。磨いてきた技を、余すところなく試せる歓喜。その二つを二本のトンファーに乗せて、シオンはさらに猛る。 右の拳がエレンのこめかみを狙い、剣の腹がそれを押し流す。空いた胴へ左の蹴りが滑り込み、エレンは肘を畳んで受ける。骨へ響く重さの直後、背後から飛んできたトンファーが首筋を刈り取る角度で迫り、エレンが身を沈めた頭上を、金属の風が唸りを残して通り過ぎた。 だが、その低い姿勢を待っていたように、もう一本のトンファーが地面すれすれから跳ね上がる。エレンは即座に剣を返し、噛み合った金属の間から白い火花が散った。 「ははっ……! はははっ……!」 シオンの笑い声が、風の唸りに混じる。 (こいつ……! ハイになってきているな……!) エレンの紅い瞳が、迫る軌道を次々と拾っていく。 (だが、それは私にも言えること……) 受け流すだけでは間に合わない。いなすだけでは追いつかれる。躱すだけでは、次が詰まる。 だからエレンは、そこで一つ、選択を変えた。 飛来するトンファーに剣を合わせる。逃がさず、角度をずらさず、真正面から叩きつけた。 ガァンッ、と甲高い衝撃が鳴り響く。 弾かれたトンファーが軌道を崩す。だがシオンは即座に風を噴かせ、無理やりそれを引き戻した。戻るより早く、エレンの剣が二本目を打ち払う。金属同士が噛み合い、火花が白く散ったところへ、今度はシオン本人が踏み込んでくる。 拳を、エレンの剣の柄が受けた。続く蹴りには、エレンの膝が真正面からぶつかる。重い音が二度、闘技場の中央で響いた。 それはもう、舞うような攻防ではなかった。互いの技を理でほどく段階は過ぎている。いなし、逃がし、利用する。そんな洗練された応酬の奥から、もっと剥き出しのものが顔を出していた。 叩きつけ、叩き返す。押し潰し、押し返す。 剣とトンファーがぶつかるたびに火花が散り、拳と柄が噛み合うたびに鈍い音が骨まで響くように広がる。シオンの風が砂を巻き上げ、エレンの踏み込みが床を削った。 剣一本に対し、拳、脚、二本のトンファー。数では明らかにエレンが不利だった。それでも白銀の刃は、四方から迫る打撃を迎え撃つ。左から来る一本を叩き落とし、右から来る拳を柄で逸らし、背後へ回ったトンファーを振り向きざまに打ち払う。そこへシオンの膝が跳ね上がり、エレンは剣を引く暇もなく肩口で受けた。 衝撃に、エレンの足が半歩沈む。 だが、倒れない。 (すまない、エレナ。少し、耐えてくれ) 戦火の隙間を抜けるように、短い思考が落ちた。 次の瞬間、エレンの剣が跳ね上がる。真正面から迫るトンファーを刃の腹で受け止め、そのまま押し返した。風を纏った重い一撃を、力で、角度で、踏み込みで、まとめて押し潰す。 シオンの目が、さらに細く笑った。 「まだまだですよォッ!!」 両側から、二本のトンファーが同時に襲いかかる。逃げ場を潰す挟撃。エレンは退かず、横一閃に剣を走らせた。 「そらぁっ!!」 二本まとめて、叩き返す。 轟音とともに風が爆ぜ、火花が夜空の星屑のように散った。闘技場の中央で、二つの影はなおもぶつかり合う。どちらも止まらない。どちらも引かない。その均衡が、熱に押されるように極限まで細くなっていった、その瞬間。 「っ……! ここだッ!!」 火花の密度が、ほんの一瞬だけ変わった。 シオンの呼吸。連撃の中に紛れ込んだ、あの僅かに長い鼻息。風をもう一段、武器へ圧し固めるための間。見逃せばただの呼吸で終わるそれを、エレンの紅い瞳は真正面から拾っていた。 振り下ろされるトンファー。その軌道へ、エレンの脚が跳ね上がる。剣ではなく、腕でもなく、踵だった。 白銀の刃を握ったままの身体が、軸を崩さずに腰を回し、下から鋭く蹴り上げる。シオンのトンファーが落ちる角度と、エレンの踵が走る角度が、空中でぴたりと噛み合った。 ガァンッ、と耳を裂く音が鳴る。 風を纏ったトンファーが、真横へ弾き飛ばされた。 「な、なに……!? 私の《風牙》が……っ!」 シオンの目が大きく見開かれる。その声を置き去りにして、エレンは剣を手放した。 白銀の刃が、くるりと回りながら上空へ投げ上げられる。 「……はっ?」 シオンの顔に、初めて明確な空白が生まれた。 武器を捨てた。少なくとも、そう見えたのだろう。 だがエレンの足は、すでに前へ出ている。剣を投げた手は空になり、その空いた間合いへ、身体そのものが滑り込む。 「今度は、こっちの番だ」 低い声と同時に、エレンの肘が走った。 近い。あまりにも近い。剣の間合いではなく、トンファーの間合いでもない。風で軌道を変える余地すら削り落とした、肉と骨の距離。 肘が、シオンの頬へ叩き込まれる。 「くっ……!」 整った顔が横へ弾かれた。それでもシオンの反応は速い。怯んだ姿勢のまま肩を回し、裏拳を振るう。風の補助を受けた拳が空気を裂き、エレンのこめかみを狙った。 エレンは腰を落とす。 拳が頭上を掠め、黒髪が一房、風圧に揺れた。その下から、沈んだ身体の反動をそのまま使い、エレンの拳が跳ね上がる。 顎下へ、アッパー。 「がっ……!」 シオンの顎が跳ねる。その背後から、残った一本の《風牙》が飛来した。 横合いから首を狙う鋭い軌道。シオンの体勢を崩されても、武器だけは止まらない。風に乗ったトンファーは、まるで別の獣のようにエレンへ食らいついてくる。 だが、エレンは見ていた。首を傾けて避けるのでも、剣で弾くのでもない。空いた片手が、飛来するトンファーへ伸びる。 そして――掴んだ。 「――っ!?」 シオンの瞳が、さらに大きく開かれる。 「つ、掴んだァァァッ!?」 実況の声が、悲鳴じみて裏返った。 「皆さん見ましたか今のォ!? 風薙ぎの傭兵シオン選手の《風牙》を! 空中を飛ぶあの暴風の牙を! エレン選手、剣でも受けず、避けもせず、素手でぇぇぇッ!!」 観客席が爆ぜた。叫び、歓声、悲鳴。熱のすべてが、一斉に闘技場の中心へ雪崩れ込む。 エレンの手の中で、トンファーが暴れた。風が唸り、柄が震え、掴んだ掌を弾き飛ばそうとする。けれど、その手は離れない。握力だけで押さえ込んでいるのではない。暴れる方向に逆らわず、ほんの僅かに手首を逃がし、風の力を円に変えている。 奪ったのではない。 使った。 エレンは掴んだ《風牙》を、そのまま振り抜いた。 シオンの身体へ。 ──叩きつけた。 「がはっ……!」 掴まれた《風牙》が、シオンの胴へ叩き込まれた。 鈍い音が、風の爆ぜる音ごと潰れる。整った身体が、くの字に折れた。息が喉の奥で千切れ、黒い装束が闘技場の砂を巻き上げながら吹き飛んでいく。 一度、床を跳ねる。 二度、転がる。 三度目で肩から大きく滑り、ようやく勢いが死んだ。シオンの身体は砂の上に横たわり、舞い上がった埃だけが遅れてその上へ降りていく。 「はぁ……はぁ……」 エレンは、掴んでいたトンファーをシオンの元へ投げつける。 風の支えを失った《風牙》が、重い音を立てて床に落ちる。細い指先には、まだ風を握り潰したような痺れが残っていた。それでも紅い瞳は、倒れたシオンから逸れない。 「ふふ……今のは、応えただろう」 その頭上で、白銀の刃が回転していた。 先ほどエレンが投げ上げた剣だ。肘打ち、アッパー、奪ったトンファーによる一撃。そのすべては、ほとんど同じ間合いの中で行われていた。大きく踏み込んだわけではない。流されたわけでもない。ただ、シオンを自分の距離へ引きずり込み、その場で崩し切っただけ。 だからこそ、剣は落ちてくる。 まるで主の元へ戻ることが、最初から決まっていたかのように。 くるりと刃が一度だけ光を返し、柄がエレンの掌へ収まった。 「う、うぐっ……!」 シオンが、砂を掴んで身を起こす。 膝が揺れていた。口元に血が滲み、乱れた黒髪が左目だけでなく表情の半分を覆っている。それでも、残った片目にはまだ火があった。静謐だったはずの傭兵の顔に、削られてなお折れないものが浮かび上がっている。 「ま、まだです……!」 シオンは落ちたトンファーを拾い、握り直した。 今度は、風に預けない。 二本とも、その手の中へ確かに収める。 「まだ、終われないっ!!」 (見事な気迫だ。だが……) エレンの紅い瞳が、ほんの僅かに細まる。 シオンが地を蹴った。 風が背を押し、黒い影が一直線に迫る。先ほどまでのように、武器を空間へ解き放つことはしない。二本のトンファーは、どちらもシオン自身の手に握られていた。取られまいとするように。失った間合いを取り戻すように。自分の武器を、今度こそ自分の支配下へ置くように。 (お前は、武器を取られるなどという体験がなかったのだろう) エレンは剣を構えたまま、動かない。 (故に、今度は取られまいと、臆してしまった。……己の型を変えてしまった) (あのまま、私へ変わらず攻め込んで来ていたら、危なかったかもな) 風の傭兵が、間合いを潰す。 真正面。 あまりにも正直な踏み込み。 (それが、お前の敗因だ) 「おおおおっ!!!!」 シオンの叫びが、闘技場を裂いた。 二本のトンファーが、頭上から振り下ろされる。風を纏い、重さを増し、これまでの連撃すべてを圧縮したような一撃。避ければ追われる。受ければ砕かれる。そんな威力を、真正面から叩きつけてくる。 「勢いはよし」 エレンの声は、静かだった。 「だが、最後の詰めが甘いな」 その瞬間、エレンの全身から力が抜けた。 構えを崩したわけではない。腰を落とし、肩を緩め、肘から手首までの張りを消す。白銀の剣だけが、トンファーの落下点へ吸い込まれるように置かれていた。 轟音。 シオンのトンファーが、剣の腹へ叩きつけられる。 まともに受ければ、腕ごと砕けてもおかしくない一撃だった。だが、エレンの身体はその力に逆らわなかった。押し込まれた衝撃を肩で受け、腰へ逃がし、足先へ流す。その流れが途切れる前に、身体そのものが回転を始める。 受けた力が、殺されずに円へ変わった。 シオンの一撃は、エレンを潰すためのものではなく、エレンを回すための歯車になっていた。 「終わりだ」 高速で回転した白銀の影が、低く沈む。 剣ではない。 刃よりも先に、エレンの爪先が跳ね上がった。 シオンの顎を、正確に捉える。 「――」 音は、小さかった。 けれど、その一撃で十分だった。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ