Masuk私は、まだ微かに震える足にぐっと力を込めて、どうにか立ち上がった。
目の前では仲間たちが、あの規格外の魔物と死闘を繰り広げている。 だけど……今の私が未熟な攻撃を繰り出しても、きっと彼らの足を引っ張るだけ。 (それなら――私にできる、最善のことは!) 私は両の掌を胸の前に合わせ、そこにありったけの聖なる魔力を集中させた。温かく、清浄な光が手のひらから溢れ出し、周囲の闇をわずかに押し返す。 「エレナさん……あなたが諦めないというのなら、このミストさんも最後までお手伝いしますよ!! 全力でサポートさせていただきますとも!」 すぐ隣から、明るくて、今はどこまでも頼もしいミストさんの声が響く。 この極限の状況でも変わらない彼の調子が、不思議と私の強張っていた心を少しだけ解きほぐしてくれる。そうだ、私は一人じゃない。 その時、さっきグレンさんによって断ち切られたはずの魔物の腕が――まるで生きているみたいに蠢き、黒い肉と骨が絡み合いながら、おぞましい速度で再生を始めていた。 「……ミストの推測通りに再生能力まで持ってるのか、あの魔物は…!」 シイナさんが忌々しげに吐き捨てる。 「構わねぇ!! 何度でも、俺がまたぶった斬ってやるぜ!」 グレンさんが炎の剣を握り直し、闘志をさらに燃え上がらせた。 「今回は、私はサポートに徹します。皆さんの力を最大限に引き出しましょう」 シオンさんは冷静に戦況を分析し、風を操るトンファーを構え直す。 三人は、もうためらうことなく、再び魔物へと動き出した。 まず動いたのはシオンさんだった。彼がトンファーを振るうと旋風が巻き起こり、加速されたトンファーが唸りを上げて、再生しかけていた魔物の腕を的確に打ち払う。 ほぼ同時に、反対側から振りかざされた巨大な黒剣を、シイナさんが全身のバネを使って展開した鉄の盾で、火花を散らしながらも強引に受け止める。盾が軋み、地面が衝撃で陥没した。 そして――その中央の、わずかな隙間を縫うように、グレンさんが猛然と突進した。 彼の握る長剣が、まるで意思を持ったかのように鮮やかな紅蓮の炎を纏い、真一文字に振り抜かれる。 肉を断ち切る鋭い音と共に、魔物の分厚い胸板から腹部にかけて、一撃で深々と裂け目が走った。 獣じみた、苦悶とも怒りともつかない凄まじい咆哮が轟き、魔物は傷口から黒い体液を飛散させながら、その巨大な翼を羽ばたかせて夜空へと飛び上がる。 その血走った凶眼が、一直線にグレンさんを捉えた――次の瞬間。 空気を切り裂き、まるで黒い流星のように突撃してきた。 (速い――! さっきよりもさらに動きが鋭くなってる!?) 地を穿つかのような勢いで急降下してくる魔物の姿に、私は息を呑む。 ミストさんと私を庇うように、シイナさんが咄嗟に前へ飛び出し、再び鉄の盾を展開した。 直後、魔物の巨体が地面に激突し、凄まじい衝撃波が周囲の地面を放射状に裂く。 「ぐっ……!」 「なんて……破壊力してるんですかぁ……!!」 「っ……!」 土煙が舞い上がり、視界が一瞬奪われた。 だけどその一方で――土煙が晴れるよりも早く、もう二人は、夜空へと舞い上がっていた。 「へへっ! お前だけが空を飛べると思うなよ、この牛頭野郎!!」 「私の風の魔法で一時的に浮かせてるだけでしように!――グレン、さっさと行ってください!」 驚くべきことに、シオンさんがシンプルな風の魔法でグレンさんと共に浮遊し、次の瞬間、まるで砲弾みたいに、グレンさんの背中を強烈に蹴り飛ばしたんだ。 「うぉっ!? いてぇなシオン、この野郎!!……でも、こいつで終わりだぜ!!」 空中で体勢を立て直したグレンさんの剣が、さらに激しく、まるで太陽の欠片のような灼熱の炎を天高く吹き上げる。 それは夜空を焦がしながら駆ける、ひと筋の紅蓮の流星。 「おらァァァァ!!!喰らいやがれっ!――紅蓮剣!!!」 魔物が迫る脅威に気づき、慌てて黒剣で応戦しようとした、その刹那―― グレンさんの炎の剣が、魔物の巨大な剣ごと、その頑強な胴体を防御の上から真っ二つに斬り裂いた。 断末魔のような甲高い金属音と、肉が断ち切られる鈍い音が重なり合う。 「グ…グガガ……! オォォ…!」 上下に分かたれた魔物は、苦悶の声を漏らしながらも、その傷口から再び黒い靄を噴き出し、驚異的な速度で身を再生させながら、逃げようと空の彼方へと飛び去ろうとする。 でも――絶対に、逃がさない…! 私は胸の前に構えていた両の掌に、全ての祈りと願いを込めて、収束させていた聖なる魔力を解き放つ。 金色の粒子が渦を巻き、それはやがて荘厳な輝きを放つ巨大な光の弓の形へと編み上げられた。 (――これが、今の私にできる全て。みんなの想いを、この一撃に!) 「行って――!!」 私の叫びと共に、金色の魔力で編まれた大弓から、浄化の力を秘めた聖なる矢が、満月のような光を曳いて放たれる。 夜空を切り裂き、放たれた矢は大きな黄金色の弧を描いて――逃走しようとする魔物の背中へと猛然と迫った。 次の瞬間。 上空に、まるで新たな太陽が生まれたかのように、まばゆい黄金の光が花開いた。 「――!!!!」 凄まじい爆光と共に、空全体が黄金色に染まり、衝撃波が遅れて地上にまで届く。 魔物の右半身が、その光の中で跡形もなくごっそりと消し飛んだのが見えた。 だけど……それでもなお、魔物は致命傷を負いながらも、黒い煙を引きずりながら飛行を続けている。 「くっ……! あれだけの魔力を込めたのに…倒しきれなかった……!」 私は膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪える。 (いや、エレナ、素晴らしい一撃だった。君の今の全力は、確かにあの魔物に届いた。あの魔物の耐久力と再生能力が、常軌を逸しているだけなんだ) エレンの声が、私の心の中で静かに、でも確かな温もりを持って支えてくれる。 だけど――事態は、まだ終わっていなかった。 辛うじて飛行を続ける魔物が、最後の力を振り絞るみたいに片手を虚空にかざした、その時。 街の入口だった場所に、空間が歪むような黒い亀裂が走り、そこからおぞましい姿をした無数の小型の魔物が、堰を切ったように次々と湧き出てきたんだ。 「アイツ!! 仲間を呼びやがったのか!?」 グレンさんが、すぐに手負いの魔物を追おうとする。 「待て、グレン! アイツはもう逃げるだけだ! それよりも街を守るぞ!! あの数を放置すれば、街が壊滅する!」 シイナさんの冷静な、でも厳しい声がグレンさんを制止する。グレンさんは悔しそうに唇を噛み締めながらも、シイナさんの言葉に力強く頷いた。 彼の予測通り、右半身を失った異形の魔物は、新たな魔物の群れを置き土産にするみたいに、闇夜の彼方へと……辛うじて飛び去っていった。 私たちは、しばしその方向を睨みつけていたけれど、すぐに意識を眼前に迫る新たな脅威――街に現れた無数の黒い影へと向ける。 戦いは、まだ終わらない。この街の優しい人々を、そしてこの美しい夜を守り抜くために。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ