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#23:夜の街での観光

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-30 21:54:05

夜の街は、昼間の静けさが嘘のように、温かな光と優しい音色、そして何よりも人々の活気に満ちていた。

 あちこちの露店や家々の窓から漏れる柔らかなランタンの灯りが石畳を照らし、

 どこからか流れてくる楽しげな音楽に重なって、

 人々の笑い声や、食器が触れ合う軽やかな音、

 そして――子どもたちの霊がはしゃぎ回る無邪気な声までが、心地よく夜気に溶け込んでいく。

 すれ違う街の住人たちは皆、エレナたち旅の者にも驚くほど気さくで、

 その眼差しはどこまでも優しかった。

『お嬢ちゃんたち、どこから来たんだい?

 この街の自慢の焼き菓子だよ。ひとつ、食べてごらん』

『夜は冷えるだろうに、薄着じゃないかい。

 よかったら、このショールを使いなさい』

 そんな温かい言葉と、心のこもった小さな親切が、

 まるで息をするのと同じくらい自然に、次々と差し出されていく。

 死者の街だと知った直後は、あんなにも怖かったのに――。

 ここでは、生きている人も、かつて生きていた人も、

 互いを隔てることなく、同じ時間を、同じ街の空気を、当たり前のように分かち合っている。

(……本当に、素敵な場所……)

 エレナは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、

 この不思議な街のあり方を、少しずつ理解していった。

「本当に……素敵な場所、ですね」

 思わず、ぽつりと本音が零れる。

「ええ。こんなふうに、生きている者も、かつて生きていた者も、

 自然に隣り合って暮らしている街なんて……他には滅多にありませんから」

 そう微笑みながら、ミストもまた同意する。

 彼女の視線も、この街の温かな営みへと静かに注がれていた。

「エレナさん、ミスト。あんなのはどうだ?」

 不意に、前を歩いていたシイナが立ち止まり、

 ある一点を指さして二人に声をかけてきた。

 彼の指の先には、ひときわ明るい灯りに照らされた一角があった。

 そこには大きな木の看板が立て掛けられ、

 エレナたちのような――“生きている人間”が、何やら楽しげに列を作っている。

 霊ではなく、生者だけが集まっているその様子が、逆に妙に目を引いた。

「……なんだろう、あれ……?」

 三人は自然とそちらへと足を向け、

 看板の前まで歩み寄って、文字を読み解こうと目を凝らす。

 古びた木の板。

 ところどころインクがかすれたその表面に、

 楽しげな装飾の施された文字で、こう書かれていた。

 ────────────

『霊の身体を体験っ!!

 君も一夜のゴースト気分!』

 ────────────

「……これは……どういうこと、ですか?」

 あまりにも軽やかで胡散臭い文句に、エレナは思わず首を傾げた。

「ん? ああ……これはな」

 と、シイナがどこか懐かしむように、少しだけ口元を緩める。

「俺たちみたいな“生きた人間”が、一時的に幽霊みたいな状態になれる体験ができるらしい。

 この街では、ちょっとした名物……だったはずだ」

「……だったはず、って!」

 そこへ、すかさずミストが噛みつく。

「シイナ君~?

 相変わらず説明がざっくりしすぎですよ~!!」

 大げさな身振り手振りを交えながら、ミストはぐっと前に乗り出す。

「いいですか、エレナさん!

 ここはですね――

 私たち生きている人間が、誰もが一度は抱く

『死んだらどうなるの?』

『霊の世界って、どんな感じなの?』

 という深遠なる謎の一端をっ!!」

 ぐいっと指を立て、

「ちょっぴり“安全に”!

 そして“楽しく”!

 体験できてしまう、とっても画期的なアトラクションなのですよ!」

「え……?」

 エレナは、ぱちりと目を瞬かせる。

「簡単に言いますとですね、

 私たちの肉体を――ほんの短時間だけ“霊に限りなく近い状態”へと変質させる、特別なアイテムをここで使うんです!」

「そうすれば、この街の住人……つまり、彼ら霊たちが感じている世界を、

 私たちも“同じ感覚”で少しだけ共有できる、というわけです!」

「……えぇ……!?

 そ、そんな不思議な体験ができるんですか……?」

 ミストの熱弁に、エレナの胸が、どくんと高鳴る。

 霊になる――なんて、考えただけで現実感がない。

 それでも、この優しい街の人たちと、同じ景色を、同じ感覚で感じられるという言葉が、

 エレナの心に、静かに火を灯してしまった。

「……ちょっと……試してみたい、です……」

 その小さな呟きを聞いた瞬間、ミストの目がきらりと輝いた。

「ふっふっふ~!

 そうでしょう、そうでしょう!!

 それでは、早速並びましょうっ!」

 そう言って、ミストは楽しそうにエレナの手を取る。

「新しい世界が――

 エレナさんを、待っていますよっ!!」

「……悪いが、俺は遠慮しておく」

 不意に、背後から落ち着いたシイナの声が入った。

 二人を見送りながら、彼は少しだけ視線を逸らし、肩をすくめる。

「あの、何とも言えない――

 体が妙に軽くなるような、地に足がつかないような感覚は、どうも昔から苦手でな」

「今回は二人で体験してきてくれ。

 俺はここで、見守っている」

 どこか“知っている者”の距離感。

 そして、懐かしさと、わずかな嫌悪が混じったような視線。

「え~、釣れないなァ~!!

 シイナ君も一緒に体験すれば、また新しい発見があるかもしれないじゃないですかー!」

「うるさい。いいから行ってこい。

 ……土産話を、楽しみにしている」

 彼はミストの言葉を軽く受け流すように苦笑し、エレナたちへと穏やかな微笑みを向けた。

「もう、シイナ君は相変わらずですねー!

 じゃあ、あの人は置いておくとして……」

 ミストはすぐにいつもの調子を取り戻し、くるりとエレナへ向き直って、ぱちんとウインクする。

「エレナさん!

 我々だけで――未知との遭遇を、果たしに行ってみますかっ!」

「はいっ。よろしくお願いします!」

 エレナも少し胸を弾ませながら、力強く頷いた。

 二人は並んで、列の最後尾へと加わる。

 周囲には、エレナたちと同じように期待に胸を膨らませた旅人の姿や、

 少し緊張した面持ちで手を握り合っている二人組の姿もあった。

 理由は分からない。

 けれど――「これから何かが起こる」という予感だけを、互いに共有しているような、不思議な連帯感がそこにはあった。

 〜*〜*〜*〜

 賑わう列に並び、待つこと十数分。

 とうとう、エレナたちの順番が回ってきた。

 受付のカウンターには、花の刺繍が施されたスカーフを頭に巻いた、

 にこやかな霊の女性が腰掛けている。

『はい、いらっしゃい!

 この“魔法の薬”を一口飲めば、あら不思議!

 あなたも、私たちと同じ――軽やかな霊の身体になれちゃうよ!』

 楽しげな口調でそう説明したあと、彼女はふっと声を落とし、

 悪戯を仕掛ける子どものような目で、少しだけ心配そうにエレナの顔を覗き込んだ。

『……っていう商売なんだけど。

 大丈夫、かな……??』

 その問いかけには、形ばかりではない、やさしい気遣いが滲んでいた。

「大丈夫ですよぉ!

 私たちは好奇心の塊ですから!」

 ミストが、いつもの勢いそのままに元気よく答える。

「はい。大丈夫です。

 ぜひ……体験させてください」

 エレナも、胸の奥で高鳴る鼓動を感じながら、期待と少しの緊張を込めて頷いた。

『そう。それなら、よかった!

 では――お一人様、1,000リヴィアになります!』

 受付の霊は嬉しそうに微笑むと、カウンターの下から、

 小さな小瓶を二つ、そっと取り出した。

 中に満ちているのは――

 まるで月光を溶かし込んだかのような、淡く揺らめく銀色の液体。

 光に透かすたび、ゆらりと形を変えるその輝きは、

 どう見ても“ただの飲み物”ではなかった。

 エレナたちはそれぞれ通貨を支払い、

 その不思議な薬を受け取ったのだった。

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