LOGIN『エレン……』
体の内側で、エレナの声が小さく揺れた。気遣うようで、どこか切なさも滲む響きだった。 だが、エレンは応えない。剣の切っ先をゆっくりと持ち上げ、正面のシイナへと向け直す。 「さあ、続きを始めよう」 闘技場の光を受けた深紅の瞳が、静かに燃えていた。 しかし、シイナはすぐには構えを取らなかった。喉元を押さえていた手をようやく下ろし、浅く乱れた呼吸を整えながら、ぽつりと口を開く。 「今のは、指向性の火薬です」 喧騒の切れ間を縫うように届いたその声は、妙なほど落ち着いていた。 「この拳を叩きつけた瞬間、その衝撃で破裂するよう仕込んであります。――要するに、破裂の衝撃そのものを武器にしたのが、さっきの攻撃です」 種明かしにしては、あまりに淡々としている。 「なんだ、どうした?」 エレンが片眉を上げた。 「いや……」 シイナは一度視線を落とし、言葉を選ぶようにわずかな間を置いた。 「なんだか、卑怯だなって思ってしまって」 「……」 エレンの表情が、かすかに変わる。曇ったというより、その場の空気の温度が一段下がったようだった。 「俺たち接続者は、属性という奇跡を扱える、恵まれた人間です」 シイナは続ける。ゆっくりと、自分の中の考えを確かめるような口調だった。 「もちろん、世の中にはそれを求めても手に入らない人がいる。生まれ持ったものがすべてだ。だから俺は、鉄属性を引き当てたことに悔いはありません。扱いづらい属性でも、工夫次第でいくらでも強くなれる」 一拍。息を吸う。 「でも――無属性のあなたには……」 「そこまでだ」 低い声が、その先を断ち切った。 鋭さはない。ただ、底の冷えた声音だった。 「それ以上は、私への情けになるぞ。――その時は、容赦せん」 言葉とともに、エレンの周囲から圧が放たれる。 魔力ではない。属性でもない。ただ、鍛え抜かれた肉体の奥に沈んでいた殺気めいた気配が、空気を伝ってシイナの全身へ押し寄せた。 シイナの足が、その場で小さく竦む。 喉が閉じ、声が出ない。 「――私はな」 剣を下ろさぬまま、エレンは静かに言葉を継いだ。 「むしろ、感謝しているくらいだ」 「……っ」 「この器は、たしかに属性を扱えん。だが、言い換えれば――」 紅い瞳が、わずかに細められる。 「私は、属性に囚われることもないということだ」 シイナの肩が、ぴくりと震えた。 「接続者は必ず、自分の属性を起点に戦術を組む。炎なら炎の、水なら水の、鉄なら鉄の――その色で世界を見ることになる。それは強みだ。だが同時に、戦い方の枠でもある」 エレンは空いた手をゆっくりと開き、そして握る。 「私には、その枠が最初からない。頼れるものは属性ではなく、地力のみ。――ゆえに私は、この技術と、この眼と、この耳で」 剣の切っ先が、ぴたりとシイナの喉元を指した。 「お前たち接続者を、凌駕する」 一瞬、闘技場の空気そのものが凍りついたように感じられた。 「努力。響きはいい言葉だ」 エレンの口元が、静かに笑みの形を取る。自嘲でも謙遜でもない。もっと深いところに根を張った、自分自身への確信だった。 「だが――私はな。それだけではないぞ」 深紅の奥で、小さな灯が揺れる。 「私には、生まれついての戦闘センスというものがあるからな」 「……っ、はは……!」 圧に押されていたはずのシイナの口元が、ふっと緩んだ。 「やはり、あなたはすごい……! ――なら」 ガントレットの拳が、もう一度強く握り直される。 「変わらず俺は、全力でいきます……!!」 言い切るや否や、シイナの身体が床を蹴った。 先ほどの拳より、さらに一段。覚悟を決めた人間が最後に踏み込む時の、あの迷いのない加速だった。突き出されるガントレットが、一直線にエレンの胴を狙う。 (速い……! だが) エレンの深紅の瞳は、その軌道を最初から捉えていた。 「その拳は、もう効かん」 声と同時に、剣が振り下ろされる。 狙ったのは拳そのものではない。突き出された腕、その手首。ほんの数寸ずれた一点だった。 エレンの剣はそこへ滑り込むように叩きつけられ、シイナの拳の軌道を、ほんのわずか外へ逸らす。 ほんのわずか。だが、それで足りた。 行き場を失った拳はエレンの身体を掠めることもなく、闘技場の床へ深々と突き刺さる。 次の刹那。 ばちんっ、と、先ほどと同じ破裂音が弾けた。 今度、その衝撃を受け止めたのはエレンの肉体ではない。石の床だった。砕けた石片が四方へ飛び、白い粉塵が円を描いて舞い上がる。爆風はシイナの腕ごと押し上げ、ガントレットを罅割れた床の中へさらに深く食い込ませた。 「くそ……っ!! まだまだ……!!」 シイナは歯を食いしばり、無理やり拳を引き抜く。その勢いを殺さぬまま、今度は下から掬い上げるようなアッパーがエレンの顎へ跳ね上がった。 ――だが、それも届かない。 エレンは半歩も退かなかった。代わりに、手にした剣を、まるでバットのように小さく振る。 狙うのは拳ではない。拳の手前、動いている手首の一点。 かんっ、と乾いた音が響く。 「うわ……っ!」 拳には触れていない。にもかかわらず、シイナの腕は、まるで見えない壁に弾かれたかのように軌道を奪われ、その勢いのままに身体ごと引きずられた。アッパーの推進力を、エレンが手首一点を介して、そっくりそのまま上方向へと逸らしたのだ。 シイナの細い体躯が、ふわりと宙を舞う。 だが、ここで終わらないのがこの男のしぶとさだった。空中でくるりと身体を捻り、両足を綺麗に揃えて、後方の床へと華麗に着地する。そのまま膝のばねを使い、即座に次の踏み込みへ―― その、踏み込んだ瞬間だった。 エレンの踵が、静かに、しかし鋭く床を打った。 ごんっ、と、低い震動が走る。 次の刹那――先ほどシイナ自身の拳の爆発で砕かれていた石床が、罅の入った継ぎ目から、ぐらりと持ち上がった。割れ目に蓄積されていた力を、エレンの一打が呼び起こしたのだ。砕けた石塊が、ちょうどシイナの足元から、鋭く斜めに突き上がる。 踏み込みの真っ最中。重心を前に預けた、最も無防備な瞬間。 突起した石塊が、シイナの身体を下から掬い上げるように打ち上げた。 「――っ!?」 声にならない驚きが、シイナの喉から漏れる。両足が床を失い、身体が宙に投げ出される。受け身も、体捌きも、何ひとつ間に合わない。空を掻く手にも、踏ん張るべき足場にも、何もない。 「感謝する」 その光景を、エレンは冷ややかに見上げていた。 「お前のおかげで、手間がかかる床を、簡単に壊せたよ」 言い切るのと、跳躍するのは、ほとんど同時だった。 砕けて持ち上がった石塊の縁を踏み台に、エレンの細い身体が、低く鋭い軌道で宙へと跳ぶ。狙うのは、空中に縫い止められたシイナの胸部、ただ一点。 空を裂くように放たれた蹴りが、寸分違わずその中心へ突き刺さる。 「がふっ……!!」 シイナの口から、空気が一気に押し出される。声と呼吸と意識が、同時に飛んだ。 その身体は弾丸のように後方へと吹き飛ばされ、闘技場の縁を遥かに越えて――場外の床へと、叩きつけられるように落下した。 ずぅん、と重い音。続いて、舞い上がる土埃。視界を白く染めるほどの粉塵が立ち込め、もはやシイナの姿を完全に呑み込んでいる。一撃の余波だけで、観客席の最前列にまで微かな振動が伝わった。 「っと」 空中で身体を捻ったエレンは、音もなく闘技場の床へと舞い降りる。膝のひとつも曲げない、軽やかな着地だった。剣の切っ先を下げ、ふっと、ひとつだけ息を吐く。 一拍。 闘技場の、誰もが息を呑んで沈黙していた。 そして――その沈黙を破るように、実況者の絶叫が炸裂した。 「しょ、しょ……勝者ァァァ──!! エレェェェェン──!!! 今回も凄まじい攻防を、見せられたぞぉぉぉぉ──!!!!」 わぁっ、と、堰を切ったように歓声が闘技場を満たしていく。地鳴りのような拍手と、口笛と、名前を呼ぶ声。粉塵の向こうで、かすかに、シイナが片手を上げる影が見えた気がした。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ