LOGINシイナさんが魔物へ向かって一直線に、まるで閃光みたいに飛び込んだ。
駆け抜ける豹のような俊敏さで距離を詰め、右拳に装着された鉄製のガントレットが、狙い違わず魔物の牛のような顔面を正確に捉える。 その刹那―― 鼓膜を破るかのような炸裂音と共に、夜の闇を白く焼き切る閃光が迸った。 「グガッ……!」 至近距離での爆発に、魔物も短い呻き声を上げ、巨体がぐらりとよろめく。 やった!? そう思ったのも束の間。体勢を立て直すよりも早く、鞭のようにしなった魔物の太く長い尾が、空中に跳ね上がったシイナさんの腹部へと、回避する間も与えず強烈な一撃を叩き込んだ。 肉を打つ鈍い音が響き、シイナさんの体がくの字に折れ曲がって、石ころみたいに軽々と吹き飛ばされる。 「シイナ君っ!」 ミストさんが即座に魔力を集中させ、シイナさんの落下地点を見極めるように両手を前方へ突き出す。彼女の足元から湧き上がった水が、壁際で巨大な水のクッションを形成し、激突寸前だったシイナさんの体をふわりと優しく受け止めた。 ――私は、その一連の攻防を、ただ息を飲んで見つめていることしかできなかった。 (どうしよう……今の私に、あの魔物に通用する攻撃なんて……!? 私に、できることは……!?) さっき放った聖なる矢が、あっさり払い落とされた光景が目に焼き付いて離れない。その事実が重くのしかかってきて、焦りだけが心を空回りさせる。 (エレナ、落ち着け。いつも私にしていることを思い出すんだ。何も特別なことじゃない) その時、エレンの冷静で、それでいて力強い声が心に直接響いた。 (いつも……エレンにしてること……あっ、そうか、聖属性の付与! みんなの能力を強化するんだ!) まるで頭の中の霧がさっと晴れるように、答えが見つかった。 (そうだ。慣れない私以外との連携に、少し戸惑っているだけだ。君の力の本質は、仲間を支え、その力を増幅させることにある。無理に一人で攻撃しなくてもいい) (うん、わかった! やってみる!) エレンの言葉に、私は強く頷いた。 「すまない、ミスト! 助かった!」 シイナさんが水のクッションから勢いよく這い上がり、ぐっしょりと濡れた黒髪を荒々しく払いながら、ミストさんに力強く礼を告げる。その瞳には、まだ闘志が燃え盛っていた。 「シイナさん! こっちへ来てください!」 私の声に気づいたシイナさんは、一瞬こちらに鋭い視線を向け、小さく頷くとすぐに私のもとへと駆けてくる。 私は彼が差し出した手を強く握りしめ、目を閉じて静かに、そして強く祈りを込めた。 体内の聖なる魔力が呼応し、温かい光となって私の手からシイナさんへと流れ込んでいく。 その光は彼を柔らかく包み込み、やがて銀色だったガントレットが、まるで朝日を浴びたみたいに荘厳な黄金色へとその輝きを変えていくのが、閉じた瞼の裏にもはっきりと見えた。 彼の全身に、清浄な聖属性の魔力が満ちていくのを、肌で感じる。 「これは……」 「どうでしょうか……これで……少しは…」 祈りを終え、そっと目を開けると、シイナさんの体から放たれるオーラが、さっきとは比べ物にならないほど力強く、そして神聖なものに変わっていた。 「ああ、十分だ。これなら、まともにやり合える」 シイナさんが黄金色に輝く自身の拳を一度強く握りしめ、確信に満ちた声で告げる。その言葉を合図にしたみたいに、魔物が再び地響きと共に猛突進してきた。 「……せっかくのお話の邪魔、しないでいただけます?」 ミストさんが溜息まじりに呟き、魔物の正面に巨大な水の障壁を瞬時に展開する。激流が渦巻く壁が魔物の勢いを一瞬削ぐ。だけど、魔物は力任せにそれを破り、咆哮と共に私たちへ襲いかかってきた。 「はぁっ!!」 強化された黄金の拳が、再び魔物の牛面へと真正面から叩き込まれる。 さっきとは明らかに違う、重くて鋭い衝撃が魔物の巨体を貫き、その体が砲弾に撃ち抜かれたみたいに後方へと大きく弾き飛ばされた。魔物は轟音と共に地を転がり、砕けた門の瓦礫を巻き上げながら、辛うじて街の外の暗がりへと追い出される。 「まだ終わらせない!」 冷静ながらも闘志を滾らせたシイナさんが地面を強く蹴り、間髪入れず魔物へと跳躍する。着地とほぼ同時に、体勢を立て直そうともがく魔物のがら空きの腹部へ、渾身の右ストレートを振り下ろした。 再び強烈な炸裂音が響き、閃光が夜の闇を切り裂く。シイナさんはその反動を利用して華麗に宙返りし、乱れた髪をさりげなく指で整えた。 私とミストさんは視線を交わし、即座にシイナさんの後を追って街の外へと駆け出す。 追撃を受けた魔物は、苦悶の声を上げながらもゆっくりと立ち上がり、天に向かって凄まじい雄叫びを上げた。 夜気がビリビリと震え、鼓膜が激しく揺さぶられ、足元の地面までが微かに振動している。私は思わず両耳を強く塞いだ。 直後、魔物はその巨大な悪魔の翼を誇示するように広げ、片手を虚空に掲げる。その手に漆黒の靄が渦を巻いて集まり始め、やがて禍々しい紫色のオーラを纏う、両刃の巨大な黒剣へと姿を変えた。まるで異空間から召喚されたみたいに、その剣は重々しい存在感を放っている。 「来るぞ……! 総員、防御態勢!」 シイナさんが私たちの前に立ちはだかり、地面に強く踏み込むと同時に、彼の足元から瞬時に分厚い鉄の盾が扇状に展開される。 風圧を伴って猛然と迫る魔物。その手に握られた漆黒の大剣が、月光を鈍く反射しながら振り下ろされた。 鼓膜が破れそうな激しい金属音と共に、シイナさんが展開した鉄の盾が、まるで薄紙のように真っ二つに両断される。砕けた鉄片が火花を散らしながら飛び散った。 「なっ……!?」 シイナさんの目が、信じられないものを見るかのように驚愕に染まる。私の背筋に、ぞくりと冷たい恐怖が走り抜けた。 「強化されたシイナ君の盾を一撃で……! あの剣、尋常な斬れ味ではありませんね……!」 ミストさんも普段の余裕を失い、焦りを隠せない様子で歯噛みしている。 魔物は勢いを緩めず、私たちに再び大剣を振り下ろそうと迫る。 「シイナ君っ!」 「わかってる!」 ミストさんの叫びと同時、シイナさんが盾の残骸を構え直すよりも早く、ミストさんが両手を魔物に向けた。 「水の檻!!」 魔物の足元から大量の水が噴き上がり、瞬く間に巨大な水の牢獄となってその巨体を包み込む。水の抵抗が、大剣の威力を僅かに削いだ。その一瞬の隙を突き、シイナさんの鉄の盾が、今度は水の牢獄を外側から覆うように、円形の鉄の牢獄へと変形して魔物を完全に封じ込めた。 「水の牢と――」 「鉄の牢で、二重拘束だ!!」 ミストさんとシイナさんの声が、完璧なタイミングで重なる。まさに阿吽の呼吸。 「すごい……こんな戦い方もあるんだ……」 私はただ息を呑み、水と鉄によって完全に動きを封じられた魔物の姿を、固唾を飲んで見つめていた。 (なるほど……。理に適った作戦だ。水の柔軟性で動きを阻害し、鉄の剛性で完全に封じ込める。実に見事な判断だ) エレンの冷静な評価が心に響く。だけど、その称賛の声も束の間だった――。 内側から響く凄まじい衝撃音。次の瞬間、水と鉄の二重牢が、爆散するかのように派手に破壊された。水飛沫と鉄片が周囲に猛烈な勢いで飛び散る。 「本当に何なんだ、この魔物は! 耐久力も攻撃力も、規格外すぎる!」 「ちょっとまずいですね、これは……! 我々の想定を遥かに超えています……!」 シイナさんとミストさんの顔に、絶望に近い色が浮かぶ。 私の体は、圧倒的な力の差を目の当たりにして、恐怖に完全にすくみ、氷漬けにされたみたいに動けない。 「エレナっ!」 「エレナさん、逃げて!」 二人の声が、遠くに聞こえる。 (エレナ…!ちぃ…!代わるぞ……!) エレンの必死な声が私の心を激しく揺さぶる。だけど、足が地面に張り付いたように動かない――。 魔物の巨大な手が、私を蝿でも払うみたいに、目の前に迫ってくる。 その、絶望的な瞬間―― 「オラァァァァ!!!! このデクノボウがぁっ!!」 視界の端で、鮮やかな赤い閃光が迸った。灼熱の炎を纏った長剣が、流星のように飛来し、魔物の振り下ろされようとしていた腕を、肘のあたりから豪快に切り裂いた。 「グレンさん……! シオンさん……!」 剣を構えたグレンさんと、その横に冷静な表情で佇むシオンさん。頼れる仲間たちの姿が、私の前に立ちはだかっていた。 「なんだこいつは……見たことねぇタイプだな。だが、面白えじゃねえか!」 グレンさんが、好戦的な笑みを浮かべて魔物を睨みつける。 「無駄口は要りません、グレン。状況は芳しくないようです。とにかく連携を」 シオンさんは冷静に状況を分析し、既に次の行動へと意識を集中させている。 「グレン!シオン!すまない、助かった!!」 「おうシイナ!叫び声が聞こえたと思ったら、なんだかとんでもない事になってんな!」 「新種かはたまた特異個体か……分からないが、二人とも気をつけろよ!」 「おう!」「はい」 二人の頼もしい登場に、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れたみたいに、私の膝は力なく地面についた。 「……っ!」 必死に立ち上がろうとするけど、恐怖と安堵が入り混じった複雑な感情で、膝がガクガクと震えて力が入らない。 (私は、一体何をしてるの……? 仲間を守るために、この街を守るためにここにいるはずなのに……! 何もできていないじゃない……!) 自分の不甲斐なさが悔しくて、情けなくて――瞳の奥から熱いものが込み上げてきて、視界が滲んだ。 「エレナ、今は無理せず休んでろ。あとは俺たちが何とかするからよ!」 グレンさんが、一瞬だけ私に振り返って、ニカッと力強い笑顔を見せてくれた。 「……ありがとう、ございます…」 私は唇を強く噛み締め、滲む涙を袖で拭い、小さく、でも確かに頷いた。 (絶対に、こんな自分には負けない――私だって……みんなと一緒に、戦えるはずなんだから……!) 震える膝を必死に抑えつけ、私はゆっくりと、でも確かな意志を持って、再び立ち上がった。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ







