로그인「これが…幽霊体験ができるポーション…」
受け取った小さな硝子瓶の中で、月光を溶かし込んだみたいな銀色の液体が、周囲のランタンの灯りを反射してきらきらと揺らめいている。甘いような、それでいてどこか不思議な薬草の香りが、微かに鼻をくすぐった。 私は瓶の小さな木の栓を抜き、恐る恐るその液体を口に含む。舌の上に、ほんのりと冷たくて、少しだけシュワシュワする刺激が広がった。 「おお!? エレナさん、意外とアクティブですねぇ、素晴らしい探求心です! よーし、私も行きますよぉ!!」 私が飲み干すのを見て、ミストさんがパッと表情を輝かせ、同じように興奮した様子でポーションを一気に飲み干した。 すると、本当にすぐに、私たちの身体に不思議な変化が起き始める。 身体が…ふわりと、綿毛にでもなったみたいに軽くなっていく…? 自分の足元に目をやると、体が徐々に透け始めて、まるで陽炎みたいにゆらゆらと揺れているのが見えた。地面を踏みしめているはずなのに、その感触がほとんどない。手を振ってみても、空気を掻く抵抗がいつもよりずっと軽い。 これが、霊になった感覚…? 体が軽くて、どこか心許ないけど、同時に今まで感じたことのないような解放感があった。なんて不思議な感覚なんだろう。 「ふふふ、何回味わっても面白い体験ですよ、コレは! 前回は主にこの身体的な変化――質量や密度、視覚的透明度の変化を中心に観察しましたが…今回は心の観察です!」 隣で同じように半透明になっているミストさんが、子供みたいに目をきらきらさせながら興奮気味に言う。 「身体にこれだけの変化があれば、心にも何らかの影響があるはず! その心理的変容を詳細に観察しなくては、研究者として真理の探究はできませんとも!」 今にもどこからか手帳とペンを取り出しそうな勢いだ。 「これ…すごいですね…! なんだか、ふわふわしていて夢みたいです。でも…これ、元の体に戻ったらどうなるんだろう?」 私は自分の透けた手を見つめながら、素朴な疑問を口にした。 「ああ、それですか? 大丈夫、効果が切れれば自然に戻ります。ただ…その時は、ものすごーく身体が重く感じますよ! まるで全身に鉛を仕込まれたみたいに!」 ミストさんが、にっこりと、でもどこか楽しげにそう断言する。 「え”っ」 彼女の言葉に、私の背筋にぞくりと悪寒が走った。 *** そんなやり取りをしたり、お互いの透けた体を指さして笑い合ったり、ミストさんが「魂の波長が周囲の霊素と共鳴し…」などとぶつぶつ呟いているのを横目で見たりしているうちに、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。 そして、ふとした瞬間――まるで何かの糸がぷつりと切れたように、体にズシリとした確かな重みが戻ってきた。視界も、さっきまでのおぼろげな感じから、はっきりとした現実のものへと切り替わる。どうやら、ポーションの効果が切れたみたいだ。 「どうだった? なかなか面白い体験だっただろう」 列から少し離れた場所で、腕を組んで私たちを見守ってくれていたシイナさんが、穏やかな笑みを浮かべてそう尋ねてくる。 「はい! すごく面白かったです!! ですけど…うぅ、ミストさんの言った通り、なんだか急に体が重く感じます…。足が地面にめり込んじゃいそう…」 私がそう答えると、本当に、さっきまでの軽やかさが嘘みたいに、全身にずっしりとした疲労感にも似た重みがのしかかってくる。 「はは、そうだろうな。幽霊になると、どうやら俺たちが常に感じているはずの重力の影響がなくなるらしい。その分、元の体に戻った時に、普段意識していない自分自身の重さが、一気にのしかかってくるように感じるのさ」 シイナさんが、なるほどと頷ける説明をしてくれた。 *** 穏やかな空気が一変したのは、本当に、その直後だった。 夜の街の陽気なざわめきを切り裂いて、鼓膜を劈くような絶叫が響き渡った。 『うわぁぁぁっ!! た、助け――ギャアァァァッ!!』 鼓膜を劈くような絶叫と、何かが破壊される轟音が、夜の街の陽気なざわめきを切り裂いた。音楽が途絶え、人々の笑顔が一瞬にして凍りつく。 「な、なに……!? いまの悲鳴、どこから!?」 私は思わず立ちすくむ。 (……間違いない。魔物の気配だ。それも……かなり手強い気配だ) (このタイミングで……!?) エレンの鋭く、緊迫した声が脳内に直接響く。その声だけで、これが尋常じゃない事態なんだって、すぐに分かった。 「2人はここにいろ! 俺が様子を見てくる!」 シイナさんが即座に状況を判断し、声がした方角――街の入り口あたり――へと風のように駆け出す。その背中には、いつもの落ち着きとは違う、鋭い緊張感が漂っていた。 でも……私の足は、その場に縫い付けられたりしなかった。胸の中に芽生えたのは、恐怖や迷いじゃない。もっと熱くて、確かな想い。 この街の人たちを、あの優しい霊たちを――彼らが紡いできた、この温かくて美しい夜を、私が守りたい。聖女見習いとしてじゃなく、一人の人間として。 「私も行きます!」 「えぇぇ!? ちょっ、エレナさん、危ないですから待ってくださいってばー!!」 私の決意を叫ぶと同時に、背後からミストさんの慌てた声が聞こえる。でも、その声は私を止めるというより、心配して一緒に来てくれようとする響きがあった。 *** 数瞬遅れて、私とミストさんが辿り着いた街の出入り口付近。そこには、信じられない光景が広がっていた。 堅牢だったはずの石造りの門は砕け散り、周囲の露店は薙ぎ倒され、ランタンの灯りが心細げに揺れている。 そして、その破壊の中心に、月明かりを背にして“ソレ”は立っていた。 天を突くかのような巨躯。全身を覆うのは、磨かれた黒曜石のような、ぬらりとした光沢を放つ真っ黒な肌。異常なまでに隆起した筋肉は、それ自体が凶器のような威圧感を放っている。背中からは巨大で禍々しい悪魔の翼が広がり、太い尻尾が地面を打つたびに、地響きが足元から伝わってきた。 そして何より異様なのは、その頭部――明らかに人間のものではない、禍々しい角を持つ巨大な牛の顔が、赤い凶眼を爛々と輝かせていること。 「な……なんだ、こいつは……!? ベヒーモス……いや、それともミノタウロスとの混合種か!? こんな魔物、図鑑でも見たことがないぞ……!?」 シイナさんが汗を滲ませながらも、既に剣を抜き、その切っ先を魔物に向けている。彼の声には、焦りと、未知への強い警戒が滲んでいた。 「ひぃ……ひぃ……。も、もう、エレナさんったら、いきなり走り出すの、やめてくださいよぉ……。心臓が口からまろび出るところでした……」 肩で大きく息をしながらミストさんが追いつき、私の隣でぜえぜえと喘いでいる。だけどその瞳は、もう目の前の巨悪を冷静に観察し始めていた。 「2人とも!? なんで来たんだ! 危ないからあそこにいろと言ったはずだ!」 シイナさんが私たちを振り返り、厳しい声を上げる。 「私も、戦います! この街を、みんなを守ります!」 私は、震える膝に叱咤し、真っ直ぐに魔物を見据えて宣言した。 (エレナ……本気か? この魔物は、これまで君が対峙してきたものとはレベルが違うぞ) エレンが、私の覚悟を試すように、静かに問いかける。 (やる、やらないじゃない! 私が、やらなきゃいけないの! ここで逃げたら、私は私を許せない!) (……そうか。ならば、私も全力で君を支えよう。だが、決して無茶はするな。危なくなったら、私が代わる) エレンの短い了承の言葉が、私の決意をさらに固くする。 その時、魔物の巨大な手に、か弱い光を放つ1人の女性の霊が、人形のように無力に捕らえられているのが見えた。彼女は恐怖に震え、か細い声で助けを求めている。 「その手を……離せ!!!」 シイナさんが怒りの咆哮と共に、魔物へと駆け出す。彼の剣が、夜闇の中で鋭い銀色の軌跡を描いた。 『あ……あぁ……いや……あっ……』 女性の霊が悲痛な声を上げた直後、魔物の掌が不気味な黒紫色の光を放ち始める。 そして――霊の女性の体が、陽炎のように揺らめき、次の瞬間には細かい光の粒子となって霧のように掻き消えてしまった。 「なっ……!?」 シイナさんの動きが、驚愕に一瞬止まる。 「……吸収、された……ようですね。魂ごと喰らった、とでも言うべきでしょうか……」 ミストさんが、いつになく低い、感情を抑えた声で呟く。その表情は、見たこともないほど険しかった。 「この魔物、普通じゃない。まるで……複数の魔物の部位を、無理やり一つに融合させたかのような、悍ましい違和感があります。自己再生能力や、他者のエネルギーを吸収する能力を持っていてもおかしくありません」 「よくもっ!!」 ミストさんの分析を待たず、怒りに我を忘れたかのように、シイナさんが渾身の一撃を魔物の太い腕に叩きつける。 鋼と岩が打ち合わされたかのような、耳障りな金属音が響き渡った。 シイナさんの剣は、魔物の鋼鉄のような皮膚に深々と弾かれ、火花を散らす。 「っ……硬いっ! まるで岩盤だ!」 シイナさんの顔に、苦悶の色が浮かぶ。 私も即座に反応し、右手を掲げ、聖なる光を集束させた矢を放つ。数条の光の矢が、正確に魔物の手のひら――さっき霊を吸収した場所――へと突き刺さるように飛翔した。だけど、魔物はそれを意にも介さず、分厚い掌であっさりと払い落とし、光は虚しく霧散した。 「私も行きます!」 ミストさんが両手を大きく広げると、魔物の頭上に巨大な水の塊が、まるで小さな湖が逆さまになったかのように出現する。水の塊が魔物の頭部めがけて一気に落下し、巨大な水球となって牛の顔を完全に封じ込めた。 「このまま、溺死させます」 ミストさんの口調が、いつものお調子者とは打って変わって、氷のように冷たく静かだった。その変化に、私は彼女の本気の怒りと、この状況の深刻さを改めて思い知る。 だけど――事態は、私たちの想像を遥かに超えていた。 魔物の頭部を包み込んでいた水球が、まるで乾いた砂が水を吸い込むみたいに、ゆっくりと、でも確実に魔物の体内へと吸い込まれていく。ごぼごぼという不気味な音と共に水かさが減っていき、そして完全に飲み干された後――魔物は、その牛のような顔を歪め、まるで嘲笑うかのように、ニタァと醜悪な笑みを浮かべた。 「…………!? 私の水を、飲んだ!?」 ミストさんの顔から、初めて焦りの色が浮かび上がる。 三人の前に、圧倒的な力と未知の能力を持って立ちはだかる、異形の魔物…。 さっきまでの賑わいが嘘のような夜の街の静けさが、じわじわと、そして確実に、肌を刺すような恐怖へと変わっていくのを感じた。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ