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第26話:撃退

Penulis: 渡瀬藍兵
last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-04 19:05:31

私は、まだ微かに震える足にぐっと力を込めて、どうにか立ち上がった。

目の前では仲間たちが、あの規格外の魔物と死闘を繰り広げている。

だけど……今の私が未熟な攻撃を繰り出しても、きっと彼らの足を引っ張るだけ。

(それなら――私にできる、最善のことは!)

私は両の掌を胸の前に合わせ、そこにありったけの聖なる魔力を集中させた。温かく、清浄な光が手のひらから溢れ出し、周囲の闇をわずかに押し返す。

「エレナさん……あなたが諦めないというのなら、このミストさんも最後までお手伝いしますよ!! 全力でサポートさせていただきますとも!」

すぐ隣から、明るくて、今はどこまでも頼もしいミストさんの声が響く。

この極限の状況でも変わらない彼の調子が、不思議と私の強張っていた心を少しだけ解きほぐしてくれる。そうだ、私は一人じゃない。

その時、さっきグレンさんによって断ち切られたはずの魔物の腕が――まるで生きているみたいに蠢き、黒い肉と骨が絡み合いながら、おぞましい速度で再生を始めていた。

「……ミストの推測通りに再生能力まで持ってるのか、あの魔物は…!」

シイナさんが忌々しげに吐き捨てる。

「構わねぇ!! 何度でも、俺がまたぶった斬ってやるぜ!」

グレンさんが炎の剣を握り直し、闘志をさらに燃え上がらせた。

「今回は、私はサポートに徹します。皆さんの力を最大限に引き出しましょう」

シオンさんは冷静に戦況を分析し、風を操るトンファーを構え直す。

三人は、もうためらうことなく、再び魔物へと動き出した。

まず動いたのはシオンさんだった。彼がトンファーを振るうと旋風が巻き起こり、加速されたトンファーが唸りを上げて、再生しかけていた魔物の腕を的確に打ち払う。

ほぼ同時に、反対側から振りかざされた巨大な黒剣を、シイナさんが全身のバネを使って展開した鉄の盾で、火花を散らしながらも強引に受け止める。盾が軋み、地面が衝撃で陥没した。

そして――その中央の、わずかな隙間を縫うように、グレンさんが猛然と突進した。

彼の握る長剣が、まるで意思を持ったかのように鮮やかな紅蓮の炎を纏い、真一文字に振り抜かれる。

肉を断ち切る鋭い音と共に、魔物の分厚い胸板から腹部にかけて、一撃で深々と裂け目が走った。

獣じみた、苦悶とも怒りともつかない凄まじい咆哮が轟き、魔物は傷口から黒い体液を飛散させながら、その巨大な翼を羽ばたかせて夜空へと飛び上がる。

その血走った凶眼が、一直線にグレンさんを捉えた――次の瞬間。

空気を切り裂き、まるで黒い流星のように突撃してきた。

(速い――! さっきよりもさらに動きが鋭くなってる!?)

地を穿つかのような勢いで急降下してくる魔物の姿に、私は息を呑む。

ミストさんと私を庇うように、シイナさんが咄嗟に前へ飛び出し、再び鉄の盾を展開した。

直後、魔物の巨体が地面に激突し、凄まじい衝撃波が周囲の地面を放射状に裂く。

「ぐっ……!」

「なんて……破壊力してるんですかぁ……!!」

「っ……!」

土煙が舞い上がり、視界が一瞬奪われた。

だけどその一方で――土煙が晴れるよりも早く、もう二人は、夜空へと舞い上がっていた。

「へへっ! お前だけが空を飛べると思うなよ、この牛頭野郎!!」

「私の風の魔法で一時的に浮かせてるだけでしように!――グレン、さっさと行ってください!」

驚くべきことに、シオンさんがシンプルな風の魔法でグレンさんと共に浮遊し、次の瞬間、まるで砲弾みたいに、グレンさんの背中を強烈に蹴り飛ばしたんだ。

「うぉっ!? いてぇなシオン、この野郎!!……でも、こいつで終わりだぜ!!」

空中で体勢を立て直したグレンさんの剣が、さらに激しく、まるで太陽の欠片のような灼熱の炎を天高く吹き上げる。

それは夜空を焦がしながら駆ける、ひと筋の紅蓮の流星。

「おらァァァァ!!!喰らいやがれっ!――紅蓮剣!!!」

魔物が迫る脅威に気づき、慌てて黒剣で応戦しようとした、その刹那――

グレンさんの炎の剣が、魔物の巨大な剣ごと、その頑強な胴体を防御の上から真っ二つに斬り裂いた。

断末魔のような甲高い金属音と、肉が断ち切られる鈍い音が重なり合う。

「グ…グガガ……! オォォ…!」

上下に分かたれた魔物は、苦悶の声を漏らしながらも、その傷口から再び黒い靄を噴き出し、驚異的な速度で身を再生させながら、逃げようと空の彼方へと飛び去ろうとする。

でも――絶対に、逃がさない…!

私は胸の前に構えていた両の掌に、全ての祈りと願いを込めて、収束させていた聖なる魔力を解き放つ。

金色の粒子が渦を巻き、それはやがて荘厳な輝きを放つ巨大な光の弓の形へと編み上げられた。

(――これが、今の私にできる全て。みんなの想いを、この一撃に!)

「行って――!!」

私の叫びと共に、金色の魔力で編まれた大弓から、浄化の力を秘めた聖なる矢が、満月のような光を曳いて放たれる。

夜空を切り裂き、放たれた矢は大きな黄金色の弧を描いて――逃走しようとする魔物の背中へと猛然と迫った。

次の瞬間。

上空に、まるで新たな太陽が生まれたかのように、まばゆい黄金の光が花開いた。

「――!!!!」

凄まじい爆光と共に、空全体が黄金色に染まり、衝撃波が遅れて地上にまで届く。

魔物の右半身が、その光の中で跡形もなくごっそりと消し飛んだのが見えた。

だけど……それでもなお、魔物は致命傷を負いながらも、黒い煙を引きずりながら飛行を続けている。

「くっ……! あれだけの魔力を込めたのに…倒しきれなかった……!」

私は膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪える。

(いや、エレナ、素晴らしい一撃だった。君の今の全力は、確かにあの魔物に届いた。あの魔物の耐久力と再生能力が、常軌を逸しているだけなんだ)

エレンの声が、私の心の中で静かに、でも確かな温もりを持って支えてくれる。

だけど――事態は、まだ終わっていなかった。

辛うじて飛行を続ける魔物が、最後の力を振り絞るみたいに片手を虚空にかざした、その時。

街の入口だった場所に、空間が歪むような黒い亀裂が走り、そこからおぞましい姿をした無数の小型の魔物が、堰を切ったように次々と湧き出てきたんだ。

「アイツ!! 仲間を呼びやがったのか!?」

グレンさんが、すぐに手負いの魔物を追おうとする。

「待て、グレン! アイツはもう逃げるだけだ! それよりも街を守るぞ!! あの数を放置すれば、街が壊滅する!」

シイナさんの冷静な、でも厳しい声がグレンさんを制止する。グレンさんは悔しそうに唇を噛み締めながらも、シイナさんの言葉に力強く頷いた。

彼の予測通り、右半身を失った異形の魔物は、新たな魔物の群れを置き土産にするみたいに、闇夜の彼方へと……辛うじて飛び去っていった。

私たちは、しばしその方向を睨みつけていたけれど、すぐに意識を眼前に迫る新たな脅威――街に現れた無数の黒い影へと向ける。

戦いは、まだ終わらない。この街の優しい人々を、そしてこの美しい夜を守り抜くために。

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