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第24話:襲撃

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-31 19:04:27

「これが…幽霊体験ができるポーション…」

受け取った小さな硝子瓶の中で、月光を溶かし込んだみたいな銀色の液体が、周囲のランタンの灯りを反射してきらきらと揺らめいている。甘いような、それでいてどこか不思議な薬草の香りが、微かに鼻をくすぐった。

私は瓶の小さな木の栓を抜き、恐る恐るその液体を口に含む。舌の上に、ほんのりと冷たくて、少しだけシュワシュワする刺激が広がった。

「おお!? エレナさん、意外とアクティブですねぇ、素晴らしい探求心です! よーし、私も行きますよぉ!!」

私が飲み干すのを見て、ミストさんがパッと表情を輝かせ、同じように興奮した様子でポーションを一気に飲み干した。

すると、本当にすぐに、私たちの身体に不思議な変化が起き始める。

身体が…ふわりと、綿毛にでもなったみたいに軽くなっていく…?

自分の足元に目をやると、体が徐々に透け始めて、まるで陽炎みたいにゆらゆらと揺れているのが見えた。地面を踏みしめているはずなのに、その感触がほとんどない。手を振ってみても、空気を掻く抵抗がいつもよりずっと軽い。

これが、霊になった感覚…?

体が軽くて、どこか心許ないけど、同時に今まで感じたことのないような解放感があった。なんて不思議な感覚なんだろう。

「ふふふ、何回味わっても面白い体験ですよ、コレは! 前回は主にこの身体的な変化――質量や密度、視覚的透明度の変化を中心に観察しましたが…今回は心の観察です!」

隣で同じように半透明になっているミストさんが、子供みたいに目をきらきらさせながら興奮気味に言う。

「身体にこれだけの変化があれば、心にも何らかの影響があるはず! その心理的変容を詳細に観察しなくては、研究者として真理の探究はできませんとも!」

今にもどこからか手帳とペンを取り出しそうな勢いだ。

「これ…すごいですね…! なんだか、ふわふわしていて夢みたいです。でも…これ、元の体に戻ったらどうなるんだろう?」

私は自分の透けた手を見つめながら、素朴な疑問を口にした。

「ああ、それですか? 大丈夫、効果が切れれば自然に戻ります。ただ…その時は、ものすごーく身体が重く感じますよ! まるで全身に鉛を仕込まれたみたいに!」

ミストさんが、にっこりと、でもどこか楽しげにそう断言する。

「え”っ」

彼女の言葉に、私の背筋にぞくりと悪寒が走った。

***

そんなやり取りをしたり、お互いの透けた体を指さして笑い合ったり、ミストさんが「魂の波長が周囲の霊素と共鳴し…」などとぶつぶつ呟いているのを横目で見たりしているうちに、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

そして、ふとした瞬間――まるで何かの糸がぷつりと切れたように、体にズシリとした確かな重みが戻ってきた。視界も、さっきまでのおぼろげな感じから、はっきりとした現実のものへと切り替わる。どうやら、ポーションの効果が切れたみたいだ。

「どうだった? なかなか面白い体験だっただろう」

列から少し離れた場所で、腕を組んで私たちを見守ってくれていたシイナさんが、穏やかな笑みを浮かべてそう尋ねてくる。

「はい! すごく面白かったです!! ですけど…うぅ、ミストさんの言った通り、なんだか急に体が重く感じます…。足が地面にめり込んじゃいそう…」

私がそう答えると、本当に、さっきまでの軽やかさが嘘みたいに、全身にずっしりとした疲労感にも似た重みがのしかかってくる。

「はは、そうだろうな。幽霊になると、どうやら俺たちが常に感じているはずの重力の影響がなくなるらしい。その分、元の体に戻った時に、普段意識していない自分自身の重さが、一気にのしかかってくるように感じるのさ」

シイナさんが、なるほどと頷ける説明をしてくれた。

***

穏やかな空気が一変したのは、本当に、その直後だった。

夜の街の陽気なざわめきを切り裂いて、鼓膜を劈くような絶叫が響き渡った。

『うわぁぁぁっ!! た、助け――ギャアァァァッ!!』

鼓膜を劈くような絶叫と、何かが破壊される轟音が、夜の街の陽気なざわめきを切り裂いた。音楽が途絶え、人々の笑顔が一瞬にして凍りつく。

「な、なに……!? いまの悲鳴、どこから!?」

私は思わず立ちすくむ。

(……間違いない。魔物の気配だ。それも……かなり手強い気配だ)

(このタイミングで……!?)

エレンの鋭く、緊迫した声が脳内に直接響く。その声だけで、これが尋常じゃない事態なんだって、すぐに分かった。

「2人はここにいろ! 俺が様子を見てくる!」

シイナさんが即座に状況を判断し、声がした方角――街の入り口あたり――へと風のように駆け出す。その背中には、いつもの落ち着きとは違う、鋭い緊張感が漂っていた。

でも……私の足は、その場に縫い付けられたりしなかった。胸の中に芽生えたのは、恐怖や迷いじゃない。もっと熱くて、確かな想い。

この街の人たちを、あの優しい霊たちを――彼らが紡いできた、この温かくて美しい夜を、私が守りたい。聖女見習いとしてじゃなく、一人の人間として。

「私も行きます!」

「えぇぇ!? ちょっ、エレナさん、危ないですから待ってくださいってばー!!」

私の決意を叫ぶと同時に、背後からミストさんの慌てた声が聞こえる。でも、その声は私を止めるというより、心配して一緒に来てくれようとする響きがあった。

***

数瞬遅れて、私とミストさんが辿り着いた街の出入り口付近。そこには、信じられない光景が広がっていた。

堅牢だったはずの石造りの門は砕け散り、周囲の露店は薙ぎ倒され、ランタンの灯りが心細げに揺れている。

そして、その破壊の中心に、月明かりを背にして“ソレ”は立っていた。

天を突くかのような巨躯。全身を覆うのは、磨かれた黒曜石のような、ぬらりとした光沢を放つ真っ黒な肌。異常なまでに隆起した筋肉は、それ自体が凶器のような威圧感を放っている。背中からは巨大で禍々しい悪魔の翼が広がり、太い尻尾が地面を打つたびに、地響きが足元から伝わってきた。

そして何より異様なのは、その頭部――明らかに人間のものではない、禍々しい角を持つ巨大な牛の顔が、赤い凶眼を爛々と輝かせていること。

「な……なんだ、こいつは……!? ベヒーモス……いや、それともミノタウロスとの混合種か!? こんな魔物、図鑑でも見たことがないぞ……!?」

シイナさんが汗を滲ませながらも、既に剣を抜き、その切っ先を魔物に向けている。彼の声には、焦りと、未知への強い警戒が滲んでいた。

「ひぃ……ひぃ……。も、もう、エレナさんったら、いきなり走り出すの、やめてくださいよぉ……。心臓が口からまろび出るところでした……」

肩で大きく息をしながらミストさんが追いつき、私の隣でぜえぜえと喘いでいる。だけどその瞳は、もう目の前の巨悪を冷静に観察し始めていた。

「2人とも!? なんで来たんだ! 危ないからあそこにいろと言ったはずだ!」

シイナさんが私たちを振り返り、厳しい声を上げる。

「私も、戦います! この街を、みんなを守ります!」

私は、震える膝に叱咤し、真っ直ぐに魔物を見据えて宣言した。

(エレナ……本気か? この魔物は、これまで君が対峙してきたものとはレベルが違うぞ)

エレンが、私の覚悟を試すように、静かに問いかける。

(やる、やらないじゃない! 私が、やらなきゃいけないの! ここで逃げたら、私は私を許せない!)

(……そうか。ならば、私も全力で君を支えよう。だが、決して無茶はするな。危なくなったら、私が代わる)

エレンの短い了承の言葉が、私の決意をさらに固くする。

その時、魔物の巨大な手に、か弱い光を放つ1人の女性の霊が、人形のように無力に捕らえられているのが見えた。彼女は恐怖に震え、か細い声で助けを求めている。

「その手を……離せ!!!」

シイナさんが怒りの咆哮と共に、魔物へと駆け出す。彼の剣が、夜闇の中で鋭い銀色の軌跡を描いた。

『あ……あぁ……いや……あっ……』

女性の霊が悲痛な声を上げた直後、魔物の掌が不気味な黒紫色の光を放ち始める。

そして――霊の女性の体が、陽炎のように揺らめき、次の瞬間には細かい光の粒子となって霧のように掻き消えてしまった。

「なっ……!?」

シイナさんの動きが、驚愕に一瞬止まる。

「……吸収、された……ようですね。魂ごと喰らった、とでも言うべきでしょうか……」

ミストさんが、いつになく低い、感情を抑えた声で呟く。その表情は、見たこともないほど険しかった。

「この魔物、普通じゃない。まるで……複数の魔物の部位を、無理やり一つに融合させたかのような、悍ましい違和感があります。自己再生能力や、他者のエネルギーを吸収する能力を持っていてもおかしくありません」

「よくもっ!!」

ミストさんの分析を待たず、怒りに我を忘れたかのように、シイナさんが渾身の一撃を魔物の太い腕に叩きつける。

鋼と岩が打ち合わされたかのような、耳障りな金属音が響き渡った。

シイナさんの剣は、魔物の鋼鉄のような皮膚に深々と弾かれ、火花を散らす。

「っ……硬いっ! まるで岩盤だ!」

シイナさんの顔に、苦悶の色が浮かぶ。

私も即座に反応し、右手を掲げ、聖なる光を集束させた矢を放つ。数条の光の矢が、正確に魔物の手のひら――さっき霊を吸収した場所――へと突き刺さるように飛翔した。だけど、魔物はそれを意にも介さず、分厚い掌であっさりと払い落とし、光は虚しく霧散した。

「私も行きます!」

ミストさんが両手を大きく広げると、魔物の頭上に巨大な水の塊が、まるで小さな湖が逆さまになったかのように出現する。水の塊が魔物の頭部めがけて一気に落下し、巨大な水球となって牛の顔を完全に封じ込めた。

「このまま、溺死させます」

ミストさんの口調が、いつものお調子者とは打って変わって、氷のように冷たく静かだった。その変化に、私は彼女の本気の怒りと、この状況の深刻さを改めて思い知る。

だけど――事態は、私たちの想像を遥かに超えていた。

魔物の頭部を包み込んでいた水球が、まるで乾いた砂が水を吸い込むみたいに、ゆっくりと、でも確実に魔物の体内へと吸い込まれていく。ごぼごぼという不気味な音と共に水かさが減っていき、そして完全に飲み干された後――魔物は、その牛のような顔を歪め、まるで嘲笑うかのように、ニタァと醜悪な笑みを浮かべた。

「…………!? 私の水を、飲んだ!?」

ミストさんの顔から、初めて焦りの色が浮かび上がる。

三人の前に、圧倒的な力と未知の能力を持って立ちはだかる、異形の魔物…。

さっきまでの賑わいが嘘のような夜の街の静けさが、じわじわと、そして確実に、肌を刺すような恐怖へと変わっていくのを感じた。

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