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#18:謎の男の襲撃

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-24 18:59:17

(ゴーレムって……こんなに、あっさり倒せるものなのかな……?)

 爆ぜ散った石片が、乾いた音を立てて地面に転がっていく。その様子を茫然と眺めながら、エレナの気の抜けた声が、エレンの内側へと響いた。

 束の間の、気の抜けた静寂。

(どうだろうな。だが、本職の接続者リンカーが相手ならば――)

 そこまで言いかけた瞬間だった。

「――ッ!!」

 脳髄の奥に、鋭利な氷杭をねじ込まれたかのような感覚。

 思考が一拍、凍りつく。

 殺気――そう呼ぶには、あまりにも澄み切っている。

 憎悪も激情も介さない、純度だけで研ぎ澄まされた“闘気”が、一直線にエレンの存在を貫いてきた。

 逆光の太陽。その灼けつく白光を背負い、黒い影がすでに――“斬りかかる瞬間”にあった。

 次の刹那。

 光の中に溶けて見えないはずの刃が、ただ一閃。

 反射的に跳ね上げた剣と、不可視の斬撃が激突し、甲高い火花が逆光を引き裂いた。

「……何者だ」

 低く、濁りのない声が地に落ちる。

 白雪のような髪。

 水のように冷たい肌。

 そして、血に濡れた宝石のごとく赫い瞳。

 ――エレン自身の、写し身。

 そう錯覚してしまうほど、男の放つ“気配”は、あまりにも似通っていた。

(こいつ……私に、似ている)

(う、うん……)

 だが、その装いは決定的に異質だった。

 黒いスーツは一切の皺もなく、まるで儀式のためだけに誂えられた法衣のように整えられている。

 赤いシャツは、鮮烈な血飛沫そのものを象ったかのように毒々しい。

 そして――右手。

 そこに無造作に握られた一本の刀。

 抜き身のまま、ただ構えられているだけで理解できる。

 これは“護る”ための武器ではない。

 斬り合いだけを宿命づけられた、“殺すための器”だ。

 そして、男そのものもまた――

 エレンがこれまで相対してきた、どの敵よりも。

 理屈抜きに、“強い”。

 その事実を、エレンの身体に宿る無数の細胞が、警鐘として一斉に鳴り響かせていた。

 骨の内側が震え、血が逆流するような、本能の拒絶。

「……なぜ、私を狙った?」

 低く問いかける。

「…………」

 だが男は、答えない。

 ただ、刀身をわずかに傾けるだけ。

 まるで――“言葉など不要。答えは刃でくれてやる”とでも言うように。

 赤い瞳だけが、まっすぐにエレンを射抜いていた。

 奇妙だったのは、そこに“殺意”が一切ないこと。

 あるのは、あまりにも純粋で、あまりにも冷たい斬気。

 濁りのない透明な力が、ただそこに漂っている。

(……答える気は、ないか)

 ならばもう、言葉はいらない。

 この男の理由も、目的も――

 力で、引きずり出すまでだ。

 エレンは静かに剣を中段へ構えた。

 数瞬。

 呼吸すら音を失った、張り詰めた睨み合い。

 次の瞬間――

 動いたのは、エレンだった。

「――ッ!」

 石畳を蹴り、一息で間合いを食い破る。

 初手、袈裟斬り。脳天から右脇腹へ、淀みのない流麗な軌道で刃が疾走した。

 だが――男は、退かない。

 切っ先が触れる、その刹那。

 ゆらり、と上体をわずかに傾けただけ。

 最小限の動きで斬撃を流し、その回避の勢いを殺さぬまま、滑らかに刀を翻す。

(――合わせに来た!?)

 回避と攻撃が、完全に同時。

 エレンの剣が空を切る音と重なるように、下から上へ、銀色の死線が首元へと迫る。

 考える時間はない。

 エレンは反射的に身体を捻り、顎を跳ね上げるようにして、強引に刃を逸らす。

 ヒュッ――と鋭い風切り音。

 チリ、と頬に走る灼けたような痛み。

 薄皮一枚。

 まさに、紙一重の回避だった。

 だが男は、そのまま止まらない。

 体勢を立て直すや否や、獣のような俊敏さで再び突貫。

 石畳を蹴る音すら置き去りにした、猛烈な速度の横一文字。

 エレンは跳躍した。

 重力が身体を引き戻す中、宙を舞い、視界が反転する。

 逆さまになった世界の中で――

 追いすがる男の赫い瞳と、視線が正面から噛み合った。

「……はッ!」

 落下の運動エネルギーを、そのまま右足の一点へと収束。

 空中で身を翻し、狙い澄ました左側頭部への一閃の蹴り。

「……っ!」

 男の左腕が瞬時に跳ね上がり、防御の形を取る。

 だが――

 エレンの一撃は、防御の上から骨を砕かんとする重さを帯びていた。

 鈍く、だが確かな衝撃。

 次の瞬間、男の身体が真横へと吹き飛ぶ。

 石畳を削り、火花を散らしながら滑走し、その勢いのまま――

 背中から、路地裏の煉瓦壁へと激突した。

「……ぐっ!」

 この好機、見逃す道理はない。

 エレンは着地の反動を殺すことなく、流れるように次の一歩を踏み出した。

 踏み込み、跳躍。今度は――刺突。

 全身のバネを一点に集約した、心臓を穿つ必殺の突き。

「……!」

 男は、それすらも紙一重でかわした。

 背に壁を負った、絶体絶命の体勢。

 それでもなお機能する、常軌を逸した反応速度。

(……やはり、避けるか)

 だが――それもまた、エレンの描いた戦闘計算式の中にある。

 ズンッ、と硬質な音が響いた。

 エレンの剣は、男の顔のすぐ脇――煉瓦の壁へと、深々と突き刺さっていた。

 刃が壁に噛み込み、エレンの動きが、ほんの一瞬だけ止まる。

 その“刹那の硬直”。

 男の赫い瞳に、はっきりと反撃の色が浮かんだ。

(――来る)

 敢えて晒した隙。

 男がそれに噛みつく瞬間まで、エレンはすでに読んでいる。

「……そこだッ!」

 男の刀が煌めくよりも――速く。

 壁に突き立ったままの自身の剣、その柄を強く掴み、

 それを軸に、身体を独楽のように回転させた。

 腕力と遠心力、そのすべてを一撃に叩き込む、回し蹴り。

 予期せぬ軌道から放たれたその一撃が、ガラ空きになった男の顔面を、寸分違わず打ち抜いた。

 先ほどとは比較にならない、衝撃音。

 肉を打ち、脳を揺らす手応えとともに、男の身体が、壁へめり込むように弾き飛ばされる。

 砕け散る煉瓦。

 爆ぜる壁材。

 もうもうと立ち込める粉塵が、男の姿を完全に覆い隠した。

 エレンは壁から剣を引き抜き、残心を保ったまま静かに距離を取る。

(だ、大丈夫……!?)

 脳裏に、エレナの震える声。

(ああ。だが……こいつは手強い。今の一連も、正直ギリギリだった)

 次の瞬間――

「……ぐっ……」

 粉塵の奥、瓦礫の山がわずかに揺れ、男が身を起こす。

 頭部を押さえる手。

 蹴りの衝撃で平衡感覚を狂わされたのか、その足取りは僅かに覚束ない。

 だが。

 その赫い瞳だけは、爛々と、不気味なほど冴え渡っていた。

 その視線の先にあるもの――

 地面に、虚しく転がる、自らの刀。

 男は、ふらつく身体のまま、再びそこへと手を伸ばす。

 その手が、刀の柄を掴んだ、その刹那――

 バリバリバリッ!!

 鼓膜を直接引き裂くような雷鳴。

 突如として、青白い稲光が空間を奔り、路地裏の景色そのものが一瞬で明滅し、歪んだ。

 男の足元から噴き上がった雷光は、地を這う蛇のように跳ね上がり、瞬く間に全身へと駆け巡る。

 万物を穿ち、罰を下す絶対の力――【雷】の属性。

 パチパチと爆ぜる蒼電が、皮膚の上ではなく、まるで“内側”を這い回っているかのように蠢く。

 電流による強制的な筋収縮か。

 あるいは、魔力マギアによる肉体改造か。

 黒いスーツの上からでもはっきりと分かるほど、男の肉体が異様な速度で、爆発的に膨張していく。

 筋が浮き上がり、関節が軋み、存在そのものが“別物”へと書き換えられていく感覚。

(……まずいな)

(え……!?)

 エレンの焦りを含んだ思考に、エレナの声が裏返る。

(今までは、読み合いと間合いの支配で何とか捌けていた。だが、これほどの身体能力差を、技だけで覆すのは――至難の業だ)

(あ……! そっか……私の身体、だから……!!)

(そうだ。君の肉体は優れている。だが、純粋な出力勝負では分が悪い。それに――)

 エレンは、稲光を纏う男を睨み据えた。

(あの雷は、ただの魔力強化じゃない。全身の細胞を強制的に活性化し、神経伝達速度そのものを異常な段階まで引き上げている。もはや、技術だけでは――)

(ど、どうするの!?)

 一瞬の沈黙。

 そして――

(……正直に言おう。エレナ。援護を頼む――!)

(……っ……! う、うん! わかったっ! いくよ……!)

 怯えと決意が入り混じった少女の声が、魂の奥底で、確かな光を宿す。

聖なる身体コルプス・サンクトゥム――!!)

 エレナの澄み切った祈りが、世界へと解き放たれた。

 その瞬間。

 エレンが握る剣が、そして華奢な四肢が――

 柔らかく、温かな金色の光に包まれる。

 視界を染める、祝福のヴェール。

 それはただの輝きではない。

 筋肉の繊維一本一本に力が宿り、骨は芯から強度を増し、皮膚は鋼に近い硬度を帯びる。

「…………!?」

 目の前の男が、初めてその表情を大きく歪めた。

 赫い瞳に走る、はっきりとした動揺。

 雷の絶対性が揺らいだ、ほんの一瞬の隙。

 エレナにしか使えない“祝福の光”。

 それは、使い手の身体能力を――限界のさらに向こうへと押し上げる、聖なる増幅。

 だが――勘違いしてはならない。

 これはあくまで、身体能力という“器”の底上げに過ぎない。

 動体視力や反応速度そのものが、同時に引き上げられるわけではないのだ。

 ――だからこそ、研ぎ澄まされた技術で、その“差”を埋める。

 今まで以上に、五感を鋭敏に。

 視るのではない。

 感じ取るのは、空気の流れ、圧の揺らぎ、殺意の濃淡――すべてだ。

(……ふむ。軽い。これで、ようやく五分に持ち込めたか)

 そう結論づけた――その瞬間。

 大気が、爆ぜた。

 否。

 男の姿が、視界から“消失”した。

 雷そのものと化した神速の踏み込み。

 その速度、もはや残像ですら“遅い”。

(くっ……見えない……!)

 速すぎる。

 網膜に焼きつく残像は、すべて“過去の幻影”。

 この速度領域において、視覚はもはや補助器官ですらない。

 だが――

“殺気”だけは、決して嘘をつかない。

 見えずとも、分かる。

 不可視の切っ先が、寸分違わず――我が喉笛を狙っている。

 エレンは、限界まで上体を反らした。

 ギィン――ッ!!

 空気が裂ける甲高い音。

 断ち切られた数本の髪が、遅れてハラリと宙を舞う。

 薄皮一枚。

 まさに、薄氷の回避。

 だが、終わらない。

 死線を潜り抜けたその勢いのまま、エレンは背後の壁を強く蹴りつけた。

 垂直の壁面を足場へと変え、

 重力に逆らうように、宙へ――退避。

 だがそれは同時に、“逃げ場を失う”ことも意味する。

 空中には、遮蔽物がない。

(――来る)

 読みは、寸分違わず的中した。

 男もまた、雷光のごとき突進力で壁を蹴り、

 即座に、死の領域へと追撃してくる。

「……っ!」

 空中で交錯する、黄金と雷。

 咄嗟に振り上げた剣が、辛うじてその一撃を弾き返す。

 耳を裂く金属音。

 爆ぜる火花。

 互いに反動で身体が弾き飛び――

 一瞬、宙に放り出された無防備な姿を晒す。

 だが。

 エレンの目は、まだ死んでいない。

 ――まだ、手はある。

 華奢な身体が、木の葉のように後方へ流される。

 だがエレンは、その衝撃に“抗わなかった”。

(この勢い……利用する――!)

 弾き飛ばされる力を、そのまま回転運動へと変換。

 空中で、しなやかに身を翻す。

 次の瞬間――

 両脚が、バネ仕掛けの罠のように唸りを上げて繰り出された。

 狙いは、一点。

 無防備になった――男の首元。

 男が反応する、その刹那すら与えない。

 エレンの両太ももが、左右からがっちりと頸部を挟み込む。

「……ッ!?」

 赫い瞳が、初めて明確な驚愕に見開かれた。

 だが――もう、遅い。

 首を支点に、エレンは自身の全身を、前方へと叩き込む。

 ぐるん、と、世界が上下反転する。

 男の巨体が、エレンの回転に引きずられるように――

 宙で、見事なまでに逆さまに持ち上がった。

「はぁぁぁっ!!」

 裂帛の気合。

 全体重。

 回転運動。

 そして、聖なる強化によって底上げされた出力のすべてを叩き込む。

 次の瞬間――

 男の身体が、地面へと叩きつけられた。

 街全体が揺れたかのような、凄絶な轟音が爆ぜる。

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    **────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ

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