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第35話 ラムザスの案内

Author: 渡瀬藍兵
last update Huling Na-update: 2025-06-13 19:38:27

「待たせたな」

調理亭を出た私は、店の前のベンチに腰かけていたラムザスに声をかける。

「いえいえ。では……参りましょうか」

立ち上がったラムザスが、私の歩調に合わせて歩き始める。

「ちなみに旅の方、あなたのお名前は?」

「エレンだ」

「エレン……様、ですか。……はて、どこかで聞いたような……」

「そんなことはどうでもいい。この街は“記憶の売買ができる都市”で、間違いないな?」

その言葉を聞いた途端、ラムザスの眼鏡が怪しく光った。

口元には、意味ありげな笑みが浮かんでいる。

「えぇ。ですが……ひとつ、付け加えさせていただきましょう」

「この都市――メモリスは、記憶の売買ができる街であると同時に、

“錬金術”にも深く通じた、大都市なのです」

彼は誇らしげにそう言い放つ。

錬金術。

それは、“何かを代償に、別の何かを生み出す技術”。

対価は物に限らず、時に“己の大切なもの”であることもある。

そして、支払う代償が大きければ大きいほど、

生み出されるものの価値もまた、比例して高くなる……と言われている。

「なるほどな」

(エレン……実際にやるわけじゃないけど……

錬金術を使って、あなたの“身体”を作る……なんて、できたりしないのかな?)

ふと、エレナがそう問いかけてきた。

(……やめておけ)

私は、即座にそう返す。

(何かを“代償”として差し出してまで手に入れるものなんて――

総じてろくなものじゃない。

それに……私はこのままで、不自由していない)

言葉に迷いはなかった。

それは、自分自身への戒めでもあった。

──下手な願いを口にすれば、

それを叶えるために、エレナが“何か”を支払ってしまうかもしれないから。

ラムザスが一際大きな塔のようなものを指さす。

「あれは記憶の塔です」

「記憶の塔?」

「はい。この都市――メモリスは、確かに“記憶の売買”が可能な街です。

ですが、もう少し正確に申し上げましょう」

ラムザスはメガネを押し上げ、微笑を浮かべながら続けた。

「街の中心にある“記憶の塔”――あそこでは、街にいるすべての人の記憶を覗くことができます。

そして、その仕組みに“錬金術”が応用されているのです」

「……覗く?」

「はい。そして“抜く”ことも可能です。

塔では、特定の記憶を選び出し、
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