まずは……一人ずつ、私が診ます」
私は静かにそう宣言し、ゆっくりと村人たちに視線を送った。衣服は擦り切れ、顔色も真っ青。今にも倒れてしまいそうな人が、そこかしこにいる。 「ゴホッ、ゴホッ……!」 苦しげな咳が響いたかと思えば、その口元から血が滲み出るのが見えた。 (これは……本当に急がなきゃ) 「ミストさん、シイナさん。お手伝いをお願いします。村人の方々を、私のもとへ一人ずつ誘導してください!」 ふたりはすぐに頷き、動き出してくれた。私は続けて、シオンさんとグレンさんの方を向く。 「シオンさん。お肉とミルク……それからバターと小麦粉を、近くの町で買ってきていただけますか?」 「分かりました」 すぐさま風の魔力をまとって飛び立とうとする彼を、私は慌てて呼び止めた。 「ちょ、ちょっと待ってください!」 急いで自分の財布を差し出す。 「これは……私のわがままでやることなんです。こっちの財布に入っているリヴィアを使ってください」 「……分かりました」 シオンさんは穏やかに頷いて、そのまま風に乗って空へと舞い上がった。 次に私は、グレンさんの方へ振り向く。 「グレンさん。私が祈っている間に木を切ってきてください。村人たち、呪いの影響で体温が下がっているみたいなんです。村の中央で、大きな焚き火を起こしてあげてほしいんです」 「おう! 任せろ!」 力強くそう答えて、グレンさんは勢いよく走り出していった。 ──さあ、次は私の番。 「では、これより浄化に入ります」 私は、最初に来たひとりの男性の手をそっと取った。 「《聖なる光よ、清め給え》」 聖語の祈りとともに、聖属性の浄化魔法を行使する。この人の苦しみが、少しでも軽くなるように──そう願いを込めて。 その瞬間、柔らかな黄金の光が彼の全身を優しく包み込んだ。 けれど── (っ…!この呪い…強い…!すごく濃い……!) 光だけでは祓いきれないほどの穢れが、体の芯にまで深く染み込んでいる。私は祈りの力を強め、さらに深く、内側へと意識を集中させた。 (お願い……届いて……!) 祈りを込め続けると、やがて呪いの瘴気がすーっと薄れていくのが感じられた。 「あ、あれ……体が、楽に……」 私はその手を離さず、穏やかに、でも確かな祈りを続ける。やがて、光が静かに収まり、彼の顔色は見違えるほど良くなっていた。 「……ふうっ」 (よかった……) けれど──「ゴホッ、ゴホッ!」 咳はまだ完全には止まっていない。それだけ、呪いが深く根を張っていたっていうことなんだ。外側だけじゃなく、内側からも……もっと時間をかけて、癒していかなければ。 (でも、今は──次の人を) *** そうして私は、およそ二十人の村人に祈りを捧げ、浄化の光を注ぎ込んだ。 「お疲れ様です……エレナさん」 そっと声をかけてくれたのは、ミストさんだった。 「ありがとうございます……でも、まだ……」 (どうにか祓えた。けれど──まだ完全じゃない。だからこそ……) そんなとき──「戻りました」 風の音を伴って、シオンさんが静かに帰還した。 「シオンさん……! すみません、あんなお使いをお願いしてしまって……」 「いえ。あなたは、あなたがやるべきと信じた道を進んでください」 「……胸を張って」 その穏やかな笑顔と言葉が、すっと胸の奥へ染み込んできた。 「こっちも準備できたぜー!」 元気な声とともに、グレンさんが姿を見せる。村の中央では、大きな焚き火が力強く燃え上がっていた。パチパチと薪の爆ぜる音。その温もりに、寒さに震えていた村人たちの顔が、少しだけ和らいで見えた。 ──みんな、なんて頼もしいんだろう。 込み上げてくるものをこらえながら、私は静かに目を伏せ、次にやるべきことへと意識を向けた。 *** 私はグレンさんの焚き火の前に立ち、そっと手をかざした。 掌から流し込んだ聖なる魔力が、オレンジ色だった炎を柔らかな金色へと変えていく。ゆらゆらと優しく揺れるその光は、見ているだけで心を和ませるようだった。 ──この聖なる炎の熱が、呪いの再発を防いでくれる。 次は──私は村の奥から出てきた、年配の男性──おそらく村長さんであろう人に声をかけた。 「すみません……料理場をお借りしてもいいですか?」 「おお……貴女のおかげで、ワシらはこうして生きておられる。どうか……お好きに使ってくだされ……」 彼は深々と頭を下げてくれた。 *** ──さあ、次は料理だ。 呪いは祓った。けれどそれは、一時的なもの。この呪いは、放っておけば時間と共にまた体を蝕んでしまう。 だからこそ、内側からも“癒し”を与えなければいけない。 私は、シオンさんが買ってきてくれた食材をそっと抱きしめるように受け取り、温かなシチューを作ることに決めた。 生物から生まれた食材には、神聖なエネルギーを帯びさせることができる。ミルク、バター、そしてお肉。これを食べてもらえれば、きっと、内側から呪いを和らげてくれるはず。 料理場に足を踏み入れると、そこは想像以上に荒れていた。割れた鍋、ひび割れた調理台、欠けた食器ばかり。 でも、使えないわけじゃない。 そのとき──「私も、お手伝いしますよ」 ミストさんが、ひょこっと顔を出して、私の隣に立ってくれた。 「ミストさん……ありがとうございます……!」 「じゃあ、始めましょうか!」 ミストさんの明るい声が、薄暗い厨房に響く。 二人で手分けして、なんとか使えそうな鍋や調理器具を洗い、準備を整えていく。ミストさんの手際の良さには、本当に驚かされる。私が野菜を洗っている間に、彼女はもう硬いお肉の筋を丁寧に取り除いていた。 「こちらのハーブも使用しますか?」 「あっ…!はい!ハーブでお肉を揉みますので!」 「わかりましたー!!」 彼女はそう言うと、近くにあった乳鉢で、驚くほど手際よくハーブを鮮やかな緑色の粉塵にしていった。それを牛肉全体にまぶすと、食欲をそそる爽やかな香りがふわりと漂う。 「ミストさん、ありがとうございます。ここからは、私がやります」 私は覚悟を決め、ローブの袖をぐっとたくし上げる。そして、ハーブがまぶされた牛肉を前に、一度目を閉じ、静かに祈りを捧げた。 両の手のひらに聖属性を込めると、両手からふわりと温かな金色の光が溢れ出す。 聖なる力を纏ったその両手で、私は牛肉を掴み、ぐっと体重を乗せて、一心不乱に揉み込み始めた。 (お願い……!皆さんの呪いを祓って…!) 必死に、夢中で力を込める。私の手から放たれる光が、じわじわとお肉に浸透していくのが分かる。だんだん息が上がってきて、額に汗が滲んできた。 「エレナさん、私たちはあなたが誇らしいです」 「そ、そんな……誇らしいだなんて。私は戦闘ではあまり役に立てないですし……だから、こういうところで頑張らないとって……」 夢中で手を動かしながら、思わず弱音がこぼれた。すると、ミストさんは野菜を切る手を止めずに、でも真っ直ぐな声で言ってくれた。 「それが、すごいんですよ、エレナさん」 彼女の声は、柔らかくも、確かな響きを持っていた。 「私たちはパーティです。得意なことも、不得意なこともある。だからこそ、あなたが苦手なことは、私たちがやればいいんです。その代わり、私たちができないことを、こうしてあなたがしてくれる。それだけで、もう十分なんです」 そのまっすぐな言葉が、深く心に染み込んでいく。 「……はい」 「さあっ! 村人の皆さんのために、このミスト! 腕を振るわせていただきます!」 明るい笑顔でそう言いながら、ミストさんは調理を再開する。 私は改めて思った。 ──私は、なんて素敵な仲間たちに出会えたんだろう。 *** 二人で野菜を炒め、お肉を入れ、大きな鍋にシオンさんが買ってきてくれたミルクをたっぷりと注ぎ入れる。乳白色の液体が、優しく鍋を満たしていく。 私はおたまを両手でしっかり握りしめて、目を閉じた。 (この村の人たちが、元気になりますように。) 祈りを込めて、ゆっくり、ゆっくりと鍋をかき混ぜる。私の手のひらから、温かい光がシチューに溶け込んでいくのが分かる。 だんだんと、乳白色だったシチューが、淡い金色の光を帯びていく。聖なる優しい香りが、厨房いっぱいに満ちていった。 そして…… ──できた。 湯気の立つ鍋の中で、具材がとろりと煮込まれている。聖なるシチュー。 それは静かに、完成を告げていた。 この料理なら──この“祈り”なら、きっと彼らの呪いを癒してくれる。 「ふぅ……」 安堵のため息をついた、その時だった。 「二人とも、お疲れ様」 シイナさんが、まるで計ったかのように厨房に顔を出した。 「シイナさん……」 「あとはこちらで配っておく。俺と、グレンと、シオンでやる。二人は、少し休んでくれ」 「……ありがとうございます」 体の芯にずっと力を込めていたせいかな。足がふらつき、少しだけ膝が震えた。 私はそのまま、そばにあった古い椅子に腰を下ろす。 「ありがとう、ございます……」 小さく呟いて目を閉じると、ふわりと意識が遠のいていくのが分かった。大神殿へと続く、長く、美しい石畳の道。その荘厳な雰囲気とは裏腹に、私たちの周りには今、冷たい緊張感が張り詰めていた。 「待て!!! 止まれ!!」 どこからともなく現れた屈強な騎士の一団が、私たちを取り囲み、その鋭い切っ先をこちらへ向けている。 「……これはどういうことだ?」 シイナさんが、冷静さを保ちながらも、警戒を露わにして問いかけた。 「すまないが、君たちの入国は許可できなくてね。この国へ通した手前、悪いが、君を幽閉させてもらう」 騎士団のリーダーらしき人が、無感情な声でそう言うと、その指はまっすぐに私を指し示した。 ど、どういうこと……? 私の頭は、真っ白になった。 「ま、待ってください!!! 私は何も悪いことなんてしていませんよ…!?」 「これから起きるのです。ですので、一度、あなたを捕らえます」 これから……? この人は、一体何を言っているのだろう。未来のことなんて、誰にも分からないはずなのに……。 「『これから……起きる』……?」 シイナさんが、怪訝な顔でその言葉を繰り返す。 「ちょっと待ってくれ、それはどういうことだ?納得のいく説明をしてもらいたい」 「そうだぜ!! なにもやってねぇのに、『これから起きるから』なんて訳の分からねぇ理由でエレナを捕まえるなんて、理不尽にもほどがあるだろうが!?」 グレンさんの怒声が、静かな街に響き渡った。 「これは『暗明の聖女』様からの、絶対なるご指示だ。『金髪の女性……いや、聖女見習いがこの国に来たら、捕らえろ』とね」 「あの方様には、未来が見える。『未来予知』の力をお持ちなのだ。そして、『金髪の聖女が、この国に厄災をもたらす』と、そう予知なされた。」 私が、聖女見習いであることが知られてる……? それに、私を……捕らえる? 暗明の聖女という人の、命令で? 一体、何がどうなっているのか、全く理解が追いつかなかった。 (暗明の聖女の指示……? それに未来が見えるだと?) エレンの、鋭い声が心に響く。 「ちょっと待ってください」 ミストさんが、すっと一歩前に出た。いつもの彼女からは想像もできないほど、真剣で、知的な光を宿した瞳だった。 「何故、エレナさんが捕らえられなければならないのか、せめてその理由を、論理的に説明していただけませんか」 「『暗明の聖女』様には、未来
へレフィア王国へ向かう船旅は、驚くほど穏やかだった。海は陽光を受けて宝石のようにきらめき、波は柔らかく船体を持ち上げては下ろす。その規則正しい揺れが、心臓の鼓動と重なって、妙な安心感を与えてくれる。潮風は冷たく、けれど鼻を抜けるとどこか甘さを含んでいて、これから訪れる新しい土地の匂いを運んでくるかのようだった。しばらく進むと、視界の先に大きな船影が現れる。白銀の装飾をまとい、陽を浴びて輝くその姿は、海の上を行く巨大な聖堂のよう。あれが、へレフィア王国の騎士団の船――。私たちの船が近づくと、操舵手さんが甲板に立ち、胸を張って声を張り上げた。「騎士団の皆さん! お疲れ様です!」その呼びかけに、鎧を着込んだ騎士が姿を現す。鉄靴が甲板を打つ音さえ、威厳を帯びていた。「お疲れ様でございます。……そちらの方々は、見ぬ顔のようですが?」「彼らはナヴィス・ノストラのギルド受付嬢の推薦を受け、へレフィア王国へ向かっているところです!」操舵手さんが誇らしげに言うと、騎士団の人たちは一瞬だけ視線を交わし、そして私たちに柔らかな笑みを向けてくれた。「なるほど。あの方の推薦であれば、何も問題はございません。――へレフィア王国への上陸を許可します」(やっぱり……エレン、あの受付嬢さん、すごい人なんじゃない?)(ああ。ギブソンにも物怖じせぬ胆力、そして王国騎士団すら動かす信頼。ふむ……市井に埋もれさせておくには惜しい人材だ)エレンの声が、少しだけ感心を含んで響く。私は胸の奥で頷き、改めて、あの受付嬢さんに助けられたことを深く感謝した。「では、失礼します!」「皆様も、王国で実りある日々を」騎士の言葉に見送られ、船は再び速度を上げる。風が強まり、白い飛沫が甲板に散った。***やがて船着き場が近づき、仲間たちは次々と下船していった。私は最後に、木の板を踏みしめて石畳の港へ降り立つ。潮の匂いに混じって、どこか清冽な空気が流れ込んでくる。深呼吸すると、胸の奥に冷たさと同時に清らかな熱が広がるようだった。顔を上げた瞬間、言葉が喉に詰まった。――空が、狭い。正確には、空を覆い隠すかのようにそびえる建物のせいだ。天を貫くほどの巨大な大聖堂。その壁はクリーム色に近い温かな白で築かれ、どこまでも高く伸びている。首が痛くなるほど見上げても、その頂は霞に隠れて見えない
**────エレナの視点────** いくつもの船が停泊する港町。その一角にあるギルドの内部で、私たちは今回の依頼の完了報告と、捕らえた海賊たちの引き渡しを行っていた。 「この度は……本当に、本当にすみませんでした……!」 カウンターの向こうで、依頼をくれたあの受付嬢さんが、深く深く頭を下げていた。その声は、申し訳なさで震えている。 「い、いえ!大丈夫ですっ!どうか、頭を上げてください……!」 私は慌ててそう言った。彼女が悪いわけじゃないのに、そんなに謝られるとこっちまで恐縮しちゃう。 「いえ……今回の不備は、完全に我々ギルドの不手際によるものです。まさか、あの『紅の海蛇』の内通者が、ギルド所属の操舵手に紛れていたなんて……」 「確かに、それはそちらの不手際だ」 今まで黙っていたシイナさんが、厳しい声でそう言った。ピリッ、と空気が少しだけ緊張する。でも、彼の言葉はすぐに和らいだ。 「だが、結果として依頼は達成できた。今後はこのようなことが無いよう、人員管理を徹底してくれればそれでいい」 「……お言葉もありません。そのお詫びと言ってはなんですが、皆様をへレフィア王国へ渡れるよう、こちらで手配いたします」 受付嬢さんの口から、思いもよらない言葉が飛び出した。 「な、なに!?それは本当だろうか!?」 シイナさんが、思わずといった様子で声を上げる。 「ええ。私、へレフィア王国の出身ですから。そのくらいの融通は利かせられます」 「きっと、明日にはへレフィア王国へと渡れるでしょう」 彼女はそう言って、少しだけはにかんだ。 へレフィア王国へ……。 その言葉が、私の胸に温かく染み渡っていく。 もうすぐ……もうすぐ、お母様に会えるんだね……。 ずっと張り詰めていた気持ちが、ふっと軽くなるのを感じた。 今まで、一度もへレフィア王国へいったこ (エレナ……二人で、君の母君に挨拶を済ませよう) エレンの、優しくて力強い声が響く。 (うん……) 私は、心の中で強く頷いた。 「そういえばなのですが」と、受付嬢さんが思い出したように付け加えた。 「あなた方が連れてこられた、ギブソンという海賊ですが……彼は船の器物破損、及びギルド所属船への無断乗船の罪で、現在、地下牢に幽閉中です」 (そ、そうなんだ……) あの人のことを考えると、正直、少
エレンがマリーたちを捕らえてくれた後、私たちは船内の物陰でそっと入れ替わった。荒れた甲板の中心で、マストに縛られている大海賊マリーさんと向き合う。さっきまでの喧騒が嘘のように、船の上は静かだった。 ふと、一つの疑問が浮かぶ。 「そういえば……他の海賊船はどうしたんですか?」 私の問いに、グレンさんがニカッと笑って答えてくれた。 「おう!俺が派手に一隻沈めてやった後、ギブソンの奴が潜って、もう一隻の船底に風穴開けてやったのさ!」 (そんな事になってたんだ……) エレンとマリーさんが戦っている間に、そんな激しい戦闘が繰り広げられていたなんて。グレンさんは、さらに得意げに言葉を続ける。 「残りの一隻は、シオンの奴が一人で静かに潰してたぜ」 「ああ。だが、最後の船は勝ち目がないと見て逃走した。……詰めが甘かったな」 冷静に補足してくれたのはシイナさんだった。それを受けて、ギブソンさんが吐き捨てるように言う。 「海賊なんてそんなもんさ。裏切りは日常茶飯事よ。どうせまたどこぞのバカと手を組むだけだ」 逃げた船もいるんだ……。でも、それよりも気になることがあった。 「あの、沈没した船に乗っていた海賊の方たちは……?」 (悪い事をした人達だけど……命が失われることは、やっぱり嫌だから……) 私の心からの祈りにも似た呟きに、エレンが優しく応えてくれる。 (そうだな。君のそういうところは、美徳だと思う) その時、ミストさんが「ご安心を!」とでも言うように、ぱっと明るい声を上げた。 「エレナさんが心配すると思って、全員きっちり捕獲済みですよ!」 (良かった……) ミストさんの言葉に、私は心の底からほっとした。 その声で意識が戻ったのか、マリーさんが呻きながら顔を上げた。 「くそ……この私が、こんな奴らに捕まるとはね……」 その悔しそうな声を聞き、それまで黙っていたギブソンさんがズカズカと彼女の方へ歩いていく。 「よォ、マリー。随分と派手にやってくれたじゃねえか」 「……ギブソンか。今更何の用だい」 「決まってんだろ。俺から奪っていったモンを、きっちり返してもらうだけだ」 ギブソンさんはそう言うと、どこからか取り出した巨大な斧をその手に構えた。危ない! 「待ってくれ!俺たちの依頼は海賊の掃討だ!捕まえたのなら命まで奪う契約ではない!
私は再び剣を構え、マリーへと踏み込んだ。「はっ!!!」踏み込みと同時に、刃を振り下ろす。「甘いな!!」マリーは後退しながら、あの奇妙な銃を私に向けて連射する。赤い宝石が、唸りを上げて空を切り裂いた。一発目を身を翻して避ける。二発目は背後の船のマストを盾にする。直後――凄まじい衝撃と共に、盾にしたはずの柱が内側から弾け飛んだ。木片が、雨のように降り注ぐ。「……!」私は目を細める。「柱を貫くか……!とてつもない威力だ」正直に認めざるを得ない。「当たったら耐えられんな」だが、脅威はその程度だ。「放つ武器と理解したら」私は、マストの残骸を蹴りつける。「そこまでだ」煙幕のように舞い上がる木屑の中から、私は飛び出した。予測通り、マリーは再び銃口をこちらへ向ける。引き金に指がかかる。しかし――もう遅い。迫り来る宝石の弾丸。私は腰に差していた短剣を抜き、その側面を叩き斬るように弾いた。甲高い音を立てて、弾丸は明後日の方向へと飛んでいく。海の彼方へと消えた。「はっ!??」マリーの目が、大きく見開かれる。「斬っただと!?」彼女の顔に、初めて純粋な驚愕が浮かんだ。その一瞬の硬直が――命取りだ。「隙を見せたな!!」一気に距離を詰める。風が、頬を撫でた。「そんなモノに頼っているからだ!!」がら空きになった胴体へ、容赦なく膝蹴りを叩き込む。「ぐぅぅ……!!」マリーは苦悶の声を漏らし、くの字に折れ曲がって吹き飛んだ。船の甲板を転がり、マストにぶつかる。だが――それでも体勢を崩しながら、執念で銃を向けてくる。二発、三発。赤い閃光が、立て続けに放たれた。「ふっ!!」一発目を剣の腹で受け流す。「はっ!!」二発目も同様に。巧みに軌道を変えてやった。狙いは――彼女が守るべき背後の部下たちだ。「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」仲間が放った弾丸に太ももを貫かれ、海賊が倒れる。「がぁっ……!!」もう一人も、肩を押さえて崩れ落ちた。その無様な光景を眺め、私は周囲の敵を見回す。「さぁ」剣を軽く振る。「お前たちも掛かってくるといい」挑発の言葉。案の定、効果は覿面だった。「くそ!!バカにしやがって!!」逆上した海賊たちが、やみくもに斬りかかってくる。素人じみた剣戟。力任せの振り下ろし。私はその全てを最小
ギブソンの怒号が、炎と煙の渦巻く甲板に響く。 「船の炎を消せぇぇぇぇ!!!」 だが、その声は空しく、火勢は衰える気配もない。状況は最悪だ。その絶望に追い打ちをかけるように、巨大な船影が波を割って迫る。その船首には、おぞましい蛇の紋様が彫られていた。 「ひゃひゃひゃひゃ!!! 俺たちに喧嘩を売るとは、馬鹿か!? しかも、そのザマじゃあ、海の上での戦いは素人のようだなァ!!」 敵船から飛んでくる下卑た嘲笑。その声の主を視界に捉えた瞬間、全ての状況が一本の線で繋がった。 「そういうことか……!あの操舵手め!!」 敵の甲板で不快な笑みを浮かべているのは、つい先ほどまで我々の船の舵を握っていた男だった。どうりで動きが鈍いと思った。初めから、我々をここに誘い込むための芝居だったというわけだ。 (つまり……さっきの人が情報を流してたから、孤島から姿を消してた…ってこと!?) エレナの驚きに満ちた声が、思考に割り込んでくる。私は内心の舌打ちを隠しながら、静かに肯定した。 (ああ……。そのようだ) 裏切り者は、隣に立つ屈強な女海賊へ向き直り、大声を張り上げた。 「姐さん!!! 大砲の準備、完了したぜ!!」 「よし……。――放て!!!!」 女――あの船団の頭だろう――は、短い命令を下す。無駄のない、冷徹な声だった。 「おい!!マリー!!いくらなんでもこれはひでぇだろうが!!!」 ギブソンが女の名を叫ぶ。知り合いか。だが、マリーと呼ばれた大海賊は、一切動じることなく言い放った。 「黙れカスめ……!お前たちにはここで死んでもらう」 あの瞳、あの声。交渉の余地はない。純粋な殺意だ。 「ちぃ!!」 覚悟を決めるしかない。この状況、予期すべきだった。 「やはり私が付いてきて正解だったようだな……!」 こうなる可能性を考えれば、戦力は一人でも多い方がいいに決まっている。私は即座に傍らのシオンへ指示を出す。 「シオン、頼みがある」 「わかりました……!して、何をすれば…!」 話が早いのは、何より助かる。 「私に、風属性を纏わせてくれ!私があの大海賊の元へ直接殴り込みに行く!」 「しかし、それは非常に危険では…いえ、あなたの強さは我々がいちばん知ってますね…!了解しました」 一瞬の躊躇の後、シオンは力強く頷いた。それでいい。頭を潰すのが、この状