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第34話:戦士の休息

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-06-11 20:42:27

「なんか……メモリスに着いたばかりなのに、もうくたびれたな……」

ぽつりと、シイナさんが本音を漏らした。

あの騒動の残響がまだ耳の奥でくすぶっているようで、降り注ぐ陽光がやけに重く感じられる。

「…………はい」

「……ええ、まったくです」

私とシオンさんが、心の底からの同意を込めて静かに頷く。

疲労感と気まずさとツッコミ疲れ。それらがない交ぜになった感情が、パーティ全員の表情にありありと滲み出ていた。

「とりあえず、どうします? ここからは別行動にしますか~?」

ミストさんが、あえて空気を変えるように軽い調子で提案する。

「ああ、それがいいだろうな」

シイナさんがそれに頷いた瞬間──なぜかミストさんは満面の笑みで天にガッツポーズを突き上げた。

「やったーー!! これで心置きなく未知の探求に没頭できる! 研究の時間が来ましたよォォ!!」

──その直後。

「えっ」

ミストさんの歓喜の声は、間の抜けた一言に変わった。

無言で差し伸べられたシイナさんの手が、寸分の狂いもなく彼女の首根っこを掴んでいる。

「お前はダメだ、ミスト。俺と同じ“魔法研究所所属”だろう?」

そう言って、にこりと笑うシイナさん。その笑顔は完璧に整っているのに、瞳の奥は全く笑っていない。

「さぁ、行くぞ。山積みの報告書が我々を待っている」

「アァァァァァ~!! 私の!! 知的好奇心と探究の自由がァァァ~~!!!!」

メモリスの美しい石畳に、儚い絶叫が吸い込まれていく。あっという間に小さくなるミストさんの背中を、私たちはただ呆然と見送ることしかできなかった。

「…………」

(…………)

隣に立つシオンさんに視線を送ると、彼は何も言わずに静かに頷き返してくれた。その深い色の瞳の奥に、いつもの“彼”がいるのを感じる。

(夜の街の時に感じた違和感は、私の気のせいだったのかな……?)

(気のせいではあるまい。私もあの時のシオンの様子には違和感を覚えている)

エレンの静かな声が、私の不安を肯定する。

やっぱり、気のせいじゃなかったんだ。

(うーん……とりあえず、今は街を歩いてみよっか)

(ああ。そうしよう)

こうして私たちは、それぞれの場所へ向かって歩き出した。

***

「あっ……」

(どうした、エレナ?)

街の喧騒の中、私は心の中でそっと彼に語りかける。

この美しい街並みも、屋台から漂う美味しそうな匂いも、肌を撫でる優しい風も、彼は今、私というフィルターを通してしか感じられない。そのことが、急に申し訳なく思えてしまったんだ。

(そういえば……私たち、最近あまり入れ替われてないよね。エレン、ずっと私の中から世界を見てるだけで……退屈じゃない?)

(……)

(だから、今日は……エレンが街を回ってみない? もちろん、皆に見つからないようにね! エレンなら注意すれば、きっと大丈夫だから!)

ベルノ王国では、私は昼に“聖女見習い”として、夜は“剣士エレン”として役割を分けていた。だが、旅が始まってからは、そんな明確な切り替えも難しくなっていたんだ。

(……ふむ。正直に言えば、この身体を動かしたいという欲求は確かにある)

(やっぱり! エレンならみんなの気配にもすぐ気づけるでしょ? 見つかりそうになったら隠れて! それなら問題ないはず!)

(……わかった。ありがとう、エレナ。君の優しさに甘えさせてもらおう)

私たちは人々の視線が届かない、建物の影が落ちる薄暗い路地裏に身を滑り込ませる。

壁に背を預け、私はそっと意識の主導権を、もう一人の私へと譲った。

***

──────

エレンの視点

──────

ふっ、と意識が浮上する。

エレナの柔らかな金髪は、月光を思わせる銀糸へとその色を変え、閉ざされた瞼の下で瞳が静かな赤色を灯し始める。

「ふぅ……久しぶりの感覚だな」

肺を満たす空気の質、足裏に伝わる石畳の硬質な感触、肌を撫でる風に含まれる微かな湿気。五感から得られる膨大な情報が、思考を介さず直接脳を刺激する。

この鮮明な“実感”こそ、生きている証だ。

そして、エレナの時とは纏う衣服までもが異なっていることに、私は気がついた。

聖女を思わせる清廉な白いローブは影も形もなく、その身を包んでいたのは──夜の闇をそのまま切り取ったかのような、黒を基調とした戦闘服だった。

上半身は、身体の線に吸い付くようなタイトなトップス。両肩だけが大胆に切り抜かれた「オープンショルダー」のデザインが、機能美の中に艶やかさを感じさせる。首元は高く、そして胸の中央には、闇に映える純白の十字架が聖印のように縫い込まれていた。

腰には実用的な革のベルトが巻かれ、そこから下は動きを一切妨げない仕立ての黒いズボンと、膝下までを覆うブーツ。両の手には、武器を握るための滑り止めの役割も果たす、薄手の黒いグローブが嵌められている。

華美な装飾は一切ない。その全てが、ただ戦うためだけに洗練された、無駄のない姿。

(えええぇ!? 私の服と全然違う!! い、いつの間にこんな……!)

(ふむ。随分と姿形が変わるものだな……)

(う、うん……司祭様の言う通り……こんなに変わるなら、皆に会ってもバレないかもね……)

エレナが脳内で驚きと安堵の声を上げる。確かに、これならばこの体が“エレナ”だと気づく者はいないだろう。

(あっエレン、私のリヴィアを使って、好きなもの食べていいからね!)

脳内に、エレナのあたたかい声が響く。

(なにっ!?)

(今回はずっと私が出てたから……そのお詫び!)

この子は本当に……どこまでも優しく、そして時折とんでもなく甘美な提案をしてくれる。

(ふふっ、わかった。……ならば今回は、遠慮しないぞ?)

(うっ……うん。だ、ダイエットは明日から頑張るから……!)

(ならば安心だ。美味いものを心ゆくまで味わう権利は、生きる者すべてに平等に与えられている!)

(食を語るその姿、もはや貫禄すら感じるね…)

戦士とは、生きるために戦う者。そして生きるとは、すなわち糧を得ることだ。この根源的な欲気をおろそかにして、大義など語ることはできない。

(エレン、なんだかテンション上がってない?)

(──もちろんだ)

久々に手にした自由な身体。そして、心おきなく美味を堪能できる機会。この瞬間に感謝せずして、戦士と呼べるだろうか。

今はただ、街の空気を胸いっぱいに吸い込んで。

私は静かに、しかし確かな高揚感を胸に、路地裏から表通りへと歩き出した。

***

街の一角に、その調理亭はあった。

白を基調とした優雅な佇まいは、単に空腹を満たす場ではなく、ある種のステータスを示す社交場としても機能していることを窺わせる。

光沢のある白石の柱、滑らかに磨き上げられた大理石の床。天井は高く、木漏れ日を模した魔導灯が計算された角度で店内を照らし、長時間の滞在でも目が疲れないよう配慮されていた。

テーブルには透き通った水晶の器が並び、美しく盛り付けられた料理が、その香りだけで私の闘争本能――もとい、食欲を的確に刺激してくる。

私は、その戦場の中央に座していた。

(……うまい!!!!!!)

(わぁっ! 急に脳内で叫ばないでよエレン!? 心臓に悪いでしょ!)

(エレナ!! ここの料理は本物だ!!!!)

次々と運ばれてくる皿。

焼きたてのパンは、外皮の香ばしさと内部の柔らかな食感の対比が見事だ。香草と共にローストされた肉は、絶妙な火入れで旨味だけが凝縮されている。スパイスの効いた魚料理は、複数の香りが複雑に絡み合い、淡白な身に奥深さを与えていた。野菜の色合いも、この店の素材に対する自信の表れだろう。

テーブルの上は、さながら小さな祝祭だ。

中でも特に印象的だったのは、薄く焼かれた生地に地元のチーズを乗せた一品。ベルノ王国の本場ピザの完成度には及ばないが、これはこれで創意工夫が感じられる逸品だった。

(……それにしても、周囲の視線が鬱陶しいな。人の食事風景に、それほど見る価値があるのか?)

(エレン……その……あなたの食べっぷりが豪快すぎて、皆つい見ちゃうんだと思う…。その視線が私にも伝わってきて……うぅ…恥ずかしい……)

脳内に響くエレナの声が、羞恥心で少し震えている。その時だった。

「お見事な食べっぷりですね」

不意に、隣のテーブルから声がかかった。

振り返ると、そこに一人の男が立っている。隙なく仕立てられた白いスーツ。丁寧に整えられた黒髪には白髪が品よく混じり、鋭利な印象を与える眼鏡の奥から、観察するような瞳がこちらを射抜いていた。

(食事の邪魔をするとは……なかなか胆力のある男だ)

「お前は誰だ」

私は言葉を選ばずに問う。

「これは失礼いたしました。私はラムザスと申します」

男は物腰柔らかく、しかし隙のない所作で深く頭を下げた。

「人の食事を眺めるのが趣味か。感心しないな」

「これはこれは……。純粋な感嘆の念からだったのですが、もしご不快にさせたのでしたら、申し訳ありません」

男はそう言って頭を上げると、今度はためらいなく私の正面の席に腰を下ろした。

敵意はない。だが、純粋な好意とも断じきれない。何らかの目的があって接触してきたと見るべきか。

(……なんだ、こいつは)

(ま、まぁまぁエレン、落ち着いて……)

「見たところ、この街の住人ではなさそうです。もしよろしければ、このメモリスをご案内いたしましょうか?」

穏やかな微笑みと共に、ラムザスはそう切り出した。

(エレナ、どうする? 判断は君に任せる)

(うーん……この街のこと、すごく詳しそうだし……ちょっとだけお願いしてみない?)

「……ふむ。では、頼むとしよう」

私の返事を聞くと、ラムザスは嬉しそうに目を細めた。

「おお、それは光栄です。では……あなたが食事という名の戦いを終えるまで、外で静かにお待ちしておりますよ」

そう言って、ラムザスは椅子から立ち上がり、再び丁寧な一礼を残して店を出ていった。

初対面のシイナといい、このラムザスといい、研究者や探求者といった輩は、自らの知的好奇心の前では他者の領域に踏み込むことへの躊躇が希薄になるらしい。ある意味、戦士以上に厄介な人種かもしれんな。

だが、今はどうでもいい。

それよりも!

目の前に広がるこの祝祭を、心ゆくまで楽しまなくては!

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  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第82話:海賊の奇襲

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