Masukベルノ王国の王都ベルステラを発ってしばらく。
一行は鬱蒼と茂る森の奥を進んでいた。 頭上の梢が幾重にも折り重なり、月明かりさえ届かない。先頭を行くグレンの掌から立ち上る炎が、唯一の灯。橙の光は木々の幹を舐めるように這い、一行の足元に揺れる影を落としていた。 その炎が、ふいに止まる。 「……! 止まれ」 短く、鋭い。グレンの声は普段の荒々しさを削ぎ落とし、刃の背のような硬さを帯びていた。 「ど、どうしました?」 エレナの問いに、答えは返らない。代わりに、グレンの目つきが変わる。橙の光に照らされたオレンジ色の瞳が、闇の奥へ向けて細く絞られた。指先が、ゆっくりと腰の剣へ伸びていく。 「何かいるな。それもかなりの数だ」 シイナの声は、低く、平らだった。両手のガントレットの指先が、僅かに鳴る。鉄が鉄を噛む、密やかな音。 その隣で、エレナの足が止まった。 シイナの声は、低く、平らだった。両手のガントレットの指先が、わずかに鳴る。鉄が鉄を噛む、密やかな音。 その隣で、エレナの足が止まる。 (えっ……なに……!?) 彼女の視界には、ただ闇が広がっているだけだった。木々の輪郭と、グレンの炎が照らす範囲。それより先は黒く沈み、耳を澄ませても、自分の呼吸と遠くで葉が擦れる音しか拾えない。 『魔物の気配だ。この数、かなり多いな。それに、このタチの悪い気配は……アンデッドだ。恐らく、スケルトンだろう』 頭の奥へ、エレンの声が静かに落ちる。湖面に小石を置くような、波立たない響きだった。 『ど、どうしてみんなそれが分かるの……? 私は、ちゃんと意識しないと全然分からないのに……』 『そこが違うんだよ、エレナ。君は意識して探れば、魔物の気配そのものは拾える。だが、今みたいに不意に現れた相手を咄嗟に捉えるのは、まだ難しい』 エレナが息を詰める。 『あ……』 『他の連中が先に反応したのは、殺気や気配の揺れを反射的に読んだからだ。君の感知とは、少し種類が違う。長年戦ってきた者の勘……そう思っておけばいい』 わずかな間を置いて、エレンの声に薄く感心が混じる。 『とはいえ、前の連中もなかなかやるな。ちゃんと気配を掴めているじゃないか』 その時、空気が動く。 最後尾にいたはずのシオンの姿が、音もなくエレナの背後に滑り込んでいた。風が場所を変えただけのような、足音のない移動。一対のトンファーが、グレンたちの視線とは真逆の闇に向けて構えられる。長い前髪の隙間から覗く瞳は、夜よりもなお静かだった。 「どうやら、囲まれたようです。エレナ様、私の傍から離れないでください」 「え、ええ!」 エレナの返事が、宙に浮いた。 その声を待っていたかのように、闇が鳴り始める。 カラ、カラ、カラ――。 乾いた音だった。木の枝が折れる音とも、石が転がる音とも違う。骨と骨が、互いの硬さを確かめ合うような、奇妙に間の抜けた響き。それが、四方から聞こえてくる。前から、後ろから、左右から。一つではない。十でもない。 グレンの炎が、闇の縁を押し戻す。 その光の境界に、白いものが立っていた。 一体、二体、三体――数えるそばから増えていく。眼窩には光のない穴が穿たれ、剥き出しの顎が小刻みに震えている。カチ、カチ、と顎の骨を鳴らす音は、まるで嘲笑のようだった。骨の関節が軋むたびに、また一歩、彼らは光の中へ踏み込んでくる。 「スケルトンか……!」 シイナの舌打ちが、低く混じる。 「どうするシイナ、オレが突っ込むか?」 グレンの声には、もう迷いがなかった。重心が前に落ちている。剣の柄を握る指が、炎の照り返しに鈍く光った。 「……だが、万一エレナ様に……」 シイナの言葉が、途中で止まる。視線が一瞬、後方へ流れた。 その視線を受けて、シオンが静かに口を開く。 「シイナ。エレナ様なら心配には及びません。どれだけ大漁に湧いてこようともこの私が守り抜いてみせます」 声を張ったわけではない。だが、その一言は森の喧騒を切り裂いて、確かに前方の二人に届いた。 シイナが小さく息を吐く。判断の音だった。 「……なら、速戦即決で行こう。囲まれている上にここは森だ。視界が悪いだけならまだしも、グレンの広範囲攻撃はすることが出来ない」 ガントレットの指先が、もう一度鳴る。今度は鉄が形を変え始める前触れの音。 「俺とグレンで前方を迅速に殲滅する」 「よっしゃあ!! 行くぜぇぇ!!!」 咆哮が、夜の森を裂いた。 次の瞬間、グレンの足元で炎が爆ぜる。彼の身体はもう、その場にいない。橙の尾を引いて、白い群れの真ん中へ突っ込んでいた。 立ち塞がろうとしたスケルトンたちが、一斉に骨の腕を振り上げる。だが、遅い。グレンの剣は、すでに弧を描き終えていた。 「邪魔だぁ!!!!」 一閃。 ただの一振りで、前列の骸が砕け散る。胸郭が、頭蓋が、肋骨が、まとめて宙に舞った。骨の破片が炎に照らされて、一瞬だけ赤く輝く。雨のように地面へ落ちる頃には、もうグレンは次の獲物を捉えていた。 「俺も負けていられないな……!」 シイナの低い声が、グレンの背を追う。 駆け出したシイナの両手で、ガントレットが鈍く光った。鉄の指先が骸の頭骨を捉え、握り潰す。一体。間を置かず、振り抜いた裏拳でもう一体。さらに踏み込みざまの肘で三体目。動きに無駄がなかった。骨を砕く音が、規則的なリズムで森に響く。 ガッ、ゴッ、バキ。 屍の屍。死んでいるはずのものが、もう一度、確かに死んでいく。地面には白い破片の山が積み上がり、その山が踏まれてさらに細かく砕かれ、また山になっていく。 「みんな、凄い……!」 エレナの声は、半ば呆然としていた。 その後ろで、シオンは動かなかった。 動かない、というよりも、動く必要のある瞬間がまだ来ていない、という構えだった。トンファーを低く構え、重心は均等。視線だけが、ゆっくりと闇を撫でるように移ろう。長い前髪の隙間から覗く瞳には、夜の湖面のような静けさが湛えられていた。 不思議なことに、シオンの正面に立つスケルトンたちは、一歩も踏み出してこない。顎の骨を鳴らすこともしない。ただ、白い眼窩を彼に向けたまま、凍りついたように立ち尽くしている。 風が吹けば散る。そう知っている者だけが見せる、躊躇の姿勢だった。 『エレナ! 矢が飛んでくるぞ! 二時の方向だ!』 エレンの声が、頭の奥で鋭く跳ねる。 「えっ?」 エレナの首が、声に従って動こうとした。その動きより早く、空気が裂ける音がした。 ヒュンッ――。 矢羽の音だった。だが、その音は最後まで届かない。 パンッ、と乾いた一打。 シオンのトンファーが、矢の中ほどを的確に捉えていた。へし折られた矢が二つに分かれて、エレナの足元へと転がる。シオンの構えは、ほとんど変わっていない。一瞬だけ動いて、また元の位置に戻っただけ。 「シ、シオンさん! ありがとうございます……!」 「お気になさらず」 短い返答だった。視線は前方に戻されていた。 エレナは、自分の指先が冷えていることに気づく。両手を胸の前で握りしめてみるが、握る相手がいない。前ではグレンが吼え、シイナが砕き、後ろではシオンが静かに彼女を守っている。 (どうしよう……! 私だけ役に立ててない……!) その時だった。エレナの視線が、足元へ落ちる。 折れた矢が二本、土の上に転がっていた。シオンが叩き落とした、敵の矢。木の軸、鏃の重み、矢羽の傾き――一本の矢としての形を、まだ半分は留めている。 (そうだ……! これなら私だって……!) エレナは武に優れているわけではない。剣も握れない。拳も振るえない。それでも、十年以上をかけて磨き上げた、たった一つの技がある。 聖女見習いとして、自分の身を守るためだけに学んだもの。攻撃のためではなく、誰かを傷つけるためでもなく、ただ「祈りを矢の形にする」ためだけの術。 彼女の胸の前で、淡い光が集まり始めた。 球体になる。やがてそれは長く伸び、湾曲し、弓の形を取る。光だけで編まれた、輪郭の優しい大弓。エレナの右手が前へ伸び、左手が後ろへ引かれた。引き絞られた弦の先には、光そのものが矢となって浮かんでいる。 「|聖なる弓《サンギッタ・サンクタ》!」 エレナの声に、迷いはなかった。 「行って!」 指が離れる。 光の矢が、夜気を裂いた。エレナの放ったそれは、真っ直ぐではなく、ゆるやかな弧を描く。山なりの軌道。狙ったのは、群れの足元。 着弾。 地面が、白く弾けた。 「オォォォ……」 悲鳴とも呻きともつかない声が、骸たちの顎の奥から漏れる。 光は、地を這うように広がっていった。闇の上に注がれた朝のように。スケルトンたちの足元から、足首、脛、膝へと、白い光が登っていく。骨が、溶けていた。蝋が炎に近づけられた時のように、形を保てなくなって、静かに、確かに、夜の中へ還っていく。 「や、やった……!」 エレナの声が、跳ねた。 その声を聞きつけて、前方のグレンが振り返る。剣を肩に担いだまま、汗と返り血ならぬ返り骨粉に汚れた顔で、彼は親指を立てた。 「おぉ! やるじゃねぇかエレナ!! ナイスだぜ!」 炎に照らされた、にっとした笑顔。飾り気のない、真っ直ぐな称賛。 エレナの胸の奥で、何かが小さく灯る。冷えていた指先に、ほんのりとした熱が戻っていた。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ







