로그인「なんか……メモリスに着いたばかりなのに、もうくたびれたな……」
ぽつりと、シイナさんが本音を漏らした。 あの騒動の残響がまだ耳の奥でくすぶっているようで、降り注ぐ陽光がやけに重く感じられる。 「…………はい」 「……ええ、まったくです」 私とシオンさんが、心の底からの同意を込めて静かに頷く。 疲労感と気まずさとツッコミ疲れ。それらがない交ぜになった感情が、パーティ全員の表情にありありと滲み出ていた。 「とりあえず、どうします? ここからは別行動にしますか~?」 ミストさんが、あえて空気を変えるように軽い調子で提案する。 「ああ、それがいいだろうな」 シイナさんがそれに頷いた瞬間──なぜかミストさんは満面の笑みで天にガッツポーズを突き上げた。 「やったーー!! これで心置きなく未知の探求に没頭できる! 研究の時間が来ましたよォォ!!」 ──その直後。 「えっ」 ミストさんの歓喜の声は、間の抜けた一言に変わった。 無言で差し伸べられたシイナさんの手が、寸分の狂いもなく彼女の首根っこを掴んでいる。 「お前はダメだ、ミスト。俺と同じ“魔法研究所所属”だろう?」 そう言って、にこりと笑うシイナさん。その笑顔は完璧に整っているのに、瞳の奥は全く笑っていない。 「さぁ、行くぞ。山積みの報告書が我々を待っている」 「アァァァァァ~!! 私の!! 知的好奇心と探究の自由がァァァ~~!!!!」 メモリスの美しい石畳に、儚い絶叫が吸い込まれていく。あっという間に小さくなるミストさんの背中を、私たちはただ呆然と見送ることしかできなかった。 「…………」 (…………) 隣に立つシオンさんに視線を送ると、彼は何も言わずに静かに頷き返してくれた。その深い色の瞳の奥に、いつもの“彼”がいるのを感じる。 (夜の街の時に感じた違和感は、私の気のせいだったのかな……?) (気のせいではあるまい。私もあの時のシオンの様子には違和感を覚えている) エレンの静かな声が、私の不安を肯定する。 やっぱり、気のせいじゃなかったんだ。 (うーん……とりあえず、今は街を歩いてみよっか) (ああ。そうしよう) こうして私たちは、それぞれの場所へ向かって歩き出した。 *** 「あっ……」 (どうした、エレナ?) 街の喧騒の中、私は心の中でそっと彼に語りかける。 この美しい街並みも、屋台から漂う美味しそうな匂いも、肌を撫でる優しい風も、彼は今、私というフィルターを通してしか感じられない。そのことが、急に申し訳なく思えてしまったんだ。 (そういえば……私たち、最近あまり入れ替われてないよね。エレン、ずっと私の中から世界を見てるだけで……退屈じゃない?) (……) (だから、今日は……エレンが街を回ってみない? もちろん、皆に見つからないようにね! エレンなら注意すれば、きっと大丈夫だから!) ベルノ王国では、私は昼に“聖女見習い”として、夜は“剣士エレン”として役割を分けていた。だが、旅が始まってからは、そんな明確な切り替えも難しくなっていたんだ。 (……ふむ。正直に言えば、この身体を動かしたいという欲求は確かにある) (やっぱり! エレンならみんなの気配にもすぐ気づけるでしょ? 見つかりそうになったら隠れて! それなら問題ないはず!) (……わかった。ありがとう、エレナ。君の優しさに甘えさせてもらおう) 私たちは人々の視線が届かない、建物の影が落ちる薄暗い路地裏に身を滑り込ませる。 壁に背を預け、私はそっと意識の主導権を、もう一人の私へと譲った。 *** ────── エレンの視点 ────── ふっ、と意識が浮上する。 エレナの柔らかな金髪は、月光を思わせる銀糸へとその色を変え、閉ざされた瞼の下で瞳が静かな赤色を灯し始める。 「ふぅ……久しぶりの感覚だな」 肺を満たす空気の質、足裏に伝わる石畳の硬質な感触、肌を撫でる風に含まれる微かな湿気。五感から得られる膨大な情報が、思考を介さず直接脳を刺激する。 この鮮明な“実感”こそ、生きている証だ。 そして、エレナの時とは纏う衣服までもが異なっていることに、私は気がついた。 聖女を思わせる清廉な白いローブは影も形もなく、その身を包んでいたのは──夜の闇をそのまま切り取ったかのような、黒を基調とした戦闘服だった。 上半身は、身体の線に吸い付くようなタイトなトップス。両肩だけが大胆に切り抜かれた「オープンショルダー」のデザインが、機能美の中に艶やかさを感じさせる。首元は高く、そして胸の中央には、闇に映える純白の十字架が聖印のように縫い込まれていた。 腰には実用的な革のベルトが巻かれ、そこから下は動きを一切妨げない仕立ての黒いズボンと、膝下までを覆うブーツ。両の手には、武器を握るための滑り止めの役割も果たす、薄手の黒いグローブが嵌められている。 華美な装飾は一切ない。その全てが、ただ戦うためだけに洗練された、無駄のない姿。 (えええぇ!? 私の服と全然違う!! い、いつの間にこんな……!) (ふむ。随分と姿形が変わるものだな……) (う、うん……司祭様の言う通り……こんなに変わるなら、皆に会ってもバレないかもね……) エレナが脳内で驚きと安堵の声を上げる。確かに、これならばこの体が“エレナ”だと気づく者はいないだろう。 (あっエレン、私のリヴィアを使って、好きなもの食べていいからね!) 脳内に、エレナのあたたかい声が響く。 (なにっ!?) (今回はずっと私が出てたから……そのお詫び!) この子は本当に……どこまでも優しく、そして時折とんでもなく甘美な提案をしてくれる。 (ふふっ、わかった。……ならば今回は、遠慮しないぞ?) (うっ……うん。だ、ダイエットは明日から頑張るから……!) (ならば安心だ。美味いものを心ゆくまで味わう権利は、生きる者すべてに平等に与えられている!) (食を語るその姿、もはや貫禄すら感じるね…) 戦士とは、生きるために戦う者。そして生きるとは、すなわち糧を得ることだ。この根源的な欲気をおろそかにして、大義など語ることはできない。 (エレン、なんだかテンション上がってない?) (──もちろんだ) 久々に手にした自由な身体。そして、心おきなく美味を堪能できる機会。この瞬間に感謝せずして、戦士と呼べるだろうか。 今はただ、街の空気を胸いっぱいに吸い込んで。 私は静かに、しかし確かな高揚感を胸に、路地裏から表通りへと歩き出した。 *** 街の一角に、その調理亭はあった。 白を基調とした優雅な佇まいは、単に空腹を満たす場ではなく、ある種のステータスを示す社交場としても機能していることを窺わせる。 光沢のある白石の柱、滑らかに磨き上げられた大理石の床。天井は高く、木漏れ日を模した魔導灯が計算された角度で店内を照らし、長時間の滞在でも目が疲れないよう配慮されていた。 テーブルには透き通った水晶の器が並び、美しく盛り付けられた料理が、その香りだけで私の闘争本能――もとい、食欲を的確に刺激してくる。 私は、その戦場の中央に座していた。 (……うまい!!!!!!) (わぁっ! 急に脳内で叫ばないでよエレン!? 心臓に悪いでしょ!) (エレナ!! ここの料理は本物だ!!!!) 次々と運ばれてくる皿。 焼きたてのパンは、外皮の香ばしさと内部の柔らかな食感の対比が見事だ。香草と共にローストされた肉は、絶妙な火入れで旨味だけが凝縮されている。スパイスの効いた魚料理は、複数の香りが複雑に絡み合い、淡白な身に奥深さを与えていた。野菜の色合いも、この店の素材に対する自信の表れだろう。 テーブルの上は、さながら小さな祝祭だ。 中でも特に印象的だったのは、薄く焼かれた生地に地元のチーズを乗せた一品。ベルノ王国の本場ピザの完成度には及ばないが、これはこれで創意工夫が感じられる逸品だった。 (……それにしても、周囲の視線が鬱陶しいな。人の食事風景に、それほど見る価値があるのか?) (エレン……その……あなたの食べっぷりが豪快すぎて、皆つい見ちゃうんだと思う…。その視線が私にも伝わってきて……うぅ…恥ずかしい……) 脳内に響くエレナの声が、羞恥心で少し震えている。その時だった。 「お見事な食べっぷりですね」 不意に、隣のテーブルから声がかかった。 振り返ると、そこに一人の男が立っている。隙なく仕立てられた白いスーツ。丁寧に整えられた黒髪には白髪が品よく混じり、鋭利な印象を与える眼鏡の奥から、観察するような瞳がこちらを射抜いていた。 (食事の邪魔をするとは……なかなか胆力のある男だ) 「お前は誰だ」 私は言葉を選ばずに問う。 「これは失礼いたしました。私はラムザスと申します」 男は物腰柔らかく、しかし隙のない所作で深く頭を下げた。 「人の食事を眺めるのが趣味か。感心しないな」 「これはこれは……。純粋な感嘆の念からだったのですが、もしご不快にさせたのでしたら、申し訳ありません」 男はそう言って頭を上げると、今度はためらいなく私の正面の席に腰を下ろした。 敵意はない。だが、純粋な好意とも断じきれない。何らかの目的があって接触してきたと見るべきか。 (……なんだ、こいつは) (ま、まぁまぁエレン、落ち着いて……) 「見たところ、この街の住人ではなさそうです。もしよろしければ、このメモリスをご案内いたしましょうか?」 穏やかな微笑みと共に、ラムザスはそう切り出した。 (エレナ、どうする? 判断は君に任せる) (うーん……この街のこと、すごく詳しそうだし……ちょっとだけお願いしてみない?) 「……ふむ。では、頼むとしよう」 私の返事を聞くと、ラムザスは嬉しそうに目を細めた。 「おお、それは光栄です。では……あなたが食事という名の戦いを終えるまで、外で静かにお待ちしておりますよ」 そう言って、ラムザスは椅子から立ち上がり、再び丁寧な一礼を残して店を出ていった。 初対面のシイナといい、このラムザスといい、研究者や探求者といった輩は、自らの知的好奇心の前では他者の領域に踏み込むことへの躊躇が希薄になるらしい。ある意味、戦士以上に厄介な人種かもしれんな。 だが、今はどうでもいい。 それよりも! 目の前に広がるこの祝祭を、心ゆくまで楽しまなくては!────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ